藤原まつり

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藤原まつり(ふじわらまつり)は、岩手県平泉町で毎年5月と11月に開催される奥州藤原氏祭りである。

藤原まつりには、春の藤原まつりと、秋の藤原まつりがある。

目次

[編集] 春の藤原まつり

春の藤原まつりは、例年5月1日から5日までの5日間開催される。中尊寺毛越寺で藤原四代の追善法要、稚児行列、開山護摩法要、郷土芸能、狂言の奉納が行われ、最終日には武蔵坊弁慶に因んで巨大な餅を抱えて運ぶ力自慢の競技会「弁慶力餅競技大会」が平泉駅前で開催される。特に有名なのが、ゴールデンウィーク中の5月3日に開催される「源義経公東下り行列」である。

[編集] 源義経公東下り行列

源義経公東下り行列(みなもとのよしつねこうあずまくだりぎょうれつ)は、義経主従が兄である源頼朝の追討から逃れて平泉に辿り着いた時、藤原秀衡や地元民に歓迎された故事に倣ったもので、総勢約100名の参加者で平安絵巻を再現する。午前中に藤原秀衡公出迎行列が中尊寺坂下を出発し、一行が昼過ぎに毛越寺へ到着すると大泉が池で「義経公ねぎらいの場」が再現される。午後1時30分頃に毛越寺を出発した本行列は午後3時過ぎに中尊寺金色堂へ到着し奉拝する。

一行は地元の名士などが務めるが、義経公役は1973年頃から若い俳優タレントなどの男性芸能人が務めており、東下り行列の知名度が定着して以降は沿道に例年16万人から18万人程の見物客が訪れる。特に2005年に行われた東下り行列には、当時放送中のNHK大河ドラマ義経』で主演を務めていた滝沢秀明が参加[1]したことで話題を集め、過去最高の観光客(当時の報道では25万人とも28万人とも報じられた)が訪れた。

[編集] 歴代義経公役

源義経公東下り行列で義経公役を務めた歴代の男性芸能人

開催年 義経公役
1973年(昭和48年) 第13回 志垣太郎
1974年(昭和49年) 第14回 花丘圭二
1975年(昭和50年) 第15回 三ツ木清隆
1976年(昭和51年) 第16回 新沼謙治
1977年(昭和52年) 第17回 佐藤佑介
1978年(昭和53年) 第18回 安部周二
1979年(昭和54年) 第19回 加納竜
1980年(昭和55年) 第20回 国広富之
1981年(昭和56年) 第21回 広岡瞬
1982年(昭和57年) 第22回 井上純一
1983年(昭和58年) 第23回 新田純一
1984年(昭和59年) 第24回 松田洋治
1985年(昭和60年) 第25回 三波豊和
1986年(昭和61年) 第26回 川野太郎
1987年(昭和62年) 第27回 村上弘明
1988年(昭和63年) 第28回 橋爪淳
1989年(平成元年) 第29回 坂上忍
1990年(平成2年) 第30回 新藤栄作
1991年(平成3年) 第31回 山本陽一
1992年(平成4年) 第32回 倉田てつを
1993年(平成5年) 第33回 稲垣吾郎
1994年(平成6年) 第34回 林泰文
1995年(平成7年) 第35回 宮下直紀
1996年(平成8年) 第36回 池谷幸雄
1997年(平成9年) 第37回 羽賀研二
1998年(平成10年) 第38回 野々村真
1999年(平成11年) 第39回 藤原竜也
2000年(平成12年) 第40回 妻夫木聡
2001年(平成13年) 第41回 山崎裕太
2002年(平成14年) 第42回 斉藤祥太
2003年(平成15年) 第43回 須賀貴匡
2004年(平成16年) 第44回 石垣佑磨
2005年(平成17年) 第45回 滝沢秀明
2006年(平成18年) 第46回 賀集利樹
2007年(平成19年) 第47回 中尾明慶
2008年(平成20年) 第48回 木村了
2009年(平成21年) 第49回 五十嵐隼士

[編集] 秋の藤原まつり

秋の藤原まつりは、10月20日から11月15日まで開催される「中尊寺菊まつり」と併せて例年11月1日から3日までの3日間開催される。1日目は、藤原四代の公追善法要(中尊寺)と公報恩法要(毛越寺)、他に稚児行列や郷土芸能などが行われる。

2日目は中尊寺と毛越寺で郷土芸能が催され、3日目は郷土芸能の他、中尊寺における能や狂言の奉納、毛越寺では浄土庭園で「延年の舞」が披露される。

[編集] 脚注

  1. ^ 当時、滝沢秀明は大河ドラマの収録、タッキー&翼の音楽活動、テレビ番組出演などが重なり多忙を極めていたが、関係者が粘り強く交渉を続けた結果、本人が快く承諾したため参加が実現した。東下り行列の模様はNHKを含めた各テレビ局のニュース番組で取り上げられた。

[編集] 外部リンク

平泉町観光協会