藤並駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
藤並駅
駅舎(2010年9月)
駅舎(2010年9月)
ふじなみ - Fujinami
湯浅 (3.4km)
(3.9km) 紀伊宮原
和歌山県有田郡有田川町大字明王寺37-1
所属事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)*
所属路線 紀勢本線(きのくに線)*
キロ程 347.3km(亀山起点)
新宮から167.1km
電報略号 ナミ
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度-
1,340人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1926年大正15年)8月8日
備考 業務委託駅
みどりの窓口
* 2002年(平成14年)12月31日まで有田鉄道線も乗り入れ。
ホーム

藤並駅(ふじなみえき)は、和歌山県有田郡有田川町大字明王寺(みょうじ)にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)紀勢本線(きのくに線)のである。

吉備町の代表駅だが、その中心からは離れている。2008年3月15日のダイヤ改正により特急停車駅に昇格し、現在は特急「くろしお」の一部が停車する。かつては有田鉄道有田鉄道線が当駅から出ていた。

駅構造[編集]

相対式ホーム2面2線を有する地上駅分岐器絶対信号機を持たないため、停留所に分類される。2008年に橋上駅となり、東西に出入り口ができた。それ以前は和歌山方面行きホーム側(現在の西口側)に木造平屋建ての駅舎があり、反対側の御坊方面行きホームへは跨線橋で連絡していた。

御坊駅が管理し、ジェイアール西日本メンテックが駅業務を受託する業務委託駅みどりの窓口と新型タッチパネル式券売機1台が設置されている。東口の1階部分には有田川町観光案内所がある。

有田鉄道のレールが放置された状態だったが改良工事(後述)で撤去された。その後、切符売り場、ホーム、安全確認用ミラーも撤去された。現在跡地は東口の駅前広場、駐輪場、有田鉄道線跡を利用したサイクリングロードの一部などに活用されている。

藤並駅プラットホーム
ホーム 路線 行先
1 きのくに線 和歌山天王寺新大阪方面
2 きのくに線 御坊白浜新宮方面
  • 上表の路線名は旅客案内上の名称(愛称)で表記している。
  • 1番線、2番線ともに簡易自動放送が使用されている。

利用状況[編集]

1日の平均乗車人員は以下の通りである。[1]

乗車人員推移
年度 1日平均人数
1998 1,328
1999 1,295
2000 1,263
2001 1,261
2002 1,277
2003 1,280
2004 1,262
2005 1,221
2006 1,221
2007 1,178
2008 1,243
2009 1,227
2010 1,278
2011 1,267
2012 1,340

駅周辺[編集]

駅の近くに蒸気機関車D51 1085)が置かれていたが、2010年2月に有田川町鉄道公園に移設された。

歴史[編集]

旧駅舎(2006年)
旧駅舎(2006年)
有田鉄道乗換口跡(2003年)
有田鉄道乗換口跡(2003年)

藤並には元来有田鉄道が走っていたが、当駅は1926年(大正15年)8月に、紀勢西線の紀伊宮原駅から当駅までの延伸に伴って開業した。有田鉄道は紀勢西線との接続を図って同時に藤並駅を紀勢西線の駅の隣に開設、当駅は開業当初から有田鉄道との接続駅であった。

戦争が始まると、二つの鉄道が湯浅と藤並の間で並存しているという状況が好ましくないとされ、1944年(昭和19年)12月、有田鉄道の藤並駅から湯浅駅を経て海岸駅までが「不要不急線」として休止になり、その後1959年(昭和34年)4月に廃止された。なお、有田鉄道はこの後1950年(昭和25年)4月に、当駅から紀伊湯浅駅(現在の湯浅駅)までの紀勢線乗り入れを開始している。

その後、紀勢本線の全通や国鉄分割民営化を経たのち、有田鉄道が2003年(平成15年)に廃止された。2007年(平成19年)頃から駅舎の建て替え及びホームの延長、改良工事が行われ、翌年春のダイヤ改正より新駅舎を使用開始した。

年表[編集]

隣の駅[編集]

西日本旅客鉄道
きのくに線(紀勢本線)
快速
湯浅駅 - 藤並駅 - 箕島駅
普通(阪和線内で快速または直通快速となる列車を含む)
湯浅駅 - 藤並駅 - 紀伊宮原駅

かつて存在した路線[編集]

有田鉄道
有田鉄道線
吉川駅 - 藤並駅 - 明王寺駅 - 田殿口駅
吉川駅方(海岸 - 藤並間)は1944年休止、1959年廃止。明王寺駅は全線廃止前に廃止。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 『和歌山県統計年鑑』及び『和歌山県公共交通機関等資料集』

関連項目[編集]

外部リンク[編集]