華麗なるギャツビー

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華麗なるギャツビー
The Great Gatsby
監督 ジャック・クレイトン
脚本 フランシス・フォード・コッポラ
原作 F・スコット・フィッツジェラルド
グレート・ギャツビー
製作 デヴィッド・メリック
出演者 ロバート・レッドフォード
ミア・ファロー
音楽 ネルソン・リドル
主題歌 ウィリアム・アザートン
撮影 ダグラス・スローカム
編集 トム・プリーストリー
製作会社 ニュードン・プロダクションズ
配給 パラマウント映画
公開 アメリカ合衆国の旗 1974年3月29日
日本の旗 1974年8月3日
上映時間 144分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
製作費 $6,500,000
興行収入 $20,563,273[1]
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華麗なるギャツビー』(The Great Gatsby)は1974年制作のアメリカ合衆国の映画F・スコット・フィッツジェラルドの小説『グレート・ギャツビー』の映画化作品。アカデミー賞衣裳デザイン賞、編曲賞を受賞した。

あらすじ[編集]

ニューヨークの郊外、ロングアイランドのウェストエッグにあるその大邸宅では毎夜、豪華絢爛な饗宴が繰り広げられていた。近隣から、ニューヨークから着飾った大勢の男女が訪れ、軽快な音楽に合せてダンスを踊り、シャンペンが何本も抜かれ、何人ものコックが大量のご馳走を作り、給仕達が忙しく、大広間、芝生の庭、プールの回りを駆け回っていた。ニック・キャラウエイはある夜その喧騒が静まった静寂の中、じっと佇み、海の向こうの緑色のランプを見つめる男を見かける。その男はギャツビー、かつての恋人デイジーに再会するために盛大なパーテイを毎夜繰り返していた。

数年前、大富豪の娘であるデイジーと軍人のギャツビーは愛し合うようになるが、ギャツビーは戦場に行き、帰ってきても無一文の貧乏青年。デイジーはギャツビーをあきらめ、大金持ちのトム・ブキャナンと結婚してしまう。1920年代の繁栄するアメリカの中でギャツビーは成功を納め巨万の富みを得て、デイジーの愛を取り戻そうとする。

ギャツビーはニック・キャラウエイの手助けによりデイジーとの再会を果たす。夫への愛が冷めていたデイジーも過去の愛を思い起こしていく。デイジーの愛を再度得たギャツビーはトムと別れることを望むが、デイジーは決心がつかず、ギャツビーとトムの口論に取り乱し、部屋を飛び出す。後を追うギャツビー。その帰り道に事故が起きる。愛のため自分を犠牲にすることを厭わないギャツビーだったが、悲劇は事故だけでは終わらず、思わぬ方向へと展開していく。果たしてギャツビーの思いは遂げられるのだろうか。

原作との違い[編集]

映画『華麗なるギャツビー』の原作はF・スコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』で、アメリカ人なら誰でも知っている有名な小説だが、原作に忠実ではなく、大筋を追っているが、細かいところを変え、あるいは大胆に原作にないシーンを加えるなど違いを挙げれば切りがない。

例えば、始まりのタイトルバックに流れるシーンはギャツビーの優雅な生活を回想するように主人のいなくなった邸宅とその部屋や調度品を写す。カメラがギャツビーの化粧台を追うと、勲章が置いてあり、その横に食べかけのサンドウィッチがあり、ハエが一匹とまっている。サンドウィッチは親父さんの食べ残し。原作には親父さんがサンドウィッチを食べるが、食べ残しを化粧台に置くシーンはない。またニック・キャラウェイがデイジーの住むイースト・エッグへ行くのに船外機の付いたボートを使うが原作では自動車。それとギャツビーの葬式の場面。原作は雨の中、ずぶ濡れになって埋葬が行われるが、映画では雨は降っていない。しかし、これらのエピソードにおける原作との違いは映画の本質に影響はしていない。

映画が意図して大胆に原作を変えたのは事故後にデイジーが登場するシーンだろう。原作では事故の夜、ニックがキッチンの窓から覗き込むと、トムとデイジーがテーブルを挟んで、何か話し込んでいる姿がある。二人が話し込む様子をニックは二人が共謀して何かをたくらんでいるようだったと印象を語っているが、それがデイジーの登場する最後になる。原作では事故の後、ギャツビーが撃たれ、ウィルソンの死体が発見され、警察が調べ始め、新聞が大きく扱う中で、ニックはデイジーに連絡を取ろうとするが、電話にも出ず、旅行に出たことを知らされるが、どこへ行ったのか、いつ帰るのか、どうしたら連絡が取れるのかも全く分からない。ギャツビーの葬式にも現れず、手紙もよこさない。つまり原作では事故の夜を最後にデイジーがどうなってしまったのか、なにを考えているのか、想像をするより術はなくなる。 上に述べたトムとデイジーのシーンは映画でもある。この映画では翌朝で二人がテーブルに向き合って座り、デイジーが何かを求めるよう手を伸ばすとトムがその手を優しく取る。しかし、原作と違ってニックが見ていることはない。原作に忠実であれば、デイジーの出番はここで終わるはずだが、この映画はもう二回登場させる。

次にデイジーが見られるのはトムとの朝食のシーン。そこにウィルソンが突然現れる。デイジーはウィルソンを知らないが、メイドからその男が誰だかを教えてもらった瞬間、ショックを受け、取り乱し、我を忘れて部屋と飛び出す。そして、ドレスの色が気に入らないと言ってダダをこねる娘を抱き上げて言う言葉は娘でなく自分を慰めているかのようだ。その彼女の表情はどんな感情を現しているのか。この場面は原作には全くない。

この映画での最後のデイジーは原作を少し変えて登場させる。原作ではニックはニューヨークの街角でトム一人と出くわす。ニックはウィルソンに何を話したのだと質問すると、トムは銃で脅されて、あの車はギャツビーのもので、運転していたのはギャツビーだと教えたと答える。ところが映画では、ニックはニューヨークのホテルでヨーロッパへ旅行に出かけるところのトムとデイジーに偶然出会う。その時のデイジーの様子はまるでなにごともなかったかのように、金持ちのお嬢さんで、暢気に、我侭に、ちやほやされて育ったそのままの姿であっけらかんとニックに話しかけ、旅行に行くと告げるが事故のことも、ギャツビーのことも全くおくびにも出さない。女一人を車で撥ねて殺し、そのために最愛(?)の男が撃ち殺され、女の亭主が自殺したにも拘わらず。しかし、家が新築されたら訪ねて欲しいとニックに願うデイジーの目は何かを訴えかけているようにも見える。

実はもう一場面デイジーが映るところがある。ギャツビーがプールに浮かび、「デイジー?」と言って振り返る。カーテンが風に揺れ、女の姿が透けてボンヤリと見えるが、その姿は判然としない。この女の姿はギャツビーが見たデイジーの幻影だったのか。これも当然原作にはない。原作ではギャツビーが撃たれるシーンもウィルソンが自殺するシーンもない。ニックが銃声を聞き、駆けつけて全てを知ることになる。

『華麗なるギャツビー』は失われた愛を取り戻そうと8年の間、奮闘努力をする男の物語。ギャツビーはデイジーの愛を取り戻したのか。原作では作者が意図的に曖昧にしている事故後のデイジーを映画は登場させる。それらのシーンが原作との最も大きな違いである。

杉野健太郎の詳細な議論(学術的参考文献を参照のこと)によれば、この最後の場面でのデイジーの再登場、デイジー自身による過去に結婚できなかった理由(貧富の差)の明示などが原作にあった女性の神秘化(および男性特にギャツビーへの感情移入)を減じ、その言わば民主主義的な語りが、最後の場面でのニックのナレーションの部分的割愛ともあいまって、アメリカン・ドリームの幻滅の完結性へとつながり、この映画は、原作よりもずっと幻滅感の強いものになっている。また、杉野によれば、この幻滅感は、映画が製作された1974年という時代と共振しているのではないかという。

キャスト・日本語吹替[編集]

配役 俳優 日本語吹替声優
TBS版 テレ朝版 DVD版
ジェイ・ギャツビー ロバート・レッドフォード 広川太一郎 北村総一朗 森川智之
デイジー・ブキャナン ミア・ファロー 岡本茉利 田島令子 石塚理恵
トム・ブキャナン ブルース・ダーン 有川博 田口計 家中宏
ニック・キャラウェイ サム・ウォーターストン 堀勝之祐 大出俊 宮本充
ジョージ・ウィルソン スコット・ウィルソン 納谷六朗 堀勝之祐 咲野俊介
マートル・ウィルソン カレン・ブラック 弥永和子 緑魔子 朴璐美
ジョーダン・ベーカー ロイス・チャイルズ 横尾まり 弥永和子 渡辺美佐
パメラ パッツィ・ケンジット 鈴木富子  
ウルフシャイム ハワード・ダ・シルバ 加藤正之  
  • 1984年6月9日(土)TBS『名作洋画ノーカット10週』
    • プロデューサー:安田孝夫(TBS)
    • 台詞:飯嶋永昭
    • 演出:河村常平
    • 日本語版制作:東北新社、TBS

出典[編集]

  1. ^ The Great Gatsby”. Box Office Mojo. Amazon.com. 2013年3月28日閲覧。

学術的参考文献[編集]

外部リンク[編集]