華表

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華表(かひょう)は中国の伝統建築様式に用いられる標柱。

概要[編集]

天安門前の華表

一般的に台座、蟠龍柱(とぐろを巻く龍)、承露盤とその上の蹲獣像で構成される。華表は建築シンボルの一種であり、すでに中国を象徴するものの一つともなっている。宮殿陵墓へ続く参道の入り口両側に置かれ、神道柱石望柱などとも呼ばれている。

華表は通常、きめの粗い白玉を彫り上げたもので、台座は方形となっており、これを蓮華座、あるいは須弥座という。上面には龍の図案が彫刻され、蟠龍柱上には蟠龍盤とともに流雲紋が飾られている。上端側面には雲板という「誹謗木」(天子の過ちを人民に書かせる札)を模した板があり、石柱上には円形をした承露盤があり、天球と地上に対応している。柱上には天に向かって吠えるポーズを取った神獣が蹲踞しており、これを「朝天吼」あるいは「望天」という。

有名なものとして、天安門広場にある2組の華表がある。これは500年余の歴史を持つといい、一説には廓外のものが天子の外出を見守り、廓内のものは天子の帰還を見守るという。南京の呉平忠侯墓前の墓道にも華表があり、南北朝時代代の石柱という。大連市星海広場にも華表が1本あり、天安門の前の物より大きいと土地っ子の自慢である。

鳥居との関係[編集]

近世以前の文献では「華表」と書いて「トリイ」と訓ずる例が散見され、古くから日本の鳥居の起源ではないかとする説が存在する。文献である和名類聚抄節用集では華表を「鳥居(トリイ)」と読ませているが鳥居の起源を中国に求めた誤解としている[1]。一方、鳥居との類似性は乏しく、無関係であるとする説もあり、鳥居の起源としては日本で独自に発展したものとする説の他、インドのトラナや朝鮮の紅箭門(こうぜんもん)との関係を指摘する論者もいるがいずれも決定的な説とはなっていない。

脚注[編集]

  1. ^ 『神道史大辞典、ページ742』 吉川弘文館東京都文京区2004年ISBN 4-642-01340-7

関連項目[編集]