范彊
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范 彊(はん きょう 生没年不詳)は中国後漢末期から三国時代の軍人。蜀(蜀漢)の車騎将軍張飛の配下。
先の219年の呂蒙の荊州侵攻に敗れ斬られた関羽の仇討ちのため荊州に出陣することが決定された。張飛もその出陣の準備をしていたさなかである221年6月、范彊は同僚の張達と共に張飛を暗殺して呉の孫権の元に逃亡した。その後は不明。
小説『三国志演義』では、張飛に三日以内に白装束を用意するという無理な命令に対し、同僚の張達と共に延期を進言したところ、折り悪しく張飛は酒に酔っていたので棒で叩きつけられた上、「期日までに用意できなければ斬る」と脅される。そこで張達、范彊は張飛の寝首を掻き、その首を持って呉へと下った。その後夷陵の戦いの最中に呉から蜀陣へと張飛の首と共に送還され、張飛の息子張苞に斬られた。