苗木城

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苗木城
岐阜県
大門跡より本丸を望む
大門跡より本丸を望む
通称 霞ヶ城
赤壁城
城郭構造 山城
天守構造 不明
築城主 遠山直廉
主な城主 遠山氏
森氏
川尻氏
廃城年 1871年(明治4年)
遺構 石垣、堀、井戸、門部材
指定文化財 国の史跡
再建造物 天守建物(柱組)
位置 北緯35度30分47.52秒
東経137度29分6.94秒

苗木城(なえきじょう)は、岐阜県中津川市にあった城。別名は霞ケ城。苗木藩の藩庁が置かれた。国の史跡に指定されている。

目次

[編集] 歴史背景

[編集] 城沿革

[編集] 遺構

本丸・二の丸・三の丸などの石垣や大矢倉跡・風吹門跡・綿倉門などの門跡、堀が残っている。天守台や大矢倉の石垣、馬洗岩など巨大な自然石が複数箇所で利用されているのが大きな特徴。菱櫓台の下に千石井戸と呼ばれる井戸が残る。大手口道は長さ500m、高低差150mあり「四十八曲り道」といわれている。建築物としては、大手門の扉と柱が残り、中津川市苗木遠山史料館にて展示されている。

[編集] 伝説

「赤壁城」の別名があり、城の壁は白漆喰ではなく赤土がむき出しになっていたと伝えられる。その理由については、木曽川に住む竜が白い色を嫌い、何度漆喰を塗り直しても嵐を起こしてはぎ取ってしまったという話が残されている。

また、中部日本新聞(後の中日新聞)夕刊に1960年代前半に掲載されていた「ふるさとの童話」という記事にも同じような物語が紹介された。苗木城は美しい白壁の城として完成したが、一夜明けると漆喰が全部落ちて赤土が露出している。何度塗りなおしても、朝になると同じ事であった。殿様は、犯人を見届けてやろうと、一人で夜の天守閣で見張っていた。すると、夜空が掻き曇って雨風が出て来たかと思うと、恐ろしい大きな竜が現われ、熱い息を城に吐きかけると、たちまち壁が落ちてしまったという。

実際には、苗木藩が経済的に弱体で漆喰を塗る経費が捻出できなかった、というのが真相である。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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