花輪和一
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花輪 和一(はなわ かずいち、1947年4月17日 - )は、漫画家。埼玉県大里郡寄居町出身。北海道在住。
1970年からイラストレーターとして活躍し、1971年に『かんのむし』(月刊漫画ガロ)で漫画家としてデビュー。
初期には猟奇的な物語を、活動中期以降は主に平安~室町時代の日本を舞台にした怪奇かつファンタジー色の強い物語を、緻密で濃厚なタッチで描いている。ベースとなるテーマが人間の「業」である作品が多い。
[編集] 人物
幼少時代は両親に床下で育てられるなど、虐待を受けていたことを自ら語っている。中学生になってから伊藤彦造などによる絵物語の挿絵に大きな影響を受け、絵を描くことへ没頭するようになる。中学校を卒業し、上京してからも働きながら雑誌の挿絵を描いていた。やがて「ガロ」に掲載されたつげ義春の『ねじ式』に刺激を受けて漫画を投稿し入選。当時は自ずと湧き出る憎悪を漫画にぶつけていたという。丸尾末広と並ぶ「耽美系」「猟奇系」作家と称されるようになる。
デビューから数年後に休筆したが、ある新雑誌の創刊で依頼が来たのをきっかけに、中世の日本を舞台にした怪奇ファンタジーを描くようになり、次々と傑作を世に送り出す。
しかし1990年代半ば頃、メカ好きが高じ改造モデルガンや故障した拳銃を修理した物を所持していたことについて銃刀法違反容疑で警察に逮捕され、銃砲刀剣類不法所持と火薬類取締法違反で懲役3年の実刑判決を受け、札幌刑務所と函館少年刑務所で服役する。裁判では漫画評論家の呉智英などが証人として「いかに花輪が重要な漫画家なのか」をアピールしたが、逆に「それほど著名な漫画家であれば、社会的な影響が強い」と、初犯では異例の「執行猶予なしの実刑」という皮肉な結果となった。当時の関係者は、判決が重過ぎるのではないかと控訴を予定していたが、花輪自身がこの決定を素直に受け入れたという。この頃花輪は『天水』の連載を抱えていたが、受刑のため休載し、再び休筆に入った。『天水』はのちに描き下ろしの最終回を含めた完全版として単行本が刊行された。
出所後は刑務所での経験を克明に描いた異色の獄中記漫画『刑務所の中』を発表、映画化もされ大ヒット作となった。同作品は第5回手塚治虫文化賞の最有力候補となったが、「マイナー漫画家を自負する自分としてはいかなる賞も貰う資格が無い」として受賞を拒否している。
陰惨な描写が多い作風だが、時折突拍子もないギャグを織り交ぜたり、シュールな4コマ漫画を描いたりすることもある。
小林源文の漫画『街道上の怪物』には「花輪和一氏に描いてもらった」というコマが2コマだけある。欄外に明記してある。
『ちびまる子ちゃん』の登場人物「花輪和彦」は、花輪和一からとられたという。
好物はトマト。
[編集] 著作単行本
- 赤ヒ夜(青林堂)
- 浮草鏡(双葉社)
- 江戸昭和競作無惨絵 英名二十八衆句(リブロポート、丸尾末広共作)
- 御伽草子(双葉社)
- 刑務所の中(青林工藝舎)
- 刑務所の中(上記の文庫版、講談社)
- 刑務所の前第1集(小学館)
- 刑務所の前第2集(小学館)
- 刑務所の前第3集(小学館)
- 劇画草紙潔浄魂 限定五十部 (虹書房)
- ゲラダヒヒの紋章(草山万兎作、挿絵担当。福音館書店)
- 護法童子巻之一(双葉社)
- 護法童子巻之二(双葉社)
- コロポックル(講談社)
- コロポックル完全版(講談社)
- 水精(ペヨトル工房)
- 水精(ぶんか社)
- 朱雀門(日本文芸社)
- 朱雀門(軽装版・青林工藝舎)
- 月ノ光(青林堂)
- 月ノ光(軽装版・青林堂)
- 天水第一集(講談社)
- 天水第二集(講談社)
- 天水上巻(講談社)
- 天水下巻(講談社)
- ニッポン昔話 限定五千部 (小学館)
- 鵺(双葉社)
- 猫谷(青林堂)
- 花輪和一作品集 限定八百部(青林堂)
- 不成仏霊童女(ぶんか社)
