花光節夫

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基礎情報
四股名 遠藤 節夫→花光 節夫→花光 節男→花光 節夫
本名 遠藤 節夫
生年月日 1940年6月21日(74歳)
出身 岩手県岩手郡松尾村(現在の八幡平市
身長 178cm
体重 132kg
BMI 41.66(標準は22)
所属部屋 花籠部屋
得意技 左四つ、寄り
成績
現在の番付 引退
最高位 前頭3枚目
生涯戦歴 462勝435敗17休(75場所)
幕内戦歴 170勝205敗(25場所)
優勝 十両優勝1回
三段目優勝1回
序ノ口優勝1回
データ
初土俵 1958年5月場所
入幕 1965年11月場所
引退 1970年9月場所
備考
金星1個(柏戸1個)
2013年8月28日現在

花光節夫(はなひかり せつお、1940年6月21日 - ?[1])は、岩手県岩手郡松尾村(現在の同県八幡平市)出身で、花籠部屋に所属した大相撲力士。本名は遠藤 節夫(えんどう せつお)。身長178cm、体重132kg。得意手は左四つ、寄り。最高位は東前頭3枚目(1968年1月場所)。

来歴・人物[編集]

父、兄とも松尾鉱山の採鉱夫で、松尾鉱山中学校、松尾鉱山高校(定時制)時代は相撲部に所属して岩手県大会などに出場するなど活躍した。

高校時代に岩手県大会定時制の部で優勝したことにより大相撲にスカウトされ、高校を3年生で中退して花籠部屋に入門し、1958年(昭和33年)5月場所で初土俵を踏んだ。1962年(昭和37年)9月場所で新十両に昇進し、その後19場所を要したが1965年(昭和40年)9月場所にて12勝3敗という好成績を収めて十両優勝を果たし、翌11月場所で新入幕を決めた。

左四つからの寄りという地味な相撲を得意とし、二桁勝利や三賞三役とは縁はなかったが幕内を通算25場所務めた。

唯一の金星1968年(昭和43年)5月場所、3日目に柏戸から挙げたものであった。だが、同場所は惜しくも7勝8敗と負け越したため殊勲賞受賞を逃してしまった。

1970年(昭和45年)3月場所では十両に陥落、同年9月場所では幕下7枚目まで番付を落とし、同場所限りで現役を引退した。

引退後は、年寄大嶽大鵬から借り受けて、大鵬部屋の部屋付き親方として後進の指導に当たった。

その後、龍虎から年寄・放駒を借り受けていたが、1975年(昭和50年)5月場所限りで廃業。

廃業後は青森市で、季節料理・鍋物料理の店「ちゃんこ道場」を経営した。

主な成績・記録[編集]

  • 通算成績:462勝435敗17休 勝率.515
  • 幕内成績:170勝205敗 勝率.453
  • 現役在位:75場所
  • 幕内在位:25場所
  • 金星:1個(柏戸から)
  • 各段優勝
    • 十両優勝:1回(1965年9月場所)
    • 三段目優勝:1回(1959年11月場所)
    • 序ノ口優勝:1回(1958年7月場所)

場所別成績[編集]

花光 節夫
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1958年
(昭和33年)
x x (前相撲) 東 序ノ口 #6
優勝
8–0
東 序二段 #37
5–3
 
西 序二段 #18
6–2
 
1959年
(昭和34年)
三段目 #102
2–6
 
東 序二段 #5
6–2
 
東 三段目 #82
5–3
 
東 三段目 #69
4–4
 
東 三段目 #66
7–1
 
東 三段目 #25
優勝
8–0
1960年
(昭和35年)
西 幕下 #53
4–4
 
東 幕下 #47
3–5
 
東 幕下 #53
4–4
 
西 幕下 #50
6–1
 
西 幕下 #31
5–2
 
東 幕下 #23
3–4
 
1961年
(昭和36年)
西 幕下 #28
4–3
 
東 幕下 #21
5–2
 
東 幕下 #13
3–4
 
西 幕下 #14
3–4
 
東 幕下 #19
4–3
 
東 幕下 #13
4–3
 
1962年
(昭和37年)
西 幕下 #10
3–4
 
西 幕下 #13
4–3
 
東 幕下 #9
6–1
 
東 幕下 #2
6–1
 
東 十両 #14
8–7
 
東 十両 #11
8–7
 
1963年
(昭和38年)
東 十両 #6
12–3
 
東 十両 #1
8–7
 
東 十両 #1
6–9
 
西 十両 #3
6–9
 
東 十両 #5
7–8
 
東 十両 #6
9–6
 
1964年
(昭和39年)
東 十両 #1
5–10
 
東 十両 #6
7–8
 
東 十両 #7
8–7
 
東 十両 #6
7–8
 
東 十両 #7
5–10
 
東 十両 #13
12–3
 
1965年
(昭和40年)
東 十両 #5
11–4
 
東 十両 #2
5–10
 
東 十両 #6
8–7
 
東 十両 #4
7–8
 
西 十両 #5
優勝
12–3
東 前頭 #14
8–7
 
1966年
(昭和41年)
東 前頭 #14
9–6
 
西 前頭 #10
9–6
 
東 前頭 #7
5–10
 
西 前頭 #12
7–8
 
東 前頭 #13
4–11
 
西 十両 #3
12–3
 
1967年
(昭和42年)
西 前頭 #11
8–7
 
西 前頭 #8
8–7
 
西 前頭 #5
6–9
 
西 前頭 #6
6–9
 
西 前頭 #9
7–8
 
西 前頭 #9
9–6
 
1968年
(昭和43年)
東 前頭 #3
5–10
 
西 前頭 #8
9–6
 
西 前頭 #3
7–8
西 前頭 #3
4–11
 
西 前頭 #8
8–7
 
西 前頭 #6
6–9
 
1969年
(昭和44年)
東 前頭 #9
6–9
 
東 前頭 #11
9–6
 
東 前頭 #5
6–9
 
西 前頭 #9
7–8
 
東 前頭 #10
7–8
 
東 前頭 #11
8–7
 
1970年
(昭和45年)
東 前頭 #7
2–13
 
東 十両 #3
0–5–10
 
西 十両 #13
9–6
 
西 十両 #7
2–13
 
西 幕下 #7
引退
0–0–7
x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)


改名歴[編集]

  • 遠藤 節夫(えんどう せつお)1958年7月場所-1958年9月場所
  • 花光 節夫(はなひかり -)1958年11月場所-1959年1月場所
  • 花光 節男(- せつお)1959年3月場所
  • 花光 節夫(- せつお)1959年5月場所-1970年9月場所(引退)

年寄変遷[編集]

  • 大嶽 節夫(おおだけ せつお)1970年9月-1974年1月
  • 放駒 節夫(はなれごま -)1974年1月-1975年5月(廃業)

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「大相撲力士名鑑」(共同通信社刊)の「花光」の欄の「没年月日」の項には「不詳」と記載されている。