自殺の名所

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自殺の名所(じさつのめいしょ)とは、景勝地など著名な土地のうち自殺者の多い場所のことである。

近年は比喩的に、著名な土地に限らず自殺の多発地点をこの名称で呼ぶことがある[2]

多発に至るプロセス[編集]

自殺の名所の類型としてよく見られるのは、断崖絶壁や深山幽谷といった観光地である。これらの場所では、仮に誤って転落や遭難したとしたら、生存の可能性はほとんどないような場所にいとも簡単に近寄れる。このような場所を本能的に恐怖を覚えたり忌避する人もいるが、そうであるがゆえに、逆に自殺志願者にとっては「確実に死ねる場所」として格好の立地条件となってしまう。これらの観光地は本来の意味でも「名所」であるために、もともと人が集まりやすく、その場所で自殺が多発して「自殺の名所」として有名になると各地から自殺志願者を引き寄せてくる悪循環が生じてしまう[3]。(ウェルテル効果も参照)

原因としては、自殺志願者の多くが所詮「多数の中の一人」という思いが強いという心理学的な影響もある[4]。つまり自殺の名所における典型的な報道の類型では、「犯罪者として紹介される場合」や「事業の成功者として紹介される」という完全に負け組型もしくは勝ち組型における報道例とはほとんど異なり、「あそこなら楽に死ねる」と「多くの人が亡くなっているから寂しくない」という心理学的な影響を指摘している研究者も存在する。

別の類型として鉄道路線、中でも日本に於ける三大都市圏のような大都市の通勤路線がある。これは、ストレスのたまった労働者が勤務等を終えて帰宅する途中に、衝動的にホームから電車の入ってきた線路内に飛び込むからである。これは自殺志願者が計画的に自殺するために訪れる前述の観光地とは対照的である。

予防術[編集]

「自殺の名所」という風評が立つと評判が悪化し、観光地の場合は地元観光業者の死活問題ともなりうるため、場所によっては自殺を思いとどまらせる文面の看板や立て札を地元の有志が費用を自己負担して立てることがある。また、「いのちの電話」などの人生相談団体の電話番号を書いたものと一緒に公衆電話を設置するところもある[5]。イギリスにおいては、自殺の名所とされる場所を政府が「ホットスポット」に指定し、予算を組んで同国内300ヶ所のホットスポットに地域住民や精神科医からなる危機介入チームを編成した。危機介入チームはパトロールの他にも、電話や看板の設置等で広報活動を行なっている。自殺志願者が看板を見て電話をかけてくると、直ちに現場に急行し保護と社会復帰に努める。介入の取り組みの結果、自殺の名所において自殺が激減し、国全体での毎年の自殺者数を10パーセント減少させた。

鉄道路線の場合は、鉄道会社ホームドアを設置し飛び込みを防ぐ試みもある(転落事故の防止も兼ねる)が[6]、すべての鉄道路線に導入するには高額な費用や構造的な問題(車両の種類によってドアの位置が違う場合やホームが狭いなどの場合は設置できない)があるため、普及は進んでいない[7]。また「青い光は精神を鎮める」とプラットフォーム照明に青いLED灯を追加する路線もあるが、効果は未確認、及びその信憑性も定かではない。

現代では「ストレスのたまりつづける者」と「ストレスが溜まらずにすむ者」との著しい落差が存在するため、社会または組織的に予防がなされない限りにおいては予防は不可能と言ってもよい [8]

自殺対策上で、自殺の名所等の手段を遠ざける手法は根本的な対策ではないが、周囲の介入のための時間を稼ぐことで一定の効果はあると考えられている[9]

「自殺の名所」と呼ばれている場所[編集]

日本国内[編集]

日本国外[編集]

三原山噴火口を探査するゴンドラ(1933年7月)
自殺の流行から読売新聞社によって設置されたもので、探査中にも自殺者の遺体を数体発見した

過去に「自殺の名所」と呼ばれていた場所[編集]

神戸市須磨(現・須磨区
1928年の1年間に同地区において自殺者が67人、自殺未遂者が127人発生。須磨区の公式ウェブサイトに記載されている[21]が、理由は不明。
三原山伊豆大島
1933年1月と2月に実践女学校の生徒が火口へ投身自殺。2件とも同じ同級生が自殺に立ち会っていたことがセンセーショナルに報道され、この年だけで129人が投身自殺した[22]
高島平団地[23][24][25]
現在は外廊下の開いているところに柵を張りめぐらせるなどの自殺防止対策が進んで自殺者は激減した。
安堂寺橋大阪市中央区
江戸時代、余りにも自殺者が多かった事から、落語の有名な演目「まんじゅうこわい」に取り上げられた(但し、上方版の老人の怪談噺のみで演じられるだけで、江戸版では演じられない)。

脚注[編集]

  1. ^ 内閣府 (2007), “§4.6 (6)”, 自殺総合対策大綱 (2007-06-08発行), http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/sougou/taisaku/sakutei.html 2009年7月19日閲覧。 
  2. ^ 「自殺の名所」は平成19年6月8日閣議決定された自殺総合対策大綱中でも使われている言葉である[1]。しかしながらここには「自殺の名所や高層建築物等における安全確保の徹底や鉄道駅におけるホームドア・ホーム柵の普及を図る。」と書かれているので、高層建築物や駅のホームを自殺の名所とは呼んでいない。
  3. ^ WHO (2008), 河西千秋 訳, ed., 自殺予防 メディア関係者のための手引き (2008年改訂版日本語 ed.), 横浜市立大学医学部精神医学教室, 横浜自殺予防研究センター, 2009-04, p. 8, http://www-user.yokohama-cu.ac.jp/~psychiat/WEB_YSPRC/pdf/media2008.pdf 2009年7月19日閲覧。 
  4. ^ 後述にもあるように、ストレスの溜まる労働者は常にストレスが溜まりやすい環境に置かれているため。
  5. ^ 内閣府 2007, 第2部第1章第1節2 事例紹介1.
  6. ^ 内閣府 2007, 第2部第2章第6節6.
  7. ^ 毎日新聞2010年12月10日夕刊
  8. ^ 内閣府 2007, 第2部第2章第4節 事例紹介8.
  9. ^ WHO; 高橋祥友 (2002), “プライマリケア従事者のための手引き”, WHO による自殺予防の手引き, 平成14 年度厚生労働科学研究費補助金(こころの健康科学研究事業) 自殺と防止対策の実態に関する研究 研究協力報告書, 内閣府, p. 13, http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/pdf/tebiki.pdf 2009年7月19日閲覧。 
  10. ^ 内閣府 2007, 第2部第2章第6節 事例紹介23.
  11. ^ 日光観光協会, ed. (1998-03-30), “中禅寺湖・男体山 華厳の滝”, 日光パーフェクトガイド (初 ed.), 下野新聞社, p. 123, ISBN 4-88286-085-6, http://www.nikko-jp.org/perfect/chuzenji/kegonnotaki.html 2009年7月19日閲覧。 
  12. ^ 内閣府 2007, 第2部第2章第6節 事例紹介22.
  13. ^ 本多良男, ed. (2007), “6. 「借金の解決は必ずできます・・・」の自殺防止看板設置の活動について”, 全国クレジット・サラ金 被害者連絡協議会ニュース 66: 4 (2007-11-19発行), http://www.cre-sara.gr.jp/pdf/news/news66.pdf 2009年7月19日閲覧。 
  14. ^ 週プレNEWS (2011-09-28), 2ヵ月半で飛び込み5件。JR新小岩駅で自殺者が相次ぐワケ, 集英社, http://wpb.shueisha.co.jp/2011/09/28/7119/ 
  15. ^ 尾上雅彦 (2008), 天ヶ瀬ダムへの立入を禁止しています, 近畿地方整備局淀川ダム統合管理事務所, http://www.kkr.mlit.go.jp/yodoto/pdf/kisya-hapyou/20081211.pdf 2009年7月19日閲覧。 
  16. ^ 内閣府 2008, 第2部第2章第8節 事例紹介30.
  17. ^ 則竹信二 (2005), JR中央線の飛び込み事故防止プラン(PART II), http://www.ll.em-net.ne.jp/~noritake/Hizou/train/tyuou_train-02.htm 
  18. ^ a b c d e f g 英国保健省; デボンパートナーシップNHSトラスト; ペニンスラ大学医学部 (2007), 国立精神・神経センター精神保健研究所 自殺予防総合対策センター 訳, ed., 自殺多発地点でとられるべき活動の手引, 自殺予防総合対策センターブックレット, 2, 2007-02, http://ikiru.ncnp.go.jp/ikiru-hp/book/book2.pdf 2009年7月20日閲覧。 
  19. ^ 主にソウル市内の橋からの飛び込みや、川岸からの入水が多い。ソウル市内の橋には、ボランティア団体の相談電話などが設置されている。
  20. ^ 競争と伝統で板挟み「自殺大国」韓国の憂鬱Newsweek Japan
  21. ^ 神戸市須磨区:須磨区の歴史より
  22. ^ 伊豆大島小史”. 東京都大島町. 2012年6月6日閲覧。
  23. ^ 福川裕一 (2002), “青少年育成の視点から見た建築・都市空間のあり方”, 青少年の育成に関する有識者懇談会, 第9回, 内閣府政策統括官(共生社会政策担当) (2002-11-08発行), p. 25, http://www8.cao.go.jp/youth/suisin/ikuseikon/kondan021108/09gijiroku.pdf 2009年7月19日閲覧, "自殺で有名になった高島平団地" 
  24. ^ 板橋区史編さん委員会『板橋区史 資料編 4近・現代』板橋区、1997年3月、pp878-881
  25. ^ 高島平事故防止対策協議会『“自殺名所”の呼び名を高島平からなくそう。』(パンフレット)、1980年10月。

参考文献[編集]