能格性

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

能格性(のうかくせい、ergativity)という用語は、言語学において、二つの異なる性質を指す。

  1. 文法において、自動詞主語他動詞目的語が同じように扱われ、他動詞の主語だけが別の扱いを受けるという性質のこと[1]。このような性質を持っている言語を能格的 (ergative) な言語と言う。
  2. 自動詞にも他動詞にも用いられる動詞について、自動詞用法の主語が、他動詞用法の目的語と同じであるという性質のこと[2]。このような動詞は能格動詞と呼ばれる。

(1)の意味で能格的であるということと、(2)の意味で能格的であるということの間には、何の関係も無い[3]。本項では、(1)の能格性を説明する。(2)の能格性については、「能格動詞」の項で説明されている。

自動詞の主語と他動詞の主語が同じように扱われ、他動詞の目的語だけが違う扱いを受ける場合もある。このような性質を対格性(たいかくせい、accusativity)と言う。対格性と能格性を兼ね備えている言語も多い[1]

概要[編集]

日本語では、下の例のように、自動詞の主語にも他動詞の主語にも助詞「が」が付き、一方、他動詞の目的語には「を」が付く。このように、自動詞の主語と他動詞の主語が同じ標識(日本語なら「が」)で示される場合、その主格と呼び、他動詞の目的語の格(日本語なら「を」)を対格と呼ぶ。主格と対格を持つ格体系は主格・対格 (nominative-accusative) 型、略して対格型と言われる。

日本語の例
a. 「太郎 来た」
b. 「花子 来た」
c. 「太郎 花子 見た」
d. 「花子 太郎 見た」

一方、オーストラリアクイーンズランド州の先住民語・ジルバル語では、自動詞の主語と他動詞の目的語には何も付かず、他動詞の主語にだけ ŋgu という標識が付く。このように、自動詞の主語と他動詞の目的語が同じように標示される(ジルバル語ならゼロで標示される)場合、その格を絶対格と呼び、他動詞の主語の格(ジルバル語なら ŋgu )を能格と呼ぶ。能格と絶対格を持つ格体系は絶対格・能格 (absolutive-ergative) 型、略して能格型と言われる。

ジルバル語の例[4]
a. ŋuma banaga-nyu
父+絶対格 来る-非未来
「父が来た」
b. yabu banaga-nyu
母+絶対格 来る-非未来
「母が来た」
c. ŋuma yabu-ŋgu bura-n
父+絶対格 母-能格 見る-非未来
「母が父を見た」
d. yabu ŋuma-ŋgu bura-n
母+絶対格 父-能格 見る-非未来
「父が母を見た」

それぞれの格体系をまとめると下表のようになる。

二つの格体系の違い
対格型 能格型
主格 他動詞の主語 能格
自動詞の主語 絶対格
対格 他動詞の目的語

対格型や能格型の格体系は、文中の名詞や名詞句の標示の仕方に見られる対格性や能格性の例と言える。

形態論だけでなく、統語論の作り方)にも、対格的なものと能格的なものがある。たとえば、文を等位接続詞でつなぐ場合に同じ名詞句を省略すること(同一名詞句削除)はさまざまな言語で可能である。英語もその一つだが、省略する名詞句は自動詞の主語または他動詞の主語でなければならない。下の例 (b) のように、他動詞の目的語は削除することができない。

英語の同一名詞句削除
a. Father returned and saw mother.
「父は戻ってきた、そして(父は)母を見た」
b. * Father returned and mother saw.[注釈 1]
「父は戻ってきた、そして母が(父を)見た」

一方、ジルバル語でも同一名詞句削除が可能だが、削除できるのは、自動詞の主語と他動詞の目的語だけで、他動詞の主語は不可能である。

ジルバル語の同一名詞句削除[5]
a. ŋuma banaga-nyu yabu-ŋgu bura-n
父+絶対格 来る-非未来 母-能格 見る-非未来
「父は戻ってきた、そして母が(父を)見た」
b. * ŋuma banaga-nyu yabu bura-n
父+絶対格 来る-非未来 母+絶対格 見る-非未来
「父は戻ってきた、そして(父は)母を見た」

形態的能格性を示す言語でも、統語論は対格的であることが多い。ジルバル語は主要な統語的操作(関係節補文・等位接続)において自動詞の主語と他動詞の目的語を同じように扱う珍しい例である[6]

主語に普遍的ないくつかの特徴をのぞいて考えると、形態論も統語論も完璧に対格的である言語は存在するが、逆に完璧な能格言語は見つかっていない[7]

分裂能格[編集]

言語によっては能格・絶対格と主格・対格を使い分けることがあり、そのような性質のある言語は分裂能格性と言う。例えばヒンディー語では完了形の場合にのみ能格的な性質があらわれる。また、主語が三人称の時のみ能格的な性質を示す言語もある。

注釈[編集]

  1. ^ アスタリスク * の付いている例文は、その言語で使うことができない(非文法的である)ことを示す。

出典[編集]

  1. ^ a b Dixon 1994: 6f.
  2. ^ Lyons 1968: 352.
  3. ^ Dixon 1994: 18.
  4. ^ Dixon 1994: 10.
  5. ^ Dixon 1994: 12.
  6. ^ Dixon 1994: 13.
  7. ^ Dixon 1994: 14.

参考文献[編集]

  • Dixon, R. M. W. 1994. Ergativity. Cambridge: Cambridge University Press.
  • Lyons, John. 1968. Introduction to theoretical linguistics. Cambridge: Cambridge University Press.

関連項目[編集]