胡椒の悔やみ

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胡椒の悔やみ(こしょうのくやみ)は古典落語の演目の一つ。別題は『悔やみ』[1]。原話は、安永2年(1773年)に出版された笑話本・「聞上手[2]の一遍である『山椒』。

主な演者として、8代目春風亭柳枝などがいる。

あらすじ[編集]

とんでもない笑い上戸である男が、兄貴分の八五郎のところに悔やみの作法を教わりにやってくる。

自分が住んでいる長屋の大家の娘が、急に昨夜死んだから悔やみに行かなければいけないという…のだが。

「おかしくてたまらないよ。兄ぃの前だけど、七十八十でもまだ腐らない奴があるのに、あんな十七八の小娘が死んじまって生意気だ」

めちゃくちゃな言い方に、八五郎は唖然。

「まぁ、お前も普段から、半纏の一枚もいただいてる家だろ。こういう時こそ手伝いに行って、悔やみの一つも言えばまた目をかけてくれる」

と、気を取り直して、男に『悔やみ』の文句をレクチャーをし始める。

「いいか。『承りますれば、お宅のお嬢さまがおかくれだそうで、本当に驚き入りました。ご家族の方は、さぞお力落としでございましょう』」

「えー、さぞお力が出たでしょう」

「馬鹿野郎!」

マァ、何とかせりふは覚えたが、問題なのが男が笑い上戸だと言うこと。

葬式に行くのだから、涙の一つも流さなければ失礼にあたるのだが、何しろ、男は自分の親父が死んで大笑いしていたというタマだ。

考えた八五郎は、男に胡椒の粉を渡して「悔やみのときになったらこれを舐めろ」。

あんまり早くなめて行くと効き目が切れる。かといって、向こうへ行ってからベロベロやって悔やみを言ったのではバレてしまって体裁が悪い。 垣根か、戸袋の陰でこっそりなめろと、細かい「指導」の上男を送り出した。

さて式場。女どもが、クドクドと心にもない悔やみを並べ立てるのを聞いて、

「あのオカミめ。あいつも胡椒なめやがったな。ウフフ…負けてたまるか」

なるほど。舐めると確かに涙がポロポロ…出てくるが、ドジな奴で、いっぺんに全部口に放り込んだから、口の中は物凄いことになってしまう。

そのまま葬式に参加して、墓前で「承りますれば…お嬢さまが…ハックショッ!! 水ください」 

出された水を一息に飲み干し、やっと気分が落ち着いてくる。

「ハックショッ!! ああ、顔がこわれちゃうかと思った。おどろいたねどうも。…うぷっ、承り、承りますれば…ウフッ、お宅のお嬢さまがおかくれだそうで

…あーあ、いい気持ちだ」

胡椒[編集]

一説によると、胡椒が日本に伝来したのは平安時代初期にさかのぼる。

江戸時代には、南蛮貿易の影響で庶民も口に出来るようになり、例えば正徳3年(1713年)初演の歌舞伎十八番、「助六」などにも登場している。

胡椒の出てくる落語[編集]

  • 棒鱈』:江戸っ子と薩摩のイモ侍の喧嘩を止めに入った料理人が、座敷に胡椒をたっぷりと振りまいてしまう。
  • くしゃみ講釈』:講釈師にデートをぶち壊された男が、復讐のため胡椒を買いにいくドタバタ劇。

脚注[編集]

  1. ^ 葬式に来た男が、未亡人にとんでもない下心を見せる「悔やみ」と言う噺があり、それと混同されるのを避けるため、ほとんど使われていない。
  2. ^ ※小松屋百亀・編--安永期の最も代表的な江戸小話集