肺炎レンサ球菌

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肺炎レンサ球菌
Streptococcus pneumoniae.jpg
分類
ドメイン : 真正細菌 Bacteria
: フィルミクテス門 Firmicutes
: バチルス綱 Bacilli
: ラクトバチルス目 Lactobacillales
: ストレプトコッカス科 Streptococcaceae
: ストレプトコッカス属 Streptococcus
: 肺炎レンサ球菌
S. pneumoniae
学名
Streptococcus pneumoniae
(Klein 1884)Chester 1901

肺炎レンサ球菌(はいえんレンサきゅうきん、Streptococcus pneumoniae)とは、肺炎などの呼吸器感染症や全身性感染症を引き起こす細菌。日本の臨床医療現場では肺炎球菌と呼ばれることが多い。また、かつては肺炎双球菌 (Diplococcus pneumoniae) と呼ばれていた。病原菌であるとともに、遺伝学の発展に大きな影響を与えた実験材料としてもよく知られる。

歴史[編集]

肺炎の原因菌であることから「pneumococcus(肺炎球菌)」と呼ばれ、1881年に、アメリカ陸軍の内科医であったGeorge Miller Sternberg (en) と、フランスの化学者ルイ・パスツールによって同時に独立して単離された。

この菌は、グラム染色された喀痰内での特徴的な外見から、1926年Diplococcus pneumoniae (肺炎双球菌)と呼ばれるようになった。液体培地内で鎖状の増殖を呈することから、1974年Streptococcus pneumoniae (肺炎レンサ球菌)と改称された。

構造[編集]

グラム陽性双球菌で、学名は Streptococcus pneumoniae。医学分野では単純化して Pneumococcus とも呼ばれるが、これは正式な学名ではない。通常の血液寒天培地に発育し、α溶血性を示す。コロニーは自己融解のために中央がくぼんだ特徴的な形状である。肺炎敗血症髄膜炎などの起炎菌となる強毒菌であるが、特に乳幼児などでは鼻咽頭にも常在している。

菌体表面に莢膜と呼ばれる多糖体を有する菌体構造を持ち、現在90種類以上分類されている。

臨床像[編集]

さまざまな疾病の起炎菌となりうるが、大きく分けて局所感染症と全身性(侵襲性)感染症に分けられる。

局所感染症[編集]

肺炎球菌は、その名のとおり気道の細菌性感染症の起炎菌として重要である。

肺炎
一般細菌としては(マイコプラズマクラミジアウイルスを除けば)、市中肺炎の最大の起炎菌である。乳幼児ではインフルエンザ桿菌に次ぐ。また、乳幼児では全身性感染症の部分症状として肺炎が発症する場合がある。鉄錆色の喀痰を示すことで有名である。
急性中耳炎
特に乳幼児で問題になる。乳幼児は耳管が短いため、鼻咽頭に常在する肺炎球菌が耳管を通って中耳に侵入しやすい。こうなると発症してしまう場合がある。

全身性(侵襲性)感染症[編集]

血流中での肺炎球菌の生存を許している状態(敗血症)および、敗血症の合併症として発症する臓器・器官の感染症を呼ぶ。

乳幼児で多く見られ、細菌の進入経路としては鼻咽頭から血流中に直接進入すると考えられている。人体は肺炎球菌に対して特異的な防御抗体(クラス IgG2)を産生して全身性感染症を防いでいるが、乳幼児では肺炎球菌特異抗体の産生が不十分であるために全身性感染症をきたすと考えられている。

細菌性髄膜炎
肺炎球菌の全身性感染症として最も重篤なもの。死亡率数%、神経学的後遺症は1~2割の患者で発症するとされる。症状は発熱、頭痛、嘔吐、意識障害、痙攣など。症状の進行が極めて急速で、発症から24時間以内に死亡する場合もある(劇症型)。
播種性血管内凝固 (DIC)
肺炎球菌に限らず敗血症の合併症として重要。血液中の凝固因子が消費されるため、「凝固」という名を冠しているが症状は出血傾向である。血管内に微小血栓を作り、その微小血栓が各種臓器に塞栓症状をきたすと考えられている。結果、DICの状態が続くと多臓器不全に陥る。治療としては、蛋白分解酵素阻害薬(メシル酸ガベキサートなど)の投与、凝固因子の補充(新鮮凍結血漿輸血)などがある。

その他、化膿性骨髄炎、化膿性関節炎、蜂窩織炎などがみられる。

肺炎球菌肺炎に敗血症を伴うことは成人でも乳幼児でもみられるが、各種研究の結果、成人ではまず肺炎を発症し、重症化していく中で敗血症を合併すると考えられる一方で、乳幼児では鼻咽頭の肺炎球菌が血流中に侵入し、そこから播種性に肺炎をきたすものと考えられている。

治療[編集]

肺炎球菌による局所感染症と全身性感染症とでは、生命予後や機能予後(後遺症を残すかどうか)に大きな差がある。このため、治療戦略も異なってくる。

局所感染症[編集]

局所感染症の場合、治療の第1選択はペニシリン抗生物質である。セフェム系も有効だが、気道への移行がペニシリン系に比べると悪く、またセフェム系は1種類のペニシリン結合蛋白にしか結合できないため、耐性が獲得されやすいという問題がある。近年ペニシリン耐性(実際にはむしろ、セフェムに対する耐性が強い)肺炎球菌が問題になるにあたって、肺炎球菌局所感染症に対するペニシリンの投与が見直されている。

乳幼児の急性中耳炎に対しては経口の新世代セフェム(セフジトレン・ピボキシル、セフカペン・ピボキシルなど)の投与が一般的になっていたが、上記のような観点からペニシリン系+β-ラクタマーゼ阻害剤合剤のアモキシシリン・クラブラン酸(AMPC/CVA, 商品名オーグメンチン、クラバモックス)の使用が推奨されるようになった。

(肺炎球菌にβ-ラクタマーゼ産生菌はないが、乳幼児の中耳炎の起炎菌として重要なもう一つの菌、インフルエンザ桿菌にはβ-ラクタマーゼ産生菌が少なからず存在するため、アモキシシリン単剤ではなくクラブラン酸との合剤が推奨されている)

全身性感染症[編集]

全身性感染症では治療の遅れが生命の危機をもたらす危険があるため、治療開始当初からペニシリン耐性肺炎球菌にも有効な抗菌薬を投与することが求められる。米国ではバンコマイシン(VCM)が推奨されているが、日本ではパニペネム・ベタミプロン(PAPM/BP)などカルバペネム系抗生物質が第一選択とされる場合が多い。感受性判明後、可能であればより抗菌スペクトラムの狭い抗菌薬(ペニシリン系など)に変更する。

予防[編集]

ワクチンが有効であり、成人用と小児用の2種類が存在する。

  • 成人用肺炎球菌ワクチン:ニューモバックスNP® Pneumovax NP(万有製薬
23価不活化ワクチン(肺炎球菌莢膜血清型ポリサッカライドを含む肺炎球菌ワクチン)で、接種回数は1回。製造元によると80種程度ある肺炎球菌のうち、症例の8割をカバーする23種に対する免疫を獲得できるという。ワクチンの効果は接種から5年とされているが、一度接種すると次に接種する際に接種部位に発赤、腫脹、腕の痛みなど副作用があり、2年以内に再接種すると強い反応を示す[1]としているため、「再接種の必要性を慎重に考慮した上で、前回接種から十分な間隔を確保して行うこと」としている。なお、保険給付の対象は「2歳以上の脾摘患者における肺炎球菌による感染症の発症予防」の目的で使用した場合のみ[2]
  • 小児用肺炎球菌ワクチン:プレベナー® Prevenar PCV7
2010年2月に、日本で沈降7価肺炎球菌結合型ワクチン(無毒性変異ジフテリア毒素結合体)が市販され、細菌性髄膜炎などの肺炎球菌感染症を予防する目的で、乳幼児への接種が可能となった。対象は生後2カ月~10歳未満。標準接種回数は4回、1回1万円前後。世界101の国・地域で承認されている。日本では2013年の予防接種法の改正で定期接種となった。[3]

遺伝学への貢献[編集]

この菌はまた、遺伝学において重要な役割を担ったことでもよく知られている。

1928年フレデリック・グリフィスはこの菌のうち莢膜をもち滑らかなコロニーを形成するS型菌(病原性がある)を加熱殺菌し、莢膜をもたずしわのあるコロニーを形成するR型菌(病原性がない)と混ぜてネズミに注射するとネズミが発病し、体内にS型菌が生ずることを発見した(グリフィスの実験)。オズワルド・アベリーは後にこの現象を形質転換と名づけ、また、この肺炎双球菌に肺炎を起こすS型病原性菌と、肺炎を起こさないR型とがある性質を利用して、形質転換を起こす物質がDNAであることを1944年に実施した実験から導いた。このことは遺伝子の本体がDNAであることを強く示唆するものであったから、それ以降の研究の方向に極めて大きな影響を与えた。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP), CDC. “Prevention of Pneumococcal Disease”. 2010年2月24日閲覧。
  2. ^ 万有製薬. “ニューモバックス®NP FAQ”. 2010年2月24日閲覧。
  3. ^ ワイス株式会社. “子どもと肺炎球菌.jp”. 2010年2月24日閲覧。

外部リンク[編集]