育徳帝
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
育徳帝(いくとくてい、Dục Đức、ズクドゥク、1852年 - 1883年)はベトナム阮朝の第5代皇帝。諱は(福)膺禛((Phúc )Ưng Chân)。嗣徳帝の弟である瑞太公阮福洪依(Nguyễn Phúc Hồng Y)の子。在位1883年。
嗣徳帝には子がなく、3人の甥を養子にしていたが、遺詔で最年長の育徳帝を後継者に指名した。しかしその文中に否定的な評価があったため、遺詔を朗読するとき、育徳帝はその部分を削除することを求めた。嗣徳帝の本来の意は最も幼いが聡明な建福帝にあったとされ、阮文祥、尊室説などの権臣もそれを望んでいたため、遺詔をないがしろにしたこと、儀式に臨んで喪服でない緑の服を着用したことなどを理由に、わずか3日後の10月20日、慈裕太皇太后(嗣徳帝の母)の命で後継者の地位を剥奪され、絶食させられて餓死した(即位礼は行っていない)。阮朝の皇帝は元号で呼ばれるが、元号も定められなかったため、生前起居していた宮中の育徳堂にちなんで育徳帝と称されている。のちに子の成泰帝が立つと、恭宗(恭皇とも)恵皇帝の廟号・諡号が追贈された。
[編集] 参考文献
- 『大南寔録』正編第4紀巻69 翼宗英皇帝 及び巻70 附廃帝(慶應義塾大学言語文化研究所刊行影印本)
|
|
|