聖心侍女修道会

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聖心侍女修道会は、世界21か国に広がる国際的な女子修道会である。A.C.I.Sisters(ラテン語の“Ancillae Sacratissimi Cordis Iesu”の略称)と呼ばれる。1877年マドリードに誕生した。本部はイタリアローマ。世界21か国に143の修道院と55の教育施設を置き、国際的かつ地域に根ざした教育・社会活動に貢献している。

創立者姉妹ラファエラ・マリアとドロレスの精神を受け継いで、イエス・キリストの教えと生き方に基づく教育・社会活動に献身している。現在、約1,400名のシスターが人間性の回復を求めて、人と人を結ぶ懸け橋として働いている。

歴史[編集]

起源[編集]

聖心侍女修道会の創立者、聖ラファエラ・マリア1850年3月1日、南スペインのコルドバに近いペドロ・アバドの大地主、ポラス家の11番目の女の子として生まれた。父のイルデフォンソは長年村長を務めた、この地方の有力者だったが、貧しい人のために尽くした。

25歳の時、姉のドロレスと共に聖心侍女修道会を設立。ラファエラは、16年間にわたり院長・総長として生まれたばかりの修道会を育て、その精神を形づくり、土台を固めた。やがて彼女はその職務を退くとただの一修道女として、人目につかない修道院の中で、隠れた生活のうちに晩年の32年間を過ごした。

1925年1月6日帰天。75年の生涯を閉じた。1977年1月23日 サン・ピエトロ大聖堂においてローマ教皇パウロ6世によって列聖

「心が愛で美しくなればなるほど、一層、神の喜びとなる」、「わたしたちの心は特定の人にのみ開かれているといったものであってはならない」、「すべての人が幸せになるように働くこと、それが本当の愛」など、神と人への愛に燃え立つ言葉を数々残している。彼女の生涯は深い愛と真実に貫かれた謙遜の鑑であった。

日本での活動[編集]

ラファエラがローマの修道院でその生涯を終えてから9年が過ぎた1934年10月、エルネスティナ・ラマリョほか3名の聖心侍女修道会の修道女がマルセイユより来日。急速に戦争へと傾斜し始めた困難な時代の中で、豊かな人間教育に取り組む情熱に燃え、1935年4月、東京麻布三河台にある旧志賀直哉邸に、前身となる清泉寮学院を創立。 1944年太平洋戦争勃発のために休校を余儀なくされ、東京大空襲で校舎は焼失した。

1946年、修道女たちの疎開先であった長野に、長野清泉女学院が開校される。1946年11月、横須賀にあるアメリカ海軍基地の司令長官の要請により、米軍が接収した旧日本海軍工機学校の建物を利用して、アメリカ人子弟のためのインターナショナル・スクールを開校。翌1947年には中学高等学校が開校された。まず中学校が小学校と同時に開かれ、1948年には高等学校が開かれた。その後1950年には新制大学が同じ横須賀に設立された。

1962年、大学は東京都品川区島津山(旧島津公爵邸)に移転、1963年中学高等学校は、鎌倉市城廻の現在地に移転し、鎌倉市雪の下の鎌倉幕府跡にあった中学校も同時に移転して一つとなり、現在に至っている。また、小学校は鎌倉市雪の下の小学校と合併した。

清泉女学院は現在(2009年) 日本国内に8校(鎌倉にある小学校、中学校、高等学校、東京にある大学とインターナショナル・スクール、長野に大学、短期大学、高等学校)からなり、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ中南米諸国、並びにインド、フィリピンなどに63校の姉妹校を持ち、同じ建学の精神のもとに教育活動を行っている。

世界における活動[編集]

世界各地で1,437名(2001年12月31日現在)の修道女が活動している。修道院がある国は以下のとおり。

  • ヨーロッパ:イタリア、スペイン、フランス、イギリス、アイルランド、ポルトガル
  • 北アメリカ:アメリカ
  • 中南米:アルゼンチン、ウルグアイ、ブラジル、ペルー、コロンビア、パナマ、エクアドル、ボリビア、チリ
  • アフリカ:カメルーン、コンゴ
  • アジア:フィリピン、インド、東チモール、日本

関連項目[編集]

外部リンク[編集]