聖子ちゃんカット

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聖子ちゃんカット(※実際は前髪をセンター分けにしない)

聖子ちゃんカット(せいこちゃんカット、当時は「聖子カット」が一般的な呼び方)は、日本女性歌手松田聖子がデビュー当時の1980年から1981年末までの約2年間にしていた髪型通称。日本の若い女性の間でこれを模倣した髪型が流行した[1]

歴史[編集]

1970年代、動きのあるレイヤーカットを取り入れた髪型が海外の有名タレントを中心に流行り始め、1976年から1981年にかけてアメリカで放映された人気テレビドラマ『チャーリーズ・エンジェル』(日本では1977年から1982年に放送)に出演した女優のファラ・フォーセットが披露した髪型[注 1]は「ファラ・カット」と呼ばれ世界中で流行した[2][3]
可憐な容姿と歌声から日本国内でもアイドル的な人気を得ていた歌手、オリビア・ニュートン=ジョンは1977年に発売したアルバム『きらめく光のように』(Making a Good Thing Better) のジャケットにて、のちの「聖子カット」と酷似する髪型を披露している。
日本の芸能界においても伊藤咲子太田裕美ピンクレディー坂口良子風吹ジュンらがそれら流行していた髪型をアレンジして取り入れ、キャンディーズの3人もまた各々個性を活かしたスタイルを披露していた。中でも伊藤蘭のヘアスタイルは「蘭ちゃんカット」と呼ばれ、主に10代・20代の女性に支持された[4]

松田にとっての起源については諸説あるが、上述の1970年代中頃のオリビアの髪型を模倣したのではという声が一般的である[要出典][注 2]

この髪型は学生時代から大きく変わっていないと本人がコメントしており、堀越高校時代の写真[注 3]にその原型が確認できる他、1979年に初出演したテレビドラマ『おだいじに』や1980年のデビューシングル『裸足の季節』のジャケットなどでも見られる。デビューから暫くの期間は専属のヘアメイクがおらず、事務所側も髪型やメイクに関しては「"松田聖子"から逸脱しなければ良い」と、ある程度本人に任せていた。上京後のヘアカットは1984年頃まで事務所近くの美容室「ヘアーディメンション」[注 4]四谷店で行っており、そこで担当の美容師[注 5]と相談しながらこのスタイルを作りあげていったという[6]

セカンドシングル『青い珊瑚礁』辺りからいわゆる「聖子カット」と呼ばれるスタイルが確立され、松田のトレードマークとなった。そして、トップアイドルとなった彼女のスタイルを真似ようと多くの女性たちがこの髪型を模倣する社会現象を引き起こした。そんな流行の真っ只中にあった聖子ちゃんカットだが、1981年末に本人の思い付きで突如訣別[7]。1982年1月発売のシングル『赤いスイートピー』のミディアムテンポのイメージに合わせて、バッサリとショートヘアにしてファンや世間を驚かせた。松田によると、シングル『風立ちぬ』の頃からボリュームのある重苦しい髪を切りたかったという。しかし、イメージを重んじる事務所に止められていたため踏み切れずにいたが、最終的には独断で切ってしまったという。

1982年頃からメイクアップアーティストの嶋田ちあきをヘアメイク担当に迎え[8]、"ぶりっ子"のイメージから転換すべく流行を先取りした髪型やメイクを取り入れ、次第にアイドルからシンガーへと活動を移行していった。それに伴い、ライブなどでは衣装の一環としてウイッグを使用する事も多くなった。

2021年、デビュー記念日である4月1日より配信された楽曲『青い珊瑚礁 〜Blue Lagoon〜』のミュージックビデオにて、約40年ぶりに「聖子ちゃんカット」を披露して話題となった[9]

聖子カット&ブロー[編集]

長さはセミロング(±5cm程度)がベース。耳の高さあたりからレイヤーカット(段カット)を施している。前髪はやや多めにとり、長さはブローしたのちに目に掛からない長さに切り揃える(ぱっつんにはしない)。

ブローは、バックの髪を内側に緩くカールしてベースを整える。トップからサイドは外向き(外巻き)にブラシを動かし、毛先を後ろに流して動きを出す。前髪はふんわりと内巻きにカール。眉を隠し、目に掛からないギリギリ[注 6]にアンダーラインが来るようブローする。

髪全体にパーマをかけるとスタイリングしやすく、長い時間髪型をキープ出来る[注 7]。当時の松田の髪は細く毛量も少なかったためサイドの段カットを細かく入れて"鳥の羽のように"軽やかにボリュームを出すブローをしていた。

影響[編集]

松田の人気が右肩上がりになるにつれ、学生や若い女性たちの間で「聖子カット」を真似る女性が急増。しかし、このスタイリングは従来のヘアドライヤーヘアブラシを駆使して一人で行うには難易度が高く、特に時間に追われる朝の支度は大変であった。そこで、ブラシとドライヤーが一体化したハンディタイプのヘアドライヤー(一般に「カールドライヤー」「くるくるドライヤー」と呼ばれる)が人気商品になった[10][11][注 8]

その流れは芸能界の中にも及び、1980年代におけるアイドルの定番ヘアスタイルとして定着していった[1][7]。 1982年にデビューした「花の82年組」と呼ばれる女性アイドル(小泉今日子松本伊代堀ちえみ早見優石川秀美ら)もほぼ全員それに倣い、のちに松田のライバルと呼ばれた中森明菜も『スター誕生』出場時やデビュー当初に聖子ちゃんカットに近いヘアスタイルであった。

その後、松田自身がこのスタイルをやめてショート、ストレートパーマ、ソバージュなど楽曲ごとに髪型を変えていた事もあり、1980年代半ば辺りには王道の聖子ちゃんカットの人気は下火になる。しかし、多くの芸能事務所は新人女性アイドルをデビューさせるにあたり、前髪の分量や長さなどは違えど聖子ちゃんカットをベースにしたヘアスタイルを推奨していた(1984年デビューの菊池桃子や松田の後輩である岡田有希子、1985年デビューの中山美穂[1]浅香唯森口博子、1986年デビューの西村知美モモコクラブのメンバーの多くなど)。

2006年つんく♂のプロデュースにより歌手デビューした時東ぁみは、当時聖子ちゃんカットをさせられていたが、通っていた学校で冷やかされ恥ずかしい思いをしたと後年告白している[12]

関連項目[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ トップは短めにカットし、レイヤー(段)を大きめに作り、ボリュームのあるスタイリングを施した、いわゆる「サーファーカット」「ウルフカット」。
  2. ^ 1983年にはアルバム『ユートピア』において、オリビアのアルバム『水の中の妖精(Come On Over)』のジャケットをオマージュしたりと、影響を感じさせる節がある[独自研究?]
  3. ^ アルバム『SEIKO MATSUDA 2020』および『SEIKO MATSUDA 2021』の通常版ジャケットは、歌手デビュー前となる17歳当時の写真が使用されている。
  4. ^ 2017年4月に破産[5]
  5. ^ 当時のテレビ番組やアイドル誌などで白石孝氏がカットを行う様子が確認されている。
  6. ^ 「前髪は短すぎると顔に締まりがなく、長すぎると目の周りにクマが出来たように見える」と、松田は1ミリ単位で拘っていた。
  7. ^ トップとサイドは地肌より6.5cm、耳下は約10cm、バックは襟足より10cmより長めのハイグラデーションカット、パーマロットの巻き方はリーゼント・ダウン。全体のフォルムは柔らかく握った三角のおにぎりと例えていた。
  8. ^ 当時は複合セラミック層を用いたフラットタイプのヘアーアイロンはまだ家庭用に普及しておらず、くるくるドライヤーが入手しやすく一般的であった。

出典[編集]

  1. ^ a b c 別冊宝島2611『80年代アイドルcollection』p.93.
  2. ^ ファラ・カットの髪をなびかせて、最強の美女たちの時代が到来”. ロードショー COVER TALK. 集英社オンライン. 2022年8月18日閲覧。
  3. ^ レトロな髪型ってやっぱりかわいい!時代を魅了したヴィンテージ・ヘアスタイル40”. ELLE. ハースト婦人画報社. 2022年8月18日閲覧。
  4. ^ 懐かしいのが新しい!“今っぽレトロ”ヘア”. ホットペッパービューティーマガジン. リクルート. 2022年8月18日閲覧。
  5. ^ 「聖子ちゃんカット」生んだ美容室が破産 東京商工リサーチ 産経新聞2017年4月19日
  6. ^ 松田聖子の80年代伝説Vol.3 GINZA 2020年8月22日
  7. ^ a b 「第四章 阻まれた独走――1982年」中川 2014, pp. 161–202
  8. ^ 松田聖子の80年代伝説Vol.7 GINZA 2020年12月21日
  9. ^ 松田聖子が40年ぶりに“聖子ちゃんカット”披露 音楽ナタリー 2021年4月1日
  10. ^ 世界初の360度ブラシのカールドライヤーはテスコムから”. BCN+R. 株式会社BCN. 2022年8月18日閲覧。
  11. ^ パナソニックの人に聞いた!イチオシのくるくるドライヤーと使い方”. MOOVOO. 朝日新聞社. 2022年8月18日閲覧。
  12. ^ “【エンタがビタミン♪】時東ぁみ、歌手再デビューするも「トーキングブンブンという名前は嫌だった」。”. Techinsight. (2013年8月30日). https://japan.techinsight.jp/2013/08/tokitoami-bunbun-outdelux20130829.html 2018年10月27日閲覧。 
  13. ^ きゃりーぱみゅぱみゅ、本家に迫るレベルの“聖子ちゃんカット”でおじさんたちのハートをわしづかみにする”. ねとらぼ. アイティメディア株式会社. 2022年8月18日閲覧。

参考文献[編集]

  • 中川右介『松田聖子と中森明菜[増補版]一九八〇年代の革命』朝日文庫、2014年12月。ISBN 978-4022618146