聖キリアン
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聖キリアン(キリアニ、Saint Killian、KilianまたはCillian)は、キリスト教の聖人である。
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来歴 [編集]
640年、アイルランドの貴族の家に生まれ、聖職者の道を歩む。管区は与えられなかったものの、司教に任命され、ヨーロッパ大陸へ伝道活動に赴いた。ガリアを経て、フランク族への伝道のため、ヴュルツブルクで、司祭のコールマン、助祭トトナンと共に、フランケン地方、テューリンゲン地方を中心に布教活動に打ち込み、ヴュルツブルクの領主であったゴツベルト公爵を改宗させた。
しかし、キリアンが、公爵が兄の未亡人と結婚していることを、法に反するとしたため、夫人がこのことを快く思わず、公爵不在中に、キリアンとコールマン、トトナンを暗殺し、遺体をミサの道具や聖書と共にその場に埋めてしまった。689年7月8日のことだった。その後、752年のやはり7月8日に、遺体は正式に埋葬され、その上に大聖堂が建てられて、現在のノイミュンスター教会となる。また、聖キリアンの遺品にあった新約聖書も、1803年まで大聖堂に保管されていたが、その後は大学図書館の管轄となった。
バイエルン、ワイン製造業者、痛風、リューマチの守護聖人である。 [1][2][3]
聖キリアン祭 [編集]
聖キリアンを守護聖人とするヴュルツブルクでは、7月に「聖キリアン(キリアニ)祭」が、ワイン祭りとして行われる。ワインの女王を先頭に、野菜や果物の籠を手にした民族衣装姿の子供たち、リボンで飾った柱や、常緑樹で作った飾りを持った人々、楽隊が町を練り歩く。
ワイン祭りは7月の第一土曜より17日間続く。これは、聖キリアンがブドウの栽培を奨励したためである。[1][4]
脚注 [編集]
- ^ a b 八木谷涼子 キリスト教歳時記 知っておきたい教会の文化 平凡社新書、2003年、176‐177頁。
- ^ CATHOLIC ENCYCLOPEDIA:St. Kilian
- ^ ヴュルツブルク Wuerzburg ■ バッハハウス ■ 旅の部屋 ドイツの小さな街
- ^ 谷口幸男 図説 ヨーロッパの祭り 河出書房新社 1998年、99頁。