耆英

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耆英(右から2番目)

耆英(きえい、1790年 - 1858年)は、清朝の人物。愛新覚羅氏

アヘン戦争で清朝が劣勢に陥ると、道光帝の命で和平交渉にあたった。1842年、清国全権として南京条約を締結した。その後、五港通商章程虎門寨追加条約(虎門条約)の締結や、アメリカ合衆国との望厦条約、フランスとの黄埔条約の締結に臨んだ。アロー戦争に際して対英交渉が錯綜する中で責任を問われ、1858年、北京で自殺に追い込まれた。

[編集] 関連項目

先代:
博啓図
礼部満尚書
1829-1834
次代:
昇寅
先代:
博啓図
工部満尚書
1834
次代:
敬徵
先代:
穆彰阿
戸部満尚書
1834-1836
次代:
奕顥
先代:
穆彰阿
吏部満尚書
1836
次代:
奕経
先代:
嵩溥
熱河都統
1837-1838
次代:
恵吉
先代:
宝興
盛京将軍
1838-1842
次代:
禧恩
先代:
牛鑑
両江総督
1842-1843
次代:
璧昌
先代:
璧昌
両江総督
1843-1844
次代:
璧昌
先代:
祁填
両広総督
1844-1848
次代:
徐広縉
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