耀徳強制収容所

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座標: 北緯39度40分33秒 東経126度50分57秒 / 北緯39.675922度 東経126.849207度 / 39.675922; 126.849207

耀徳強制収容所の位置(北朝鮮内)
耀徳強制収容所
耀徳強制収容所(15号管理所)

耀徳強制収容所 (よどくきょうせいしゅうようじょ、耀德政治犯收容所)は北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国耀徳に所在する政治犯収容所である。正式名称は15号管理所である。この領域は通常、南北分断当時の大韓民国で発行された地図に記載された咸鏡南道 霊興郡 耀徳面一帯である。

北朝鮮には耀徳収容所以外にも政治犯収容所が幾つかあるが、対外的に最もよく知られているのが耀徳政治犯収容所である。その理由は、収容所の規模が大きいことに加え、他地域の収容所は決して囚人が釈放される事のない完全統制区域だけなのに対し、耀徳収容所は"完全統制区域"に加えて、ときおり囚人が釈放される革命化区域があり、耀徳政治犯収容所から釈放された人々の証言が存在するためである。

2013年の証言では近年、革命化区域がなくなり、完全統制区域のみとなり、生涯釈放されない収容所に変更されたという説がある[1]

罪状[編集]

耀徳政治犯収容所は、政治犯を収容する所として国家的犯罪を犯した人だけを収容する場所ではなく、朝鮮民主主義人民共和国の内部でチュチェ思想に合わない話や、金日成一族について少しでも否定的に論じるなど、いわゆる "国家元首侮辱罪"を犯した者も収容される。収容者たちの罪は次の通りである。

実態[編集]

1990年代に約3万人の数の囚人が完全統制区域に収容されており、約1万6千人の数の囚人が革命化区域に収容された。完全統制区域の者は終身収容され、革命化区域に収容された囚人たちの多くは、おおむね政治犯の家族と大韓民国に家族がいる者である。

収容所の全体は3~4メートルほどの高さの塀で囲まれ、その上は2~3メートルの高さの電気鉄条網で囲まれている。塀によっては監視塔があり、自動小銃を持つ1千人の警備隊や番犬がパトロールしている。

実際に金正日の夫人であった成恵琳と友人だったために耀徳収容所に収容されたギム・ヨウンスンの証言によると、越北した落語家シン・ブルチュル(신불출)が1976年に耀徳収容所で栄養失調で死亡したと語った。金正日の家庭の事情や上層部の詳細情報を知り、それをあまりにも知っている者もこの収容所へ収容されるとギム・ヨウンスンは明らかにした。実際に北朝鮮に送られた在日朝鮮人が様々な理由で送還同胞区域に投獄されたことがある。

1977年から1987年まで収監された姜哲煥は、グウプリ地区の革命化区域では毎年4%ほどの人数が死亡すると推定されるが、ほとんどの人は病気と栄養失調で死んでいく。一人のいわゆる"犯罪"のために、家族全員(子供も含む)が収監されるが、囚人たちの間の性関係及び結婚は禁じられており、女性が妊娠した場合、強制的に人工妊娠中絶されてしまう。姜哲煥は収容所での生活を著書『収容所の歌』に記している。

1995年から1999年まで収監されたイ・ヨウングク(이영국)は、デスクリ地区の革命化区域では、毎年20%の人数が死亡すると推定した。毎月ごとに新しい囚人たちが入って来るのに、囚人たちが住む家には暖房がないため、になると囚人は厳しい寒さに耐えなければならない。

革命化区域では、脱出を試みて失敗した者、または食料品を盗んだ囚人たちの公開処刑が行われている。

脚注[編集]

  1. ^ 북한민주화운동본부 안명철 사무총장2013年1月18日 RFA

関連書籍[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

Nuvola apps kaboodle.svg 映像外部リンク
Nuvola apps kaboodle.svg 耀徳(ヨドク)強制収容所って知ってますか? CBS News
Nuvola apps kaboodle.svg "Hell holes": North Korea's secret prison camps アムネスティ。上記CBS Newsでもこの映像が使用されている。
Nuvola apps kaboodle.svg North Korean Killing Fields 1 Discovery Channel。22管理所の内容が中心だが姜哲煥もインタビューに登場
Nuvola apps kaboodle.svg North Korean Killing Fields 2 Discovery Channel