纒向石塚古墳
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纒向石塚古墳(まきむくいしづかこふん)は奈良県桜井市にある、纒向古墳群に属する古墳。纏向遺跡内では最古の古墳の可能性がある。また、前方後円墳成立期の古墳として注目されている。
2006年1月26日、纒向古墳群の一つとして国の史跡に指定された。
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[編集] 概要
[編集] 規模・年代等
奈良県桜井市太田字石塚に位置する( 北緯34度32分46.5秒東経135度50分09.9秒)。
纒向型前方後円墳丘墓で、規模は全長96メートル、後円部(主丘部)の東西59メートル、南北45メートル、前方部の長約32メートル、幅約34メートル、くびれ部の幅約12.8メートル、周濠幅約20メートルである。後円部は不整形円形で、前方部は三味線の撥状に開いている。葺石および埴輪は用いられていない。墳頂部は太平洋戦争末期に削平され、そこに高射砲か対空機銃の砲台の基礎部分の跡が検出された。その際、埋葬施設の検出や遺物の出土がなかったことから、後円部の埋葬ではないか、あるいは削平のおよばない深淵部に埋葬施設があるものと考えられる。
築造時期は古墳時代前期初頭(3世紀中葉か)と推定される。被葬者は不明である。
[編集] 出土遺物
周濠より弥生時代後期最終末期から古墳時代初頭の土器が出土している。その他、弧紋円盤(こもんえんばん、吉備系の祭祀用遺物)、朱塗の鶏形木製品、木製鋤・鍬、横槌、水槽、建築部材などの木製品、土師器(纒向I式期)が出土した。