織田信成 (フィギュアスケート選手)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
Pix.gif 織田 信成
Nobunari ODA
Figure skating pictogram.svg
Nobunari Oda at 2009 Cup of China.jpg
2009年中国杯の表彰式で
基本情報
代表国: 日本の旗 日本
生年月日: 1987年3月25日(24歳)
出生地: 大阪府高槻市[1]
身長: 164 cm[1]
体重: 52 kg
コーチ: リー・バーケル[1][2]
織田憲子[1]
元コーチ: ニコライ・モロゾフ (2008-2010)[3]
振付師: セバスチャン・ブリテン
元振付師: ニコライ・モロゾフ
ローリー・ニコル
デヴィッド・ウィルソン
所属クラブ: 関西大学
ISU パーソナルベストスコア
トータルスコア: 244.56 2006 GPNHK杯
ショートプログラム: 87.65 2009 GPファイナル
フリースケーティング: 163.33 2009 GPエリック杯

織田 信成(おだ のぶなり、1987年3月25日[2] - )は、日本フィギュアスケート選手(男子シングル)。2010年バンクーバーオリンピック7位。2006年四大陸選手権優勝、2005年世界ジュニア選手権優勝。

目次

人物

大阪府高槻市出身。大阪府立阿武野高等学校卒業。現在は関西大学文学部英語英文学専修に在籍[4]。2010年4月22日、中学時代の同級生女性(当時妊娠4ヶ月)と入籍。10月1日、第1子の男子が生まれた。[5]

織田信長から数えて17代目の末裔(参考:織田信高系統(旗本高家))にあたる[6]とされるが、その系譜の信憑性を疑問視する声もある[7]。織田家の末裔であることは海外でも紹介されており[8]デヴィッド・ウィルソンが2004-2005シーズンのフリープログラムに『座頭市』を選んだのも信長にちなんでのことだという[9]。かつて信長の子孫であることが先行して取りあげられた時期があり、そのころは違和感を持っていたが、スケートの実力が伴った現在では楽しんでいる[10][11]。テレビ番組で「戦国三武将で有名なホトトギスの歌を詠むなら」とインタビューされた際は「鳴かぬなら それでいいじゃん ホトトギス」と詠んだ[12]。2010年1月には愛知県清須市の「清須越四百年事業」のPR役として信長も居城とした清洲城の名誉城主に就任した(任期は1年間)[13]

大変涙もろく、2005年のスケートカナダでは、7位に終わったショートプログラム後に悔し泣きし、大逆転のフリースケーティング後にはうれし泣きをした[14]

勝負強く、本番で練習以上の力を出すこともしばしばある。3回転アクセルは2005年世界ジュニア選手権の公式練習で初めて成功した[15]。他方、規定に反してコンビネーションジャンプを跳びすぎ、得点が無効になることがたびたびある[16]。柔軟性が高く、スピンはバリエーションが豊富。演技の流れの中で跳ぶジャンプは評価が高く、膝と足首を柔らかく使った着氷も美しい[17]

経歴

母の織田憲子が元スケート選手で、兄や姉もスケートをしていたため、自然な流れで7歳からスケートを始めた[18][6]。1998-1999シーズン、全日本ノービス選手権8位。1999-2000シーズン、全日本ジュニア選手権27位。2001-2002シーズンは左腕を骨折したため競技会に出場しなかった[19]

2004-2005シーズン、城田憲子の紹介でカナダのリー・バーケルのもとへ渡る[19]。初めのうちは英語も分からず苦しんだが、ジェフリー・バトルらとの練習を通じて成長した[10]世界ジュニア選手権で優勝。同大会男子シングルで日本人が優勝したのは、2002年大会の高橋大輔以来2人目。女子シングルの浅田真央とともに日本勢のアベック優勝となった。

2005-2006シーズンから本格的にシニア参戦。ISUグランプリシリーズ(GPシリーズ)スケートカナダで3位、NHK杯では初優勝を果たし、本田武史、高橋大輔に続く日本人男子3人目のグランプリシリーズ優勝者となった。トリノオリンピック代表がかかった全日本選手権では、初め優勝と発表されたものの、採点ミスが明らかになり2位に訂正される(詳細は第74回全日本選手権を参照)。この結果、代表選考ポイントでも僅差の2位となり、トリノオリンピック出場を逃した。年が明けてからは四大陸選手権を制し(同大会での日本人男子シングルの優勝者は本田武史以来2人目)、世界選手権でも4位入賞。日本男子シングル出場枠を1から2に増やした。練習では、体力面で他の選手に劣るという指摘を受け、松本整のもとで筋力トレーニングに取り組み始めた[20]

2006-2007シーズン、スケートアメリカで優勝し、NHK杯では高橋大輔に次いで2位。2年連続で進んだGPファイナルでは銅メダルを獲得した。世界選手権ではショートプログラムで14位と出遅れたが、プログラムを『ミッション:インポッシブル』に変えて臨んだフリースケーティングでは冒頭の3回転アクセル-3回転トウループ-3回転ループから次々にジャンプを成功させて追い上げ[21]、総合7位に入った。同時に、高橋大輔が2位になったため、2人の順位合計により翌2008年大会の日本男子シングル出場枠は3枠となった。

2007年夏、酒気帯び運転で摘発され、日本スケート連盟から出場停止(国際大会5ヶ月、国内大会3ヶ月)と特別強化指定選手5ヶ月間解除の処分を受け、スケートカナダエリック・ボンパール杯への派遣も中止された[22]。復帰戦として注目された11月の西日本選手権は調整の遅れを理由に欠場し、12月の全日本選手権も直前に「過度の精神的重圧」等を理由に欠場した[23]四大陸選手権世界選手権の出場権を得ることはできず、年明けのアイスショーにも参加しなかった。

2008年4月、ニコライ・モロゾフのコーチ就任を発表[24]。アイスショーにも復帰した。2008-2009シーズンが始まると、ネーベルホルン杯カールシェーファーメモリアルと立て続けに優勝。国内でも西日本選手権を制し、GPシリーズ復帰戦となるNHK杯でも優勝。全日本選手権でも優勝した。世界選手権は、SPでフェンスに激突し、フリーでジャンプの回数規定違反を犯しながらも、初めて4回転トウループ-3回転トウループのコンビネーションジャンプを成功させ総合7位になった[25]。同大会で6位だった小塚崇彦との順位合計は13となり、翌2010年バンクーバーオリンピックの出場枠は辛うじて最大の「3」を確保した。

2009-2010シーズン、エリック・ボンパール杯中国杯とGPシリーズで連勝。GPファイナルでは2位と好成績を残しオリンピック日本代表に内定した。バンクーバーオリンピックでは、フリーで靴紐が切れたことによる演技の一時中断と転倒による計3点の減点が響き7位に終わった。世界選手権ではSPですべてのジャンプに失敗し、フリーに進めなかった。

2010-2011シーズン、スケートカナダ、スケートアメリカともに2位に終わる。グランプリファイナルではショートプラグラムでは初めて4回転トゥループ-3回転トゥループのコンビネーションジャンプに成功し1位となったが、フリースケーティングでは2度のジャンプの転倒があり3位。総合では2位となった。世界選手権ではSPで2位につけながらも、FSでまたもジャンプの回数違反を犯し、総合6位に終わった。

主な戦績

大会/年 2001-02 2002-03 2003-04 2004-05 2005-06 2006-07 2007-08 2008-09 2009-10 2010-11 2011-12
冬季オリンピック

7
世界選手権 4 7 7 28 6
四大陸選手権 1 4
世界国別対抗戦 3
全日本選手権 16 6 5 3 2 2 1 2 2
GPファイナル 4 3 2 2
GP中国杯 1 2
GPエリック杯 1 7
GPスケートアメリカ 1 2
GPNHK杯 1 2 1
GPスケートカナダ 3 2
ネーベルホルン杯 1
シェーファー記念 1
ユニバーシアード 2 1
世界Jr.選手権 11 1
全日本Jr.選手権 4 3 2 1
JGPウクライナ記念 3
JGPスケートロングビーチ 4
JGPSBC杯 3
JGPスケートスロバキア 2 2
JGPトラパネーゼ杯 7

詳細

2011-2012 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2011年11月18日-20日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯パリ 7
62.95
9
104.25
7
167.20
2011年11月4日-6日 ISUグランプリシリーズ 中国杯上海 4
77.65
2
149.46
2
227.11


2010-2011 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2011年4月24日-5月1日 2011年世界フィギュアスケート選手権モスクワ 2
81.81
9
150.69
6
232.50
2011年1月30日-2月5日 ユニバーシアード冬季競技大会エルズルム 1
77.04
1
146.11
1
223.15
2010年12月24日-27日 第79回全日本フィギュアスケート選手権長野 3
77.48
3
160.00
2
237.48
2010年12月9日-12日 2010/2011 ISUグランプリファイナル北京 1
86.59
3
156.22
2
242.81
2010年11月12日-14日 ISUグランプリシリーズスケートアメリカポートランド 1
79.28
2
146.81
2
226.09
2010年10月29日-31日 ISUグランプリシリーズスケートカナダキングストン 1
81.37
3
155.15
2
236.52


2009-2010 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2010年3月24日-25日 2010年世界フィギュアスケート選手権トリノ 28
50.25
- 28
2010年2月17日-19日 バンクーバーオリンピックバンクーバー 4
84.85
7
153.69
7
238.54
2009年12月25日-27日 第78回全日本フィギュアスケート選手権(大阪) 3
79.60
2
164.70
2
244.30
2009年12月3日-6日 2009/2010 ISUグランプリファイナル(東京) 3
87.65
3
155.71
2
243.36
2009年10月30日-31日 ISUグランプリシリーズ 中国杯北京 1
83.35
1
156.23
1
239.58
2009年10月16日-17日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯パリ 2
79.20
1
163.33
1
242.53


2008-2009 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2009年4月16日-17日 世界フィギュアスケート国別対抗戦2009東京 3
79.35
4
149.90
3
229.25
2009年3月25日-30日 2009年世界フィギュアスケート選手権(ロサンゼルス) 7
76.49
8
141.67
7
218.16
2009年2月2日-8日 2009年四大陸フィギュアスケート選手権(バンクーバー) 6
75.04
3
145.22
4
220.26
2008年12月25日-27日 第77回全日本フィギュアスケート選手権(長野) 1
86.45
1
157.25
1
243.70
2008年11月27日-30日 ISUグランプリシリーズ NHK杯(東京) 1
81.63
1
154.55
1
236.18
2008年10月14日-17日 カールシェーファーメモリアル(ウィーン) 2
72.51
1
139.05
1
211.56
2008年9月25日-28日 ネーベルホルン杯(オーベルストドルフ) 1
77.91
1
146.76
1
224.67


2006-2007 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2007年3月20日-25日 2007年世界フィギュアスケート選手権(東京) 14
67.17
6
142.77
7
209.94
2007年1月17日-27日 ユニバーシアード冬季競技大会(トリノ) 2
75.96
2
148.74
2
224.27
2006年12月27日-29日 第75回全日本フィギュアスケート選手権(名古屋) 2
81.75
2
153.91
2
235.66
2006年12月14日-17日 2006/2007 ISUグランプリファイナル(サンクトペテルブルク) 4
69.15
2
147.71
3
216.86
2006年11月30日-12月3日 ISUグランプリシリーズ NHK杯(長野) 2
83.55
2
161.01
2
244.56
2006年10月26日-29日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ(ハートフォード) 1
81.80
2
149.59
1
231.39


2005-2006 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2006年3月19日-26日 2006年世界フィギュアスケート選手権(カルガリー) 1
36.23
3
78.25
5
136.73
4
251.21
2006年1月23日-29日 2006年四大陸フィギュアスケート選手権(コロラドスプリングス) - 1
77.29
2
124.40
1
201.69
2005年12月23日-25日 第74回全日本フィギュアスケート選手権(東京) - 2
79.90
2
138.80
2
218.70
2005年12月16日-18日 2005/2006 ISUグランプリファイナル(東京) - 4
67.13
5
129.92
4
197.05
2005年12月1日-4日 ISUグランプリシリーズ NHK杯(大阪) - 2
74.15
2
142.24
1
216.39
2005年10月27日-30日 ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(セントジョンズ) - 7
59.84
2
133.24
3
193.08


2004-2005 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2005年2月28日-3月6日 2005年世界ジュニアフィギュアスケート選手権(キッチナー) 1
121.30
2
64.33
1
132.09
1
196.42
2004年12月24日-26日 第73回全日本フィギュアスケート選手権(新横浜) - 4
60.81
3
124.83
3
185.64
2004年11月20日-21日 第73回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(大阪) - 4
57.53
1
123.22
1
180.75
2004年9月30日-10月3日 ISUジュニアグランプリ ウクライナ記念(キエフ) - 2
59.20
4
108.61
3
167.81
2004年9月9日-12日 ISUジュニアグランプリ スケートロングビーチ(ロングビーチ) - 6
50.07
4
98.00
4
148.07


2003-2004 シーズン
開催日 大会名 予選 SP FS 結果
2004年2月29日-3月7日 2004年世界ジュニアフィギュアスケート選手権(ハーグ) 8 10 11 11
2003年12月25日-26日 第72回全日本フィギュアスケート選手権(長野) - 8 4 5
2003年12月11日-14日 2003/2004ISUジュニアグランプリファイナルマルメ - 8 7 8
2003年11月21日-23日 第72回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(京都) - 1 2 2
2003年10月16日-19日 ISUジュニアグランプリ SBC杯(岡谷) - 4 3 3
2003年9月18日-21日 ISUジュニアグランプリ スケートスロバキア(ブラチスラヴァ) - 2 3 2


2002-2003 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2003年3月13日-15日 ムラドストトロフィー ジュニアクラス(ザグレブ) 1 1 1
2002年12月19日-22日 第71回全日本フィギュアスケート選手権(京都) 8 6 6
2002年11月23日-24日 第71回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(名古屋) 2 4 3
2002年10月31日-11月3日 ISUジュニアグランプリ トラパネーゼ杯(ミラノ) 10 6 7
2002年10月3日-6日 ISUジュニアグランプリ スケートスロバキア(ブラチスラヴァ) 3 2 2


2001-2002 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2001年12月21日-23日 第70回全日本フィギュアスケート選手権(大阪) 16 15 16
2001年11月23日-24日 第70回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(東京) 7 3 4

プログラム

シーズン SP FS EX
2011-2012[26] メンフィス・ソウル・シチュー
振付:セバスチャン・ブリテン
シェルブールの雨傘
作曲:ミシェル・ルグラン
振付:セバスチャン・ブリテン
アイ・キャン・シー・クリアリー・ナウ
ボーカル:デンザル・シンクレア
2010-2011[27] Storm
演奏:吉田兄弟
振付:セバスチャン・ブリテン
ピアノ協奏曲イ短調
ピアノ協奏曲ロ短調
作曲:エドヴァルド・グリーグ
振付:セバスチャン・ブリテン
踊り明かそう
ミュージカル『マイ・フェア・レディ』より
作曲:フレデリック・ロウ
ボーカル:ジェイミー・カラム
振付:坂上美紀
2009-2010[28] 死の舞踏
作曲:フランツ・リスト
演奏:マクシム・ムルヴィツァ
振付:ニコライ・モロゾフ
チャールズ・チャップリンメドレー
作曲:チャールズ・チャップリン
振付:ニコライ・モロゾフ
ソウル・ボサ・ノヴァ 映画『オースティン・パワーズ』より
作曲:クインシー・ジョーンズ
振付:ニコライ・モロゾフ
スマイル
作曲:チャールズ・チャップリン
ボーカル:マイケル・ジャクソン
2008-2009[29] 仮面舞踏会
作曲:アラム・ハチャトゥリアン
振付:ローリー・ニコル
ワルソー・コンチェルト
作曲:リチャード・アディンセル
振付:ローリー・ニコル
歌劇『トスカ』より
作曲:ジャコモ・プッチーニ
振付:ニコライ・モロゾフ
2007-2008[30] 仮面舞踏会
作曲:アラム・ハチャトゥリアン
振付:ローリー・ニコル
映画『ミッション:インポッシブル』より
振付:デヴィッド・ウィルソン
アラウンド・ザ・ワールド
by レッド・ホット・チリ・ペッパーズ
振付:宮本賢二
ニューシネマパラダイス
作曲:エンニオ・モリコーネ
振付:織田憲子、杉田由香子
2006-2007[31] フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン
作曲:Bart Howard
振付:デヴィッド・ウィルソン
映画『ミッション:インポッシブル』より
振付:デヴィッド・ウィルソン
交響曲第4番
作曲:ピョートル・チャイコフスキー
ニューシネマパラダイス
作曲:エンニオ・モリコーネ
振付:織田憲子、杉田由香子
フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン
ボーカル:フランク・シナトラ
振付:デヴィッド・ウィルソン
2005-2006[32] セビリアの理髪師
作曲:ジョアキーノ・ロッシーニ
振付:デヴィッド・ウィルソン
映画『座頭市』より
作曲:鈴木慶一
振付:デヴィッド・ウィルソン
ルースター
振付:デヴィッド・ウィルソン
スーパーマリオブラザーズ
2004-2005 スーパーマリオブラザーズ[32] 映画『座頭市』より
作曲:鈴木慶一[32]
ルースター
振付:デヴィッド・ウィルソン[33]
2003-2004 ニューシネマパラダイス
作曲:エンニオ・モリコーネ
振付:織田憲子、杉田由香子[34][30]
禿山の一夜
作曲:モデスト・ムソルグスキー[32]
THE Rock
振付:織田憲子、杉田由香子[34]
Rhythm Delivery[34]
2002-2003 エル・クンバンチェロ 映画『マスク・オブ・ゾロ』より
作曲:ジェームズ・ホーナー[32]
トースト・オブ・ザ・タウン
by モトリー・クルー
2001-2002 エル・クンバンチェロ 映画『マスク・オブ・ゾロ』より
作曲:ジェームズ・ホーナー[32]
-

略系譜

織田信長 - 初代:信高(七男) - 2代:高重 - 3代:一之 - 4代:信門 = 5代:信倉(養子) = 6代:信直(養子) - 7代:長孺 - 8代:長裕 - 9代:信真 - (10代から13代は不明)- 14代:重治 - 15代:信義 - 信成(次男)

信高系の旗本織田家の傍系にあたる。途中で養子が入っており、血筋としては信長の次男・信雄の子孫である[35]。祖父・重治、父・信義は大阪通管工業所の創業者[36]

表彰歴

脚注

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d 小坂有紀編『COLORS 2007 フィギュアスケート男子読本』あおば出版、2007年3月、p.54
  2. ^ a b 『フィギュアスケート選手名鑑 2006』新書館、2005年12月、p.34
  3. ^ 『フィギュアスケートDays Plus 2008-2009男子シングル読本』ダイエックス出版、2008年9月、p.25
  4. ^ 『Cutting Edge 日本男子フィギュアスケートオフィシャルファンブック』DAI-X出版、2005年12月、p.39
  5. ^ “織田、「天下統一」の日に第1子/フィギュア” (日本語). サンケイスポーツ. (2010年10月4日). http://www.sanspo.com/sports/news/101004/spm1010040503001-n1.htm 2010年10月8日閲覧。 
  6. ^ a b 斎藤貴子編『COLORS フィギュアスケート男子シングルフォトブック』あおば出版、2006年2月、p.90
  7. ^ 週刊新潮 2010年2月25日号
  8. ^ icenetworkによるバイオグラフィー
  9. ^ 八木沼純子著『日本フィギュアスケート 氷上のアーティストたち』日本経済新聞社、2005年11月、p.183
  10. ^ a b 上坂美穂編『オール・アバウトフィギュアスケート』ぴあ(ぴあワンダーランドSpecial)、2005年11月、p.61
  11. ^ 『氷上のアーティストたち』p.178
  12. ^ 『Cutting Edge』p.38
  13. ^ 清須越四百年事業ニュース清須市、2010年1月1日、p.3
  14. ^ 『Cutting Edge 2007 日本男子フィギュアスケートオフィシャルファンブック』DAI-X出版、2007年1月、p.18
  15. ^ 『Cutting Edge』p.33
  16. ^ 2004/2005 ISUジュニアグランプリ JGPロングビーチ、JGPウクライナ。2005年近畿ブロック選手権(プロトコル (PDF))、2005年全日本選手権2006年世界選手権2007年世界選手権2009年世界選手権2010年スケートアメリカ2011年世界選手権
  17. ^ 『Cutting Edge』p.29, p.91
  18. ^ 『氷上のアーティストたち』p.186
  19. ^ a b 『Cutting Edge』p.36
  20. ^ 『Cutting Edge 2007』p.13
  21. ^ [ 2007年世界選手権男子シングルフリージャッジスコア]
  22. ^ 織田信成選手の酒気帯び運転に対する処分について(財団法人日本スケート連盟 平成19年8月2日)
  23. ^ フィギュア・織田信成選手全日本選手権欠場のお知らせ(財団法人日本スケート連盟 平成19年12月25日)
  24. ^ 「フィギュアスケート:織田が渡米 酒気帯び運転改めて陳謝」毎日新聞、2008年4月26日付
  25. ^ 「男子シングル」『フィギュアスケートDays vol.9』ダイエックス出版、2009年4月、pp.15-18[巻頭特集 2009世界選手権レポート]
  26. ^ SP, FSはISUによるバイオグラフィーより
  27. ^ SP, FSはISUによるバイオグラフィーより
  28. ^ ISUによるバイオグラフィーより
  29. ^ 『男子シングル読本』p.23
  30. ^ a b 『Cutting Edge 2008』p.26
  31. ^ 『Cutting Edge 2007』pp.85-86
  32. ^ a b c d e f 『Cutting Edge』p.91
  33. ^ 『Cutting Edge 2008』p.20
  34. ^ a b c 『Cutting Edge』p.37
  35. ^ 純粋な父子関係に基づいた場合、信長 - 信雄 - 高長 - 長政 - 長喬 - 信義 - 信直 -(以下略)となる
  36. ^ (有)大阪通管工業所(会社概要の創始者略歴、前・代表者略歴)

関連項目

外部リンク

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語