緒川駅

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緒川駅
駅舎
駅舎
おがわ - Ogawa
尾張森岡 (1.4km)
(1.5km) 石浜
愛知県知多郡東浦町大字緒川字竹塚1
所属事業者 東海旅客鉄道(JR東海)
所属路線 武豊線
キロ程 3.1km(大府起点)
電報略号 オワ←ヲワ
駅構造 高架駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度-
1,427人/日(降車客含まず)
-2011年-
開業年月日 1900年明治33年)3月1日
備考 駅員無配置駅(集中旅客サービスシステム導入駅)
ホーム
駅前ロータリー

緒川駅(おがわえき)は、愛知県知多郡東浦町大字緒川字竹塚にある、東海旅客鉄道(JR東海)武豊線である。

概要[編集]

大府駅武豊駅を結ぶ武豊線の中間駅(途中駅)の一つ。東浦町北部にあり、大型商業施設イオンモール東浦」等が立地する商業地の緒川地区に位置する。

武豊線開通にあわせて1886年(明治19年)に緒川駅は開業したが、北部に大府駅が新設されたのにあわせて翌年に一度廃止された。1900年(明治33年)に再度設置され、この2代目の緒川駅が現在に至っている。また、1995年(平成7年)に高架化され、武豊線の各駅のうちで唯一高架化された駅となった。

歴史[編集]

緒川駅には初代と2代目が存在する。

初代の駅は1886年明治19年)3月、現在の武豊線全線と東海道本線の一部にあたる、武豊駅と熱田駅を結ぶ鉄道路線の開通にあわせて開業した。ところが1年後の1887年(明治20年)9月、北に大府駅が新設された代わりに初代緒川駅は廃止される。翌年静岡県浜松駅へと路線が伸びた際、この大府駅は現在の東海道本線と武豊線にあたる路線の接続駅とされた。

駅が廃止された当時の緒川村(現・東浦町)では、村の振興のために再び駅を置くよう逓信大臣(逓信省は当時国有鉄道を管轄していた省庁)に対して請願を行った。その結果もあって初代の駅が廃止されてから13年経た1900年(明治33年)3月に2代目の緒川駅が開業した[1]。開業当初は旅客営業のみであったが、1903年(明治36年)から貨物荷物(旅客手荷物・小荷物)の取り扱いを開始している。

その後しばらく旅客・荷物・貨物のいずれもを扱う駅として営業を続けたが、1975年昭和50年)11月に半田市内において衣浦臨海鉄道半田線が開業したのにあわせて貨物の取り扱いを廃止、1984年(昭和59年)2月に荷物の取り扱いも廃止した。その結果旅客の取り扱いのみとなり、そのまま国鉄分割民営化を迎えJR東海に継承された。

年表[編集]

  • 1886年(明治19年)3月1日 - 武豊・熱田間の開通時に初代緒川駅開業。旅客・貨物をともに扱う一般駅であった[2]
  • 1887年(明治20年)9月10日 - 大府駅の開業と同時に初代駅廃止[2]
  • 1900年(明治33年)3月1日 - 2代目緒川駅が開業。当初は旅客のみを扱う旅客駅であった[2]
  • 1903年(明治36年)4月1日 - 貨物と荷物の取り扱いを開始[2]。同月駅舎を新設[3]
  • 1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定、武豊線所属駅となる。
  • 1941年(昭和16年)8月 - 跨線橋を新設[3]
  • 1975年(昭和50年)11月15日 - 貨物の取り扱いを廃止[2]
  • 1984年(昭和59年)2月1日 - 荷物の取り扱いを廃止[2]
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により東海旅客鉄道(JR東海)が継承[2]
  • 1995年平成7年)2月19日 - 駅と駅付近を高架化[4][5]
  • 2006年(平成18年)11月25日 - TOICAの利用が可能となる。あわせて簡易改札機設置[6]
  • 2013年(平成25年)10月1日 - 「集中旅客サービスシステム」導入により、無人化[7][8]

駅構造[編集]

緒川駅は、高架橋の上にホームを置く、高架駅という形態である。

ホームは2面あり、ホームに接する線路2本を挟んで向かいあう形で配置されている(相対式ホーム[9]。西側のホームが1番線、東側のホームが2番線で、1番線に大府方面行きの上り列車、2番線に武豊方面行きの下り列車が停車する[9]単線の武豊線上にある交換駅であり、列車の交換が可能である。

駅の出入口は西口と東口の2か所ある。エスカレーターエレベーターは設置されていない。

1995年に高架化される前の地上駅時代は、高架化後と同じく相対式ホーム2面2線で、西側(大府方に向かって左側)に大府方面行き、その反対側に武豊方面行きの列車が発着していた。また、駅舎は西側のホームに隣接して建設され、両ホームを結ぶ跨線橋も設置されていた[10]。高架化工事中は片側のホームが撤去されており、1992年時点の配線図によれば東側(大府方に向かって右側)のホームのみ使用され、ホームから跨線橋で線路を渡った先に仮駅舎を置いていた[11]

大府駅管理の無人駅。かつては、業務委託の駅員が配置されている有人駅業務委託駅)ででみどりの窓口も設置されていたが[12][13]、JR東海は2013年10月1日より当駅を含む6駅について「集中旅客サービスシステム」を導入し、自動券売機自動改札機を整備した上で遠隔案内によって一括的に管理されるようになり、無人化された[7][8]

利用状況[編集]

旅客[編集]

2011年度の乗車人員は、1日平均1,427人であった[14]。この数値は、武豊線の9駅(大府駅を除く)の中では亀崎駅東浦駅半田駅に次いで4番目に多い。

緒川駅の乗車人員は、1950年代以降、以下の表のように推移している。1967年度に1日平均1,701人を記録して以降減少していき1986年度には半分以下の1日平均673人にまで減少したが、その後は増加傾向にあり、2008年度の数値は1986年度の2倍を超え1960年代とほぼ同じ水準に戻っている。1950年度の時点では乗車人員は半田駅・亀崎駅に次いで3番目に多かったが、1974年度以降東浦駅が常に上回るようになっている。

1日平均の乗車人員の推移
年度 乗車人員 出典・備考
1950年度 1,254人 [15]
1951年度 1,361人 [16]
1952年度 1,319人 [17]
1953年度 1,268人 [18]
1954年度 1,195人 [19]
1955年度 1,181人 [20]
1956年度 1,244人 [21]
1957年度 1,186人 [22]
1958年度 1,189人 [23]
1959年度 1,221人 [24]
1960年度 1,396人 [25]
1961年度 1,355人 [26]
1962年度 1,409人 [27]
1963年度 1,469人 [28]
1964年度 1,490人 [29]
1965年度 1,575人 [30]
1966年度 1,523人 [31]
1967年度 1,701人 1950年度以降最大値[32]
1968年度 1,570人 [33]
1969年度 1,382人 [34]
1970年度 1,301人 [35]
1971年度 1,201人 [36]
1972年度 1,114人 [37]
1973年度 1,083人 [38]
1974年度 1,075人 [39]
1975年度 1,034人 [40]
1976年度 950人 [41]
1977年度 913人 [42]
1978年度 901人 [43]
1979年度 866人 [44]
1980年度 838人 [45]
1981年度 793人 [46]
1982年度 801人 [47]
1983年度 797人 [48]
1984年度 746人 [49]
1985年度 699人 [50]
1986年度 673人 1950年度以降最低値[51]
1987年度 688人 [52]
1988年度 721人 [53]
1989年度 771人 [54]
1990年度 794人 [55]
1991年度 837人 [56]
1992年度 881人 [57]
1993年度 933人 [58][59]
1994年度 904人 [60][59]
1995年度 917人 [61][59]
1996年度 872人 [62][63]
1997年度 852人 [64][63]
1998年度 817人 [65][66]
1999年度 772人 [67][68]
2000年度 803人 [68]
2001年度 1,158人 [68]
2002年度 1,265人 [69]
2003年度 1,291人 [69]
2004年度 1,316人 [69]
2005年度 1,345人 [70]
2006年度 1,363人 [70]
2007年度 1,463人 [70]
2008年度 1,447人 [71]
2009年度 1,434人 [71]
2010年度 1,412人 [71]
2011年度 1,427人 [14]

貨物・荷物[編集]

1950年度から1975年度(1975年11月取扱廃止)までの貨物の取扱量(発送および到着トン数)と、1972年度から1983年度(1984年2月取扱廃止)までの荷物の取扱量(発送および到着個数)は以下の表に示すとおりに推移していた。貨物の取扱量に関しては、武豊線内では比較的少ない。荷物の取扱量に関しては、武豊線で荷物を取り扱う6駅の中では半田駅・武豊駅・亀崎駅に次いで4番目に多く、1977年度以降は亀崎駅を抜いて3番目となっていた。

貨物取扱量・荷物取扱量の推移
年度 貨物 荷物
発送 到着 発送 到着
1950年度 7,278t 8,948t
1951年度 5,351t 15,904t
1952年度 2,736t 11,278t
1953年度 2,211t 12,913t
1954年度 1,492t 11,732t
1955年度 2,308t 11,283t
1956年度 1,657t 8,413t
1957年度 964t 7,922t
1958年度 1,258t 9,098t
1959年度 2,519t 10,558t
1960年度 4,286t 16,868t
1961年度 5,192t 18,684t
1962年度 2,213t 16,740t
1963年度 1,575t 13,493t
1964年度 1,206t 13,327t
1965年度 507t 11,121t
1966年度 306t 8,342t
1967年度 192t 12,123t
1968年度 421t 15,311t
1969年度 475t 20,273t
1970年度 217t 16,892t
1971年度 159t 12,793t
1972年度 235t 11,792t 3,533個 7,656個
1973年度 503t 11,819t 3,056個 7,728個
1974年度 58t 8,816t 2,813個 7,067個
1975年度 53t 5,127t 2,538個 6,981個
1976年度 2,557個 7,331個
1977年度 2,405個 7,339個
1978年度 2,449個 7,885個
1979年度 2,347個 8,592個
1980年度 2,150個 8,563個
1981年度 1,379個 7,625個
1982年度 869個 7,900個
1983年度 337個 6,288個
※出典は乗車人員の推移に同じ。

停車列車[編集]

緒川駅には、武豊線で運行されている普通列車東海道本線名古屋駅直通の区間快速(武豊線内では各駅停車)の2種類の旅客列車が停車し、概ね1時間に2本(ラッシュ時は3本)の頻度で列車が発着する。朝時間帯に運行されている快速列車は停車しない。

駅周辺[編集]

バス路線[編集]

緒川駅東口前にあるロータリーには、東浦町内で運転されている東浦町運行バス(う・ら・ら)の「緒川駅東口」、知多乗合(知多バス)の「緒川駅前」の2つのバス停留所(バス停)が設置されている。

緒川駅東口バス停には、4つある東浦町運行バスの路線がすべて集まる。バスはここから東浦町内北部の国立長寿医療センター方面、西部の巽ヶ丘・東ヶ丘方面、南部の武豊線東浦駅・平池台方面、町外東方の刈谷駅方面の4方向へ向かう。

一方緒川駅前バス停には、中部国際空港と刈谷駅・知立駅を結ぶ知多バスの刈谷知立・中部空港線が発着している。

かつては国道366号沿いにも知多バスの「緒川駅口」バス停があった。

隣の駅[編集]

東海旅客鉄道(JR東海)
武豊線
快速
通過
区間快速・普通
尾張森岡駅 - 緒川駅 - 石浜駅

脚注[編集]

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  1. ^ 『新編東浦町誌』本文編、505・507頁
  2. ^ a b c d e f g 『停車場変遷大事典』2、114・115頁
  3. ^ a b 『武豊線物語』、32頁
  4. ^ 『東海旅客鉄道20年史』、264頁
  5. ^ 『武豊線物語』、185頁
  6. ^ 『武豊線物語』、2頁
  7. ^ a b 武豊線への集中旅客サービスシステムの導入について - 東海旅客鉄道ニュースリリース 2012年11月15日
  8. ^ a b 武豊線 集中旅客サービスシステムの使用開始について - 東海旅客鉄道ニュースリリース 2013年8月22日
  9. ^ a b 『東海道ライン全線・全駅・全配線』、24(配線図)・46頁、方角は配線図と実際の地図との対照から補記。
  10. ^ 『国鉄全線各駅停車』5、208頁の配線図による。方角は実際の地図との対照から補記
  11. ^ 『JR・私鉄全線各駅停車』5、148頁の配線図による。
  12. ^ 「地方鉄道レポート19 JR東海武豊線」、『鉄道ジャーナル』通巻469号、78頁
  13. ^ 『東海旅客鉄道20年史』、732頁
  14. ^ a b 『知多半島の統計』平成25年版、43頁
  15. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和27年度刊、326頁
  16. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和28年度刊、310頁
  17. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和29年度刊、329頁
  18. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和30年度刊、305頁
  19. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和31年度刊、303頁
  20. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和32年度刊、319頁
  21. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和33年度刊、335頁
  22. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和34年度刊、379頁
  23. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和35年度刊、292頁
  24. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和36年度刊、260頁
  25. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和37年度刊、324頁
  26. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和38年度刊、296頁
  27. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和39年度刊、298頁
  28. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和40年度刊、262頁
  29. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和41年度刊、238頁
  30. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和42年度刊、262頁
  31. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和43年度刊、192頁
  32. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和44年度刊、196頁
  33. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和45年度刊、204頁
  34. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和46年度刊、228頁
  35. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和47年度刊、236頁
  36. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和48年度刊、216頁
  37. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和49年度刊、214頁
  38. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和50年度刊、220頁
  39. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和51年度刊、224頁
  40. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和52年度刊、216頁
  41. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和53年度刊、231頁
  42. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和54年度刊、233頁
  43. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和55年度刊、221頁
  44. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和56年度刊、227頁
  45. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和57年度刊、239頁
  46. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和58年度刊、223頁
  47. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和59年度刊、223頁
  48. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和60年度刊、241頁
  49. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和61年度刊、235頁
  50. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和62年度刊、223頁
  51. ^ 『愛知県統計年鑑』昭和63年度刊、223頁
  52. ^ 『愛知県統計年鑑』平成元年度刊、225頁
  53. ^ 『愛知県統計年鑑』平成2年度刊、223頁
  54. ^ 『愛知県統計年鑑』平成3年度刊、225頁
  55. ^ 『愛知県統計年鑑』平成4年度刊、229頁
  56. ^ 『愛知県統計年鑑』平成5年度刊、221頁
  57. ^ 『愛知県統計年鑑』平成6年度刊、221頁
  58. ^ 『愛知県統計年鑑』平成7年度刊、239頁
  59. ^ a b c 『知多半島の統計』平成9年版、47頁
  60. ^ 『愛知県統計年鑑』平成8年度刊、241頁
  61. ^ 『愛知県統計年鑑』平成9年度刊、243頁
  62. ^ 『愛知県統計年鑑』平成10年度刊、241頁
  63. ^ a b 『知多半島の統計』平成11年版、47頁
  64. ^ 『愛知県統計年鑑』平成11年度刊、241頁
  65. ^ 『愛知県統計年鑑』平成12年度刊、239頁
  66. ^ 『知多半島の統計』平成12年版、47頁
  67. ^ 『愛知県統計年鑑』平成13年度刊、240頁
  68. ^ a b c 『知多半島の統計』平成15年版、47頁
  69. ^ a b c 『知多半島の統計』平成18年版、115頁
  70. ^ a b c 『知多半島の統計』平成21年版、43頁
  71. ^ a b c 『知多半島の統計』平成24年版、43頁

参考文献[編集]

関連項目[編集]