綿半ホールディングス

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綿半ホールディングス株式会社
Watahan & Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 綿半
本社所在地 日本の旗 日本
郵便番号:160-0004
東京都新宿区四谷一丁目4番地
本店所在地 郵便番号:395-0151
長野県飯田市北方1023-1
設立 1949年昭和24年)2月18日
業種 建設業
事業内容 綿半グループ全体の経営戦略
新事業の企画
綿半グループ事業の統括管理
綿半グループ内の事務局業務
代表者 代表取締役社長 野原莞爾
資本金 4億3,000万円
売上高 グループ連結: 872億円(平成24年3月期)
純資産 グループ連結: 443億円(平成24年3月期)
従業員数 34名(グループ計: 2,350名)
決算期 3月31日
主要子会社 綿半鋼機株式会社
綿半インテック株式会社
綿半テクノス株式会社
株式会社綿半ホームエイド
ミツバ貿易株式会社
関係する人物 中谷勘兵衛(創業者)
外部リンク http://www.watahan.co.jp/
特記事項:創業は1598年慶長3年)
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綿半ホールディングス株式会社(わたはん-、Watahan & Co., Ltd.)は、綿半グループを統括する持株会社。本店は長野県飯田市、本社を東京都新宿区に置く。

傘下企業にはホームセンターを展開する株式会社綿半ホームエイドなどがある。

概要[編集]

1598年慶長3年)創業の綿屋を前身とする。屋号を「綿兵衛」としていたことから、「綿半」の名が生まれた。

明治初期には金物店に転換し、その後も時代につれて事業の場を変えている。現在では建設環境関連分野が主な事業となっている。

戦後、野原産業株式会社(現存するが別グループを形成している)として東京に進出したが、その飯田営業所を分離独立したのが現在の綿半である。のちに本社機能は新宿区四谷四ツ谷駅前に建てられた綿半野原ビルに移されている。

羊羹の綿半とは無関係である。

沿革[編集]

  • 1598年慶長3年) - 信濃国飯田城下で綿屋として創業(明治初期に金物店に転換)。綿屋半兵衛を屋号とし、現社名の由来となる
  • 1945年昭和20年)8月15日 - 野原合名会社設立。本社は長野県飯田市
  • 1947年(昭和22年)9月11日 - 野原産業株式会社設立。本社は東京都中央区
  • 1949年(昭和24年)2月18日 - 野原産業(株)飯田営業所を分離独立し、株式会社綿半銅鉄金物店(現 綿半ホールディングス(株))設立
  • 1953年(昭和28年)
    • 4月1日 - 飯伊地域の高校進学希望者を支援する、龍峡育英会設立
    • 10月23日 - 紙問屋・島幸(松本市)の事業を継承し、株式会社島幸設立 → 1973年(昭和48年)株式会社シマコーに商号変更
  • 1957年(昭和32年) - 綿半共栄株式会社設立。保険代理店事業に進出 → のち野原共栄興産株式会社1962年(昭和37年)綿半野原総業株式会社に商号変更
  • 1958年(昭和33年) - (株)綿半銅鉄金物店が東京都新宿区に本社移転
  • 1966年(昭和41年) - (株)綿半銅鉄金物店が綿半鋼機株式会社に商号変更
  • 1967年(昭和42年)10月23日 - 綿半地所株式会社設立 → のち綿半興産株式会社、次いで綿半緑化株式会社に商号変更
  • 1968年(昭和43年) - 飯田軽石ブロック工業株式会社を譲受し、綿半コンクリート工業株式会社に商号変更 → 1975年(昭和50年)綿半建材工業株式会社に商号変更
  • 1977年(昭和52年)1月13日 - 綿半ホームエイド株式会社設立。ホームセンター事業に進出
  • 1978年(昭和53年) - 綿半リビングストアー株式会社設立 → のち、綿半ホールディングス(株)に吸収合併される
  • 1979年(昭和54年)9月17日 - 社会福祉法人綿半野原積善会設立
  • 1995年平成7年)4月3日 - 綿半鋼機(株)鉄構事業部を分離独立し、綿半テクノス株式会社設立
  • 1996年(平成8年) - 株式会社綿半クリエイティブプロダクツ設立。化粧品代理店事業に進出
  • 2000年(平成12年) - 綿半建材工業(株)と綿半緑化(株)が合併し、綿半インテック株式会社設立
  • 2003年(平成15年)2月3日
    • 綿半鋼機(株)(旧)を綿半ホールディングス株式会社に商号変更。持株会社とする
    • 綿半鋼機株式会社(新)設立。旧会社の事業を継承
  • 2004年(平成16年) - 綿半鋼機(株)鉄筋部門を分離独立し、綿半鉄筋株式会社設立 → 2011年(平成23年)解散
  • 2006年(平成18年) - 綿半野原総業(株)が(株)綿半クリエイティブプロダクツ(旧)を合併し、株式会社綿半クリエイティブプロダクツ(新)となる
  • 2009年(平成21年) - (株)綿半クリエイティブプロダクツが綿半ホールディングス(株)に吸収合併される
  • 2010年(平成22年)4月 - 綿半ホールディングス(株)がミツバ貿易株式会社を完全子会社化

グループ会社[編集]

綿半鋼機[編集]

綿半鋼機株式会社
Watahan Kouki Co., Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
郵便番号:395-0151
長野県飯田市北方1023-1
設立 2003年平成15年)2月3日
業種 建設業
事業内容 各種建設工事
屋根工事
外装工事
屋根・外壁のリフォーム工事
自走式立体駐車場の企画開発・設計・制作・施工
耐震補強及びシステム建築事業
鉄骨工事
鉄筋工事
建具・床・内装工事ほか
代表者 代表取締役社長 熊谷洋平
資本金 3億
従業員数 323名
決算期 3月31日
主要株主 綿半ホールディングス株式会社 100%
外部リンク http://www.kouki.watahan.co.jp/
特記事項:旧会社は1949年昭和24年)設立。現 綿半ホールディングス(株)
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綿半鋼機株式会社(わたはんこうき)は、外装内装工事や鉄筋鉄骨工事を行っている。旧会社が持株会社に移行したことで新たに設立された会社で、明治から続く綿半の事業を引き継いでいる。ISO9001認証を取得している。

沿革[編集]

  • 1949年昭和24年)2月18日 - 野原産業(株)飯田営業所を分離独立し、株式会社綿半銅鉄金物店設立
  • 1950年(昭和25年) - 株式会社綿半岡谷銅鉄金物店設立 → 1952年(昭和27年)(株)綿半銅鉄金物店と合併
  • 1966年(昭和41年) - 綿半鋼機株式会社(旧)に商号変更
  • 2003年平成15年)2月3日 - 綿半鋼機(株)(旧)が綿半ホールディングス株式会社に商号変更し、持株会社となる。旧会社の事業は綿半鋼機株式会社(新)と綿半インテック株式会社に分割して継承
  • 2010年(平成22年) - 株式会社シマコーからリフォーム事業を譲受

事業所[編集]

  • 本社(飯田市
  • 管理本部(新宿区四谷
  • 事業本部(新宿区四谷)
  • 断熱外装事業部(新宿区四谷)
    • 長野支店(長野市三輪)・関東支店(新宿区四谷)・中部支店(名古屋市中区)・営業推進部(新宿区四谷)・四季の窓製造部(長野市三輪)
  • 環境リニューアル事業部(新宿区四谷)
    • 関東環境リニューアル部(新宿区四谷)・中部環境リニューアル部(岐阜県海津市)・SC営業部(浜松市東区)・環境リニューアル工事部(新宿区四谷)・営業推進部(新宿区四谷)・岐阜加工センター(岐阜県海津市)
  • 住宅リフォーム部(新宿区四谷)
  • 建築事業部(松本市
  • 駐車場事業部(新宿区四谷)


綿半インテック[編集]

綿半インテック株式会社
Watahan Intec Co., Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
郵便番号:395-0822
長野県飯田市松尾寺所7223
設立 1967年昭和42年)10月23日
業種 建設業
事業内容 土木・緑化・橋梁工事の施工請負
各種建設資機材及び介護用品の販売・レンタル
環境関連商品
代表者 代表取締役社長 野原勇
資本金 2億円
従業員数 177名
決算期 3月31日
主要株主 綿半ホールディングス株式会社 100%
外部リンク http://www.watahan-intec.co.jp/
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綿半インテック株式会社(わたはん-、Watahan Intec)は、土木工事緑化工事・橋梁工事などを行っている。

沿革[編集]

  • 1967年昭和42年)10月23日 - 綿半地所株式会社設立
  • 実施年不明 - 綿半興産株式会社に商号変更
  • 実施年不明 - 綿半緑化株式会社に商号変更
  • 2000年(平成12年) - 綿半建材工業株式会社と合併し、綿半インテック株式会社となる

事業所[編集]

  • 本社(飯田市
  • 土木橋梁部(塩尻市
  • 緑化部
    • 中南信支店(飯田市)
  • レンタル部
    • 飯田店(飯田市)・松本店(松本市)・長野店(長野市)・諏訪店(諏訪市
  • 建材部(飯田市)


綿半テクノス[編集]

綿半テクノス株式会社
Watahan Tecnos Co., Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
郵便番号:399-3103
長野県下伊那郡高森町下市田3198
本店所在地 郵便番号:160-0004
東京都新宿区四谷一丁目4番地
設立 1995年平成7年)4月3日
業種 金属製品
事業内容 建築用鉄骨の加工製作及び鋼構造物工事業
代表者 代表取締役社長 稲垣孝光
資本金 1億円
従業員数 101名
決算期 3月31日
主要株主 綿半ホールディングス株式会社 100%
外部リンク http://www.tecnos-web.co.jp/
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綿半テクノス株式会社(わたはん-、Watahan Tecnos)は、建築鉄骨の加工・組立などを行っている。自走式プレハブ立体駐車場などの商品がある。

松本工場がISO9001、駐車場事業部東京事業所がISO14001を取得している。

沿革[編集]

  • 1961年昭和36年) - 株式会社綿半銅鉄金物店が鉄構事業部を新設し、鉄骨事業に進出
  • 1995年平成7年)4月3日 - 綿半鋼機株式会社から鉄構事業部を分離独立し、綿半インテック株式会社設立
  • 1999年(平成11年) - 綿半鋼機(株)から駐車場事業部を譲受

事業所[編集]


綿半ホームエイド[編集]

ミツバ貿易[編集]

ミツバ貿易株式会社
Mitsuba Trading Co., Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
郵便番号:160-0004
東京都新宿区四谷一丁目4番地
設立 1953年昭和40年)7月7日
業種 卸売業
事業内容 医薬品原料、化粧品原料、工業用ワックス、食品・健康食品原料、宝飾品の輸入・販売
代表者 代表取締役社長 野原龍生
資本金 4,547万2,000円
従業員数 26名
決算期 3月31日
主要株主 綿半ホールディングス株式会社 100%
外部リンク http://www.mitsuba-t.com/
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ミツバ貿易株式会社(-ぼうえき)は、医薬品宝飾品などの輸入・販売を行っている。製薬研究所を持ち、新薬の開発研究も行っている。

沿革[編集]

  • 1945年昭和20年) - 有限会社ミツバ商事設立
  • 1965年(昭和40年)7月7日 - (有)ミツバ商事を解散し、ミツバ貿易株式会社設立
  • 1995年平成7年)4月 - 製薬研究所を開設
  • 2010年(平成22年)4月 - 綿半ホールディングス株式会社の完全子会社となる

事業所[編集]


関連団体[編集]

綿半野原積善会[編集]

社会福祉法人綿半野原積善会(わたはんのはらせきぜんかい)は、長野県飯田市で各種老人福祉施設を運営している。

沿革[編集]

  • 1979年昭和54年)9月17日 - 綿半創業380周年記念事業として設立
  • 1980年(昭和55年)6月5日 - 軽費老人ホームヴィラ緑風苑開設
  • 2000年平成12年)4月1日 - 西部デイサービスセンター桑の実開設
  • 2001年(平成13年)4月1日 - 居宅介護支援センターわたはん開設
  • 2005年(平成17年)4月6日 - 特別養護老人ホームかざこしの里・認知症デイサービスセンターよりそい開設

施設[編集]

  • 軽費老人ホーム「ヴィラ緑風苑」 - 長野県飯田市山本6719
  • 特別養護老人ホーム「かざこしの里」 - 長野県飯田市三日市場2100
    • 認知症デイサービスセンター「よりそい」
  • 西部デイサービスセンター「桑の実」 - 長野県飯田市三日市場2099-2
    • 居宅介護支援センター「わたはん」

龍峡育英会[編集]

龍峡育英会(りゅうきょういくえいかい)は、飯伊地域の高校進学希望者を対象に日本育英会(当時)に準じた支援を行う育英会。綿半グループの出資で1953年昭和28年)に設立された。

平成22年度までの飯田市からの奨学生は延べ639人[1]

脚注[編集]

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  1. ^ 10 特別支援教育 - 飯田市

関連項目[編集]

外部リンク[編集]