網引駅
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| 網引駅 | |
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| あびき - Abiki | |
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◄粟生 (3.5km)
(1.1km) 田原►
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| 所在地 | 兵庫県加西市網引町字堂 |
| 所属事業者 | 北条鉄道 |
| 所属路線 | 北条線 |
| キロ程 | 3.5km(粟生起点) |
| 電報略号 | ヒキ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 1面1線 |
| 開業年月日 | 1915年(大正4年)3月3日 |
網引駅(あびきえき)は、兵庫県加西市網引町字堂の前に所在する北条鉄道北条線の駅。
目次 |
[編集] 駅構造
単式ホーム1面1線を有する地上駅。ホームは線路の北側に置かれている。駅舎はなく、ホームの北側に小さな待合所を設置している。駅の出入口はこの待合所の田原方にある。道路からの段差は無い。
便所を覆うようにしてイチョウの大木があり、加西市の「ふるさとの樹」に指定されていることを示す札が掲げられている。また、駅の北側、田原方に「列車転覆事故殉難の地」碑が建立されている(事故については歴史の節に詳述)。駅の田原方には網引第4踏切があり、駅の南側に抜けることも可能である。
旧駅舎は1984年放火により消失した。
[編集] ダイヤ
日中時間帯は毎時1本の1日17本である。
[編集] 駅周辺
- 加古川の支流である下里川と万願寺川が、駅南方で合流する。
- 加西南産業団地の最寄り駅。
[編集] 歴史
[編集] 地上駅時代
- 1915年(大正4年)3月3日 - 播州鉄道 粟生駅 - 北条駅間の開通と同時に開業。旅客・貨物の取扱を開始。
- 1923年(大正12年)12月21日 - 播丹鉄道の駅となる。
- 1943年(昭和18年)6月1日 - 播丹鉄道の国有化により国有鉄道の駅となる。
- 1945年(昭和20年)3月31日 - 当駅北西の鶉野飛行場で試験飛行をしていた日本海軍の戦闘機「紫電改」が法華口駅との間の線路をかすめて不時着。そのため線路がゆがみ、直後に通過した上り列車が転覆。死者11人、負傷者104人の大惨事となった[1]。
- 1962年(昭和37年)3月1日 - 貨物の取扱を廃止。
- 1985年(昭和60年)4月1日 - 北条鉄道の駅となる。
- 2003年(平成13年)8月8日 - 「列車転覆事故殉難の地」と書いた慰霊看板を駅に設置[2]。
[編集] 隣の駅
起点の隣駅「粟生駅」とは3.5kmあり、北条線で最も駅間が長い。
[編集] 関連項目
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