紀元前12世紀

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千年紀: 紀元前2千年紀
世紀: 紀元前13世紀 - 紀元前12世紀 - 紀元前11世紀
デルタの戦いで「海の民」と戦うエジプト第20王朝のファラオ・ラムセス3世(メディネト・ハブのラムセス3世葬祭殿の浮き彫り)。
ウガリット遺跡。前1200年のカタストロフで廃墟となった宮殿の入り口。

紀元前12世紀(きげんぜん12せいき)は、紀元前1200年から紀元前1101年までの100年間を指す。

できごと[編集]

  • 紀元前1200年頃 - 紀元前1200年のカタストロフ
  • 紀元前1200年頃 - モーセの後継者ヨシュアカナン地方に侵入しイェリコ他を占領。
  • 紀元前1200年頃 - 西北インドへ進出してきたアーリヤ人達が、インド最古の文献である『リグ・ヴェーダ』を編纂し始めた。
  • 紀元前1200年頃 - 北アメリカ、先史プエブロ文化。
  • 紀元前1195年頃 - 地中海東岸の都市ウガリットが「海の民」に破壊された。
  • 紀元前1194年 - 伝承によればトロイア戦争の始まり。
  • 紀元前1190年頃 - ヒッタイト王国の都ハットゥシャが陥落し統治機構は崩壊。
  • 紀元前1186年 - エジプト第19王朝の終わり。第20王朝の開始。
  • 紀元前1184年 - 伝承によればトロイア戦争の終わり。トロイア滅亡。
  • 紀元前1178年頃 - エジプト王ラムセス3世がデルタの戦いで「海の民」連合軍に勝利した。
  • 紀元前1158年頃 - エラム王シュトルク・ナフンテ1世がバビロンを陥落させカッシート朝を滅ぼす。
    • ハンムラビ法典の石碑もこの時スサへ持ち出され、スサの遺跡で考古学者により発見される。
    • エラム人退却の後にバビロンにはマルドゥク・カビト・アヘシュ王によりイシン第2王朝(バビロン第4王朝)が成立。
  • 紀元前1150年頃 - ミュケナイ文明が前1200年頃から急速に衰退し滅ぶ。
  • 紀元前1126年頃 - 伝承ではアテナイ王テュモエテスの死によりテセウス系王家が断絶。アテナイ王にピュロス王家のメラントスが即位。
  • 紀元前1125年頃 - イシン第2王朝のネブカドネザル1世王が即位。
    • この王は在世中にエラムを攻撃し、カッシート朝滅亡以来奪われていたマルドゥク神像をバビロンに持ち帰る。
  • 紀元前1100年以前 - 「ヘラクレスの子孫たち(ヘラクレイダイ)の帰還」。
    • トゥキディデス『歴史』によるとトロイア戦争終結の80年後のこととされ、ドーリア人ペロポネソス半島侵入を指すとされる。
    • ミュケナイ王ティサメノスやアテナイ王コドロスはこの侵入によって引き起こされた混乱で戦死したと伝えられる。
    • 先住民のアカイア人はアッティカからエーゲ海の島々そして小アジアのイオニア地方に残存する。
  • メソアメリカオルメカサン・ロレンソの繁栄続く(サン・ロレンソ - 紀元前900年頃まで)。

人物[編集]

  • ヨシュア - ヘブライ人の士師・モーセの後継者
  • シュッピルリウマ2世 - ヒッタイト王国の最後の王(在位前1215年/10年 - 前1190年頃)
  • ラムセス3世 - エジプト第20王朝のファラオ(在位前1186年 - 前1155年)
  • シュトルク・ナフンテ1世 - エラム王国の王(在位前1185年頃 - 前1155年頃)
  • メラントス - アテナイ王(在位前1126年 - 前1089年)
  • ネブカドネザル1世 - イシン第2王朝(バビロン第4王朝)の王(在位前1125年頃 - 前1104年頃)

脚注[編集]

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注釈[編集]

出典[編集]

参考文献[編集]

関連項目[編集]