箕輪義信

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箕輪 義信
名前
愛称 ミノ、ミノワマン
カタカナ ミノワ ヨシノブ
ラテン文字 MINOWA Yoshinobu
基本情報
国籍 日本
生年月日 1976年6月2日(33歳)
出身地 神奈川県川崎市
身長 187cm
体重 83kg
血液型 O型
選手情報
在籍チーム コンサドーレ札幌
ポジション DF
背番号 5
利き足 右足
クラブチーム1
クラブ App (G)
1999-2000
2000-2008
2008途-現 在
ジュビロ磐田
川崎フロンターレ
コンサドーレ札幌
0(0)
244(17)
12(0)
代表歴2
2005 日本 1 (0)0
1. 国内リーグ戦に限る。2008年12月7日現在。
2. 2007年12月1日現在。
Template(ノート 解説)サッカー選手pj

箕輪 義信(みのわ よしのぶ、1976年6月2日 - )は、神奈川県川崎市出身のプロサッカー選手Jリーグディビジョン2(J2)コンサドーレ札幌所属。ポジションディフェンダー


目次

[編集] 来歴

川崎市高津区生まれ。神奈川県立弥栄西高等学校から仙台大学に進学し、ユニバーシアード代表にも選出された経歴を持つ。

1999年ジュビロ磐田に入団したが出場機会を得られず、2000年シーズン途中に地元の川崎フロンターレに移籍した。2001年シーズンからはレギュラーに定着し、守備陣の要として活躍している。

2005年8月の東アジア選手権での日本代表入りが内定していたが、突発性難聴を患い断念。その後、10月の東欧遠征のメンバーに選出。フィールドプレイヤーでは史上最高齢での初代表(当時)として話題になった。しかし初キャップを記録したウクライナ戦では、試合終了間際に微妙な判定ながら相手にPKを献上するファウルを取られ、ほろ苦い代表デビューとなった。
2007年末からグロインペイン症候群に悩まされ、リハビリを決断し2008年は戦線を長期離脱。この故障からの復帰後、J1残留を目指していたコンサドーレ札幌へ即戦力との期待を受けレンタル移籍したが、9月20日千葉戦でプロ入り後10年目にして初の退場処分を受けた翌日(相手チームの決定的な得点の機会を阻止したことで)、北海道チャンピオンズスーパーリーグにおいて右足腓腹筋断裂・全治3~4ヶ月の負傷を負いシーズン中の復帰が絶望的となり、札幌はJ2降格となった。12月7日に札幌への完全移籍が発表された。

[編集] プレースタイル

屈強なフィジカルに定評があり、特に187cmの長身を生かした空中戦での強さは日本国内屈指。怪我も少なく、試合中にぶつかった相手選手の方が担架で運ばれてしまうこともしばしば。味方セットプレー時には重要な得点源となる。また、長身ながら体の柔らかさを生かしたロングスローも得意で相手ゴール前のスローインの場面では、前線に張らず、自らロングスローでボールを放り投げることもある。札幌では、守備の要として期待されている。

[編集] 所属クラブ

ユース経歴

プロ経歴

[編集] 個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
1999 磐田 22 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2000 磐田 22 J1 0 0 0 0 - 0 0
川崎 5 J1 1 0 0 0 0 0 1 0
2001 川崎 5 J2 36 5 1 0 1 0 38 5
2002 川崎 5 J2 40 4 - 0 0 40 4
2003 川崎 5 J2 41 1 - 4 1 45 2
2004 川崎 5 J2 36 1 - 2 0 38 1
2005 川崎 5 J1 30 2 6 0 3 0 39 2
2006 川崎 5 J1 30 3 10 0 2 0 42 3
2007 川崎 5 J1 30 1 5 0 4 0 39 1
2008 川崎 5 J1 0 0 0 0 - 0 0
札幌 35 J1 12 0 - 0 0 12 0
2009 札幌 5 J2 -
通算 日本 J1 103 6 21 0 9 0 133 6
日本 J2 153 11 1 0 7 1 161 12
総通算 256 17 22 0 16 1 294 18
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2007 川崎 5 7 0
通算 AFC 7 0

[編集] 経歴

[編集] 代表歴

  • ユニバーシアード代表

[編集] 試合数

  • 国際Aマッチ 1試合 0得点(2005)


日本代表 国際Aマッチ
出場 得点
2005 1 0
通算 1 0

[編集] 個人タイトル

他の言語