筑波山気象観測ステーション

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筑波山気象観測ステーション
Meteorological Observation Station at the summit of Mt. Tsukuba,Tsukuba-city,Japan.JPG
筑波山気象観測ステーション
正式名称 筑波山気象観測ステーション
英語名称 Meteorological Observation Station at the summit of Mt. Tsukuba
組織形態 気象観測所
所在地 日本の旗 日本
〒300-4352
茨城県つくば市筑波1番地
北緯36度13分32.5秒
東経140度5分54.3秒
人数 0人(自動観測)
活動領域 大気科学
水文学
設立年月日 1902年1月1日
前身 山階宮筑波山測候所
中央気象台附属筑波山測候所
筑波山地域気象観測所
設立者 山階宮菊麿王
上位組織 筑波大学
所管 文部科学省
関連組織 筑波大学大学院生命環境科学研究科
筑波大学陸域環境研究センター
拠点 筑波山
保有装置 気象観測機器
提供サービス リアルタイムデータ
山頂からのカメラ画像
プロジェクト 筑波山における気象・水文環境の多要素モニタリングによる大気水循環の解明
特記事項 土地と建物所有者は筑波山神社[1]
ウェブサイト 公式サイト
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筑波山気象観測ステーション(つくばさんきしょうかんそくステーション、英語: Meteorological Observation Station at the summit of Mt. Tsukuba[2])は、茨城県つくば市筑波山にある気象観測施設。筑波山神社が所有し、筑波大学が管理する[3]

筑波山は関東平野が広がる周辺地域にあって最も標高が高く、総観気象大気境界層観測にとって適した山である[4]。このため1893年(明治26年)には既に気象観測が実施され、日本における山岳気象観測の先駆けとなり[4]関東地方における大気下層の気象を知る上で役に立っている[5]

概要[編集]

筑波山は男体山と女体山の2つの峰から成るが、筑波山気象観測ステーションは男体山の山頂に置かれている[6]。所在地の標高は868m[5]2001年(平成13年)12月までは気象庁の「筑波山地域気象観測所」であったが、同庁がアメダスの統廃合を実施したことで一旦廃止となり、筑波大学が引き継いだ[7]

ステーションの主目的は気象観測であるが、水文学的な研究[注 1]地球温暖化ヒートアイランド現象の識別[注 2]環境教育への利用[注 3]データ提供による社会貢献も含まれている[7]

川瀬宏明によれば、ステーションでの観測データは、関東平野でのかを判別するナウキャストに利用できる可能性がある[5]。また、観測データは局地予報や環境モデリングなど、幅広い活用が想定されている[7]

建築[編集]

現在のステーションは、1928年(昭和3年)に竣工した鉄筋コンクリート構造2階建一部3階建の建築物である[3]設計は当時文部省建築課の技手であった福満繁記が行った[3]。外壁はスクラッチタイル張りで縦長鎧戸付きのを持ち、外観は直方体を組み合わせた構成を取り、全体的に縦の線を強調したデザインになっている[3]。一方、南玄関欄間と3階の窓には半円形が採用されている[3]

内部は、手摺アール・デコ風の格子を入れ、欄間には放射状の格子と霞ヶ浦の帆引き船が描かれたステンドグラスがはめ込まれている[3]

1階は観測室・暗室・晴雨計(気圧計)室・機械室、2階は応接間図書研究室寝室がある[3]。屋外には、予備電源室が設置されている[10]

現状では天井は落ち、壁ははがれ、内部はにまみれた状態である[11]

観測項目[編集]

2006年(平成18年)1月1日より、以下の17項目を気象業務法第6条(気象庁以外の者の行う気象観測)に則って行っている[12]。各々のデータは、一定間隔でまとめられ、インターネット経由で山麓の大学研究室へ送られている[8]雨量計のように明治時代以来、同じ場所に設置されている機器もあれば、天気計のような筑波大学が新たに設置した機器もある[13]花粉の飛散量と空気中の二酸化炭素濃度は気象庁の測候所時代になかった測定項目である[13]

  • 地表面放射温度
  • 二酸化炭素濃度
  • 日射量
  • 飛散花粉量
  • 風向
  • 風速

歴史[編集]

山階宮測候所から気象庁の測候所へ[編集]

幕末から明治の初期にかけて、日本では近代的な気象観測設備が整えられたが、当時の欧米ではさらに進んで高層(山岳)や海洋での気象観測を行っており、欧米諸国に追い付くためにも早期の高層における気象観測の開始が求められていた[14]。筑波山では気象庁の前身の中央気象台により、1893年(明治26年)に気象観測が初めて実施された[7]。その後、ドイツで気象学を学んだ旧皇族山階宮菊麿王は、帰国後も中央気象台を訪れるなど熱心に気象研究を続け、日本で山岳気象研究が遅れていることを憂い[14]1901年(明治34年)4月より自己資金で測候所庁舎の建設に着手、同年12月に完成、翌1902年(明治35年)1月1日から「山階宮筑波山測候所」[注 4]として通年観測を始めた[7][17]。これは日本初の山岳測候所となった[18]雲量・気圧・気温・降水量・地震・湿度・蒸発量・地下温度・日照時間・風向・風速などを計測できる機器を保有し、午前1回と午後3回(2・6・10時)の測定を行った[15]。この年の気象観測の結果は"Ergebnisse der Meteorologischen Beobachtungen auf dem Tsukubasan im Jahre 1902"(ドイツ語、筑波山上氣象観測明治三十五年成蹟報告)にまとめられた[19]。同書は観測所の概要を記した「叙説」、観測結果を綴った「氣象表」、「附錄」からなり、附錄には東京と筑波の重力加速度の測定結果[注 5]が記載されていた[21]。なお、この年の9月28日には足尾台風が襲来し、設置時には杞憂と思われた風速100m以上の風力台が威力を発揮し、正確なデータを測定することができた[17]長塚節は、知人に宛てた書簡に「此山頂に在りては百米以上の風速力に遭遇せるなり、其観測の苦辛思ふべし」と記し[22]、測候所職員の苦労を推し量っている。

1908年(明治41年)に山階宮が逝去し[18]、翌1909年(明治42年)に山階宮家が国に寄贈したことで「中央気象台附属筑波山測候所」となった[7]。1928年(昭和3年)12月に山頂の観測所を改築し鉄筋コンクリートの現建物が完成、翌1929年(昭和4年)1月に当時の中央気象台長・岡田武松が視察に訪れた[3]。この頃の測候所の業務は気象観測のほか、地震の観測、地域の気象と地質動植物の関係を探る博物の調査であった[3]。測候所の一角[注 6]には、調査による採集品や気象関係の資料を集めた「陳列室」が設けられ、戦前に一般公開されていた[24]。観測は1日6回に増やされた[25]第二次世界大戦中も休むことなく、およそ30人の職員が常駐して大日本帝国陸軍のために気象情報の収集を行った[11]

戦後中継局の設置が相次ぎ、1957年(昭和32年)に水利水害対策用の無線1967年(昭和42年)に東京国際空港(羽田)との気象レーダーマイクロ回線1974年(昭和49年)に東京都清瀬市気象衛星センターとの間に気象衛星資料中継局が置かれた[25][26]1966年(昭和41年)に鉄塔2基が完成する[27]1969年(昭和44年)になると広域の自動観測ができるようになったことから、夜間に無人化され[4][28]1976年(昭和51年)4月にアメダスに切り替えられ完全無人化された[25]。さらにリモートセンシングを用いた観測技術向上により[4]、2001年(平成13年)12月、気象庁は「筑波山地域気象観測所」を閉鎖した[7]2002年(平成14年)から筑波大学が引き継ぐまでの4年間は観測が行われず、建物だけが現地に残される形となっていた[8]

筑波大学による継承[編集]

筑波大学では、筑波山山頂で取られてきた100年を超す気象観測データを貴重と捉え、少し地点が変わっただけで気象が異なることや、地表より気象の差異が小さい高層でも約25km離れた高層気象台(つくば市長峰、通称:館野)のデータだけでは代替できないこと、関東平野唯一の定点山岳観測拠点であったことを重く見て、大学が観測を継承することを検討した[29][注 7]。そして2005年(平成17年)12月、筑波大学生命環境科学研究科地球環境科学専攻大気科学/水文科学研究グループは学内のプロジェクトとして「筑波山における気象・水文環境の多要素モニタリングによる大気水循環の解明」[注 8]を立ち上げ、翌2006年(平成18年)1月より「筑波山地域気象観測所」の施設を継承し、自動観測を開始した[5][7]。1月下旬に行った記者会見では、新聞社8社、テレビ局2社、ラジオ局1社を初め多くのマスメディアが集まり、天気予報に関わる人々からの問い合わせも相次ぎ、高い注目を浴びた[8]。また同年2月には現地説明会を開き[31]、3月からはインターネット上でリアルタイムの観測データ提供とカメラによる画像公開を開始した[7]。データ提供にあたっては、気象予報士から意見を募り、公開方法の工夫が行われた[9]。筑波山プロジェクトの公式ウェブサイトは2006年8月に開設された[16]

2008年(平成20年)の日本気象学会では、気象観測ステーションに設置されたプロペラ型風向風速計超音波型風向風速計での観測値を利用した発表がなされた[6]。同発表では、プロペラ型の測器では超音波型の測器には見られない平均風向のばらつきが現れたこと、現在の測器の高度では山体の影響を受けない自由大気の測定が難しい風向があることが報告された[6]

交通[編集]

筑波山#アクセス筑波山#登山も参照。

首都圏新都市鉄道つくばエクスプレスつくば駅より、関東鉄道路線バス「直行 筑波山」(筑波山シャトルバス)乗車、「筑波山神社入口」で下車、筑波山鋼索鉄道線(筑波山ケーブルカー)に乗り換え、約8分[11]。ケーブルカー終点(筑波山頂駅)から約15分登り、到着する[11]。ステーションは、筑波山神社奥の院の隣にある[11]。現時点では、公開講座等の特別な場合を除き、施設の一般公開はされていないが、気象観測の歴史などの展示室を作れないか、という構想は存在する[11]

脚注[編集]

注釈
  1. ^ 筑波山から霞ヶ浦に至る流域の水循環プロセスの解明など[8]
  2. ^ 街中にある観測所は都市化の影響を受けておりヒートアイランド現象による気温上昇分が含まれるため、都市化していない筑波山山頂のデータから正味の地球温暖化の実態を明らかにできる[8]
  3. ^ 開設初年は、大学生・大学院生向けの実習実験でステーションの見学を実施した[9]
  4. ^ 観測拠点は山頂・山腹・山麓の3か所設け、観測結果は毎日郵便で山階宮菊麿王に報告された[15]。当時の観測所入り口のプレートは高層気象台にて保管されている[16]
  5. ^ 東京は9.799814m/s2、筑波は9.79793m/s2であった[20]
  6. ^ 西村公宏の調査によれば、2階の「図書並研究室」が陳列室に充てられていたという[23]
  7. ^ 筑波大学の名誉教授である吉野正敏を初めとする研究者らが筑波山で気候の研究を続けてきたことも影響している[30]
  8. ^ 気象庁が筑波山で行ってきた観測を筑波大学が引き継ぐことで、気象・水文現象をモニタリングすることが目的のプロジェクト[7]。略称は「筑波山プロジェクト」で、代表者は林陽生教授[29]
出典
  1. ^ 林(2007b):7ページ
  2. ^ Hayashi and Research Group for Intramural Project (S), University of Tsukuba(2006):19ページ
  3. ^ a b c d e f g h i 西村(2010):559ページ
  4. ^ a b c d 林(2007b):5ページ
  5. ^ a b c d 川瀬(2007):411ページ
  6. ^ a b c 依田ほか(2008):369ページ
  7. ^ a b c d e f g h i j 上野ほか(2006):276ページ
  8. ^ a b c d e 林(2007a):134ページ
  9. ^ a b 林(2007a):135ページ
  10. ^ 中津留ほか(2011):1055ページ
  11. ^ a b c d e f 茗渓会(2007):3ページ
  12. ^ 林(2007a):133 - 134, 136ページ
  13. ^ a b 茗渓会(2007):4ページ
  14. ^ a b 田村(1992):31ページ
  15. ^ a b 東京地学協会(1906):632ページ
  16. ^ a b 林(2007b):6ページ
  17. ^ a b 筑波町史編纂専門委員会 編(1990):253ページ
  18. ^ a b 茨城新聞社 編(1981):719ページ
  19. ^ 東京地学協会(1906):631ページ
  20. ^ 東京地学協会(1906):633ページ
  21. ^ 東京地学協会(1906):632 - 633ページ
  22. ^ 筑波町史編纂専門委員会 編(1990):255ページ
  23. ^ 西村(2010):560ページ
  24. ^ 西村(2010):559 - 560ページ
  25. ^ a b c 茨城新聞社 編(1981):719ページ
  26. ^ 田村(1992):33ページ
  27. ^ 八田・柳町(1992):63ページ
  28. ^ Hayashi and Research Group for Intramural Project (S), University of Tsukuba(2006):20ページ
  29. ^ a b 林(2007a):133ページ
  30. ^ 林(2007a):136ページ
  31. ^ 林(2007a):134 - 135ページ

参考文献[編集]

  • 茨城新聞社 編『茨城県大百科事典』茨城新聞社、1981年10月8日、1099pp.
  • 上野健一・林陽生・辻村真貴・寄崎哲弘(2006)"筑波山頂における自動気象観測の復活"大会講演予講集(日本気象学会).89:276.
  • 川瀬宏明(2007)"筑波山気象観測ステーションで観測された冬の南岸低気圧の暖気移流"大会講演予講集(日本気象学会).91:411.
  • 田村竹男(1992)"筑波山神社境内の樹木"学園都市の自然と親しむ会 編『筑波山 つくばの自然誌 I』(STEP、1992年5月20日、150pp. ISBN 4-915834-12-3):31-33.
  • 筑波町史編纂専門委員会 編『筑波町史 下巻』つくば市長 倉田弘 発行、平成2年3月25日、697pp.
  • 東京地学協会(1906)"山階宮殿下御編纂筑波山上氣象観測明治三十五年成蹟報告"地學雜誌(東京地学協会).18(9):631-633.
  • 中津留高広・林陽生・上野健一・植田宏昭・辻村真貴・浅沼順・日下博幸"筑波山(男体山)の過去100年間における気温の長期変化"天気(日本気象学会).58(12):1055-1061
  • 西村公宏(2010)"中央気象台附属筑波山測候所山頂観測所の建築について"日本建築学会大会学術講演梗概集(北陸)2010年9月:559-560.
  • 林陽生(2007a)"新たに開設した筑波山気象観測ステーション"筑波フォーラム(筑波大学)."75":133-136.
  • 林陽生(2007b)"気象観測ステーションの概要と研究の視点"茗渓(茗渓会).1055:5-7.
  • 茗渓会(2007)"特集I 筑波山気象観測プロジェクト"茗渓(茗渓会).1055:3-5.
  • 八田洋章・柳町裕一(1992)"筑波山神社境内の樹木"学園都市の自然と親しむ会 編『筑波山 つくばの自然誌 I』(STEP、1992年5月20日、150pp. ISBN 4-915834-12-3):53-77.
  • 依田知浩・花房龍男・林陽生・大和佳裕(2008)"筑波山山頂における風の観測について"大会講演予講集(日本気象学会).93:369.
  • Yousay HAYASHI and Research Group for Intramural Project (S), University of Tsukuba(2006)"Meteorological Observation Station at the summit of Mt. Tsukuba"Tsukuba Geoenvironmental Sciences(Doctoral Program in Geoenvironmental Sciences, University of Tsukuba; Tsukuba, Japan).2:19-24.

関連項目[編集]

外部リンク[編集]