笹津駅

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笹津駅
駅舎(2007年10月21日)
駅舎(2007年10月21日)
ささづ - Sasazu
楡原 (4.3km)
(4.5km) 東八尾
所在地 富山県富山市笹津860
所属事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)
所属路線 高山本線
キロ程 200.5km(岐阜起点)
猪谷から11.3km
電報略号 ササ
駅構造 地上駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度-
138人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1929年昭和4年)10月1日
備考 無人駅(自動券売機 有)
ホーム(2006年8月12日)
駅前広場にあるハロウィーン祭のために製作されたカボチャでできた作品

笹津駅(ささづえき)は、富山県富山市笹津にある西日本旅客鉄道(JR西日本)高山本線である。

本項では、かつて存在していた富山地方鉄道笹津線地鉄笹津駅(ちてつささづえき)についても解説する。

歴史[編集]

国鉄の駅となる前に、私鉄である富山鉄道が先に到達していた(後に廃線)。国鉄到達後も富山鉄道の後継と言える富山地方鉄道笹津線と連絡していたが、現在はJRの途中駅である。 急行「のりくら」の一部停車駅であったが、現在特急「ひだ」は全て通過する。

沿革[編集]

  • 1914年大正3年)12月6日 - 富山軽便鉄道富山駅 - 当駅間開通に伴い開業[1]
  • 1915年(大正4年)
    • 3月 - 駅前に鉱山輸送用の馬車鉄道(のち軽便鉄道、神岡軌道)が乗り入れ[2]
    • 10月24日 - 富山軽便鉄道が富山鉄道に改称。それに伴い同鉄道の駅になる[1]
  • 1929年昭和4年)10月1日 - 鉄道省国鉄)飛越線当駅 - 越中八尾駅間延伸開通に伴い国鉄笹津駅開業[3]。旅客及び貨物の取扱を開始。
  • 1930年(昭和5年)11月27日 - 飛越線当駅 - 猪谷駅間延伸開通に伴い中間駅となる[3]
  • 1931年(昭和6年)9月16日 - 神岡軌道当駅 - 東猪谷駅間廃線に伴い同線の笹津駅が廃止となる[4]
  • 1933年(昭和8年)4月20日 - 富山鉄道南富山駅 - 当駅間廃線に伴い同線の笹津駅が廃止となる[1]。国有鉄道の単独駅となる。
  • 1934年(昭和9年)10月25日 - 線路名を飛越線から高山本線に改称、それに伴い同線の駅となる[3]
  • 1952年(昭和27年)8月15日 - 富山地方鉄道笹津線大久保町駅 - 当駅間延伸開通(笹津線全通。事実上の路線復活)に伴い地鉄笹津駅開業[1]
  • 1975年(昭和50年)4月1日 - 富山地方鉄道笹津線の廃線に伴い地鉄笹津駅が廃止となる[1]。再度国鉄単独駅となる。
  • 1984年(昭和59年)2月1日 - 貨物の取扱を廃止。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR西日本の駅となる。
  • 2005年平成17年) - 駅舎改築。

駅構造[編集]

島式ホーム1面2線を有する地上駅で、列車交換可能な交換駅となっている。富山地域鉄道部管理の無人駅であるが、駅舎内に自動券売機が設置されている。駅舎は上り線側にあり、ホームへは跨線橋で連絡する。ホーム上に待合所がある。

駅前にはロータリーを備えた駅前広場がある。毎年10月中旬から下旬に行われるハロウィーン祭の開催中の期間は駅舎の隣にある芝生にカボチャでできた作品が展示される。

改築前の駅舎とホームはかなり離れていた。これは駅舎北側に地鉄笹津駅があったことと、貨物営業をしていたころの名残である。改築する際に、跨線橋の長さはそのままに、駅舎(待合室)が線路寄りに設置されて駅前ロータリー用地を確保している。そのため、ホームへ行く際は駅舎に入ったあと、迂回するように跨線橋を渡る。

笹津駅プラットホーム
ホーム 路線 方向 行先
1 高山本線 上り 猪谷高山方面
2 高山本線 下り 富山方面

※ホーム上にのりば番号標はないが、駅掲示時刻表では上記番号で案内されている。

2005年(平成17年)に解体された先代の駅舎及び駅舎に接していたホームは、建物財産標に「大正三年十月」と記載されていた、富山鉄道が建築した建物とホームであった[2]

地鉄笹津駅[編集]

地鉄笹津駅
ちてつささづ - Chitetsu-Sasazu
敷紡前 (1.2km)
所在地 (現・富山市笹津)
所属事業者 富山地方鉄道
所属路線 笹津線
キロ程 12.4km(南富山起点)
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1934年(昭和9年)10月25日
廃止年月日 1975年(昭和50年)4月1日
備考 笹津線廃線に伴い廃駅

富山地方鉄道笹津線の当駅は、国鉄(当時)駅とは同じ構内にあるが、構内北側にホーム、駅舎共に独立した設備を備えており、駅名も社名略称を冠し地鉄笹津駅と名乗っていた[5]

駅構造[編集]

廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅で、同線の終端駅であった。ホームは線路の東側(地鉄笹津方面に向かって左手側)に存在した[5]。国鉄高山本線のホームとは跨線橋で連絡していた[5]。そのほか貨物列車用の国鉄との授受線を1線、本線南富山方から東側に分岐しホーム手前で再び本線と合流する側線を1線有していた[5]。この側線には敷島紡績笹津工場からの貨物列車専業であったデキ6500形電気機関車デキ6502号機が、運行時間以外はここに留置されていた[5]

職員配置駅となっていた。駅舎は国鉄の建物とは別に存在し、ホームに接していた[5]。開業時からの駅舎であった。

駅跡[編集]

地鉄笹津駅跡は、1998年(平成10年)時点では、笹津駅北側の自転車置場及び空地となっていた[6]。2007年(平成19年)9月時点では空地だった場所に大沢野町(2005年(平成17年)まで)消防第二分団の詰所が建築されており[7]、2008年(平成20年)時点[2]、2009年(平成21年)11月時点でも同様であった[8]

利用状況[編集]

「富山県統計年鑑」「富山市統計書」によると、一日の平均乗車人員は以下の通りである。

  • 189人(2004年度)
  • 182人(2005年度)
  • 180人(2006年度)
  • 182人(2007年度)
  • 159人(2008年度)
  • 130人(2009年度)
  • 139人(2010年度)
  • 131人(2011年度)
  • 138人(2012年度)

駅周辺[編集]

隣の駅[編集]

西日本旅客鉄道
高山本線
楡原駅 - 笹津駅 - 東八尾駅

かつて存在した路線[編集]

富山地方鉄道
笹津線
敷紡前駅 - 地鉄笹津駅

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e 書籍『日本鉄道旅行地図帳 全線全駅全廃線 6 北信越』(監修:今尾恵介新潮社2008年10月発行)38ページより。
  2. ^ a b c 書籍『富山廃線紀行』(著:草卓人、桂書房2008年7月発行)85ページより。
  3. ^ a b c 書籍『日本鉄道旅行地図帳 全線全駅全廃線 6 北信越』(監修:今尾恵介、新潮社、2008年10月発行)34ページより。
  4. ^ 書籍『日本鉄道旅行地図帳 全線全駅全廃線 6 北信越』(監修:今尾恵介、新潮社、2008年10月発行)35ページより。
  5. ^ a b c d e f 書籍『RM LIBRARY 107 富山地鉄笹津・射水線』(著:服部重敬、ネコ・パブリッシング2008年7月発行)28,31ページより。
  6. ^ 書籍『鉄道廃線跡を歩くV』(JTBパブリッシング1998年6月発行)81ページより。
  7. ^ 書籍『私鉄の廃線跡を歩くIII 北陸・上越・近畿編』(著:寺田裕一、JTBパブリッシング、2008年1月発行)80-83ページより。
  8. ^ 書籍『新 消えた轍 7 北陸』(著:寺田裕一、ネコ・パブリッシング2010年12月発行)43-45,47ページより。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]