第21飛行隊 (航空自衛隊)

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第21飛行隊
第21飛行隊のF-2B
創設 1976年10月1日
所属政体 日本の旗 日本
所属組織 航空自衛隊
所在地 宮城県松島基地
編成地 宮城県松島基地
通称号/略称 21SQ
上級単位 第4航空団
最終上級単位 航空教育集団
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第21飛行隊(だいにじゅういちひこうたい、JASDF 21st Fighter Training Squadron)は、航空自衛隊航空教育集団第4航空団隷下の飛行訓練部隊。松島基地に所属し、F-2Bによる戦闘機操縦(F-2)課程の教育を行っている。

概要[編集]

第21飛行隊の前身は1975年(昭和50年)3月31日T-2高等練習機2機を装備した「臨時T-2訓練隊」であった。1976年(昭和51年)3月25日に「臨時T-2訓練隊」は「臨時第21飛行隊」に改編を経て同年10月1日正式に「第21飛行隊」として発足した。

1982年(昭和57年)1月12日から1995年(平成7年)12月22日まで同飛行隊内には、T-2ブルーインパルスを運用する「戦技研究班」が設けられていた。

現在は複座型のF-2B戦闘機を使用しての「戦闘機操縦課程」の教育を行っている。

沿革[編集]

歴代運用機[編集]

地震被害[編集]

2011年(平成23年)3月11日に発生した、東北地方太平洋沖地震に伴い発生した津波により第21飛行隊のF-2B 18機、第21飛行隊と第11飛行隊のT-4 4機が水没した[6][7]。防衛省は水没した18機のF-2Bの修理を目指して4月17日より修復作業に入り[8]、最終的に修理可能な13機を復帰させることが決定した[9]

第21飛行隊は青森県の三沢基地へ移動し三沢移動訓練隊を編成し、他部隊のF-2Bを借り受け飛行教育を再開していたが、2016年(平成28年)3月20日に修理が完了した被災機6機を含む計10機のF-2Bの体制で第21飛行隊を松島基地に帰還させた[10]。2017年度までに残り7機も復帰させるよう修理を行い[11]、2018年(平成30年)2月28日に修復最終号機(33-8127号機)が松島基地に到着し、修復作業を行った全13機の納入が完了した[5]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j 田中克宗「第21飛行隊創隊40周年」『JWing』第226号、イカロス出版、2017年6月、6-9頁。 
  2. ^ a b c d e f 小峯隆生「F-2B修復・関連年表」『蘇る翼F-2B 津波被災からの復活』並木書房、20-22頁。 
  3. ^ 「創設30周年を迎えた第21飛行隊とF-2B」『Jwing』第102号、イカロス出版、2007年2月、6-13頁。 
  4. ^ 「困難を乗り越え、本日をもって松島基地は復興する」 帰ってきたF2戦闘機 第21飛行隊、訓練再開へ 宮城県”. 産経新聞 (2016年3月20日). 2016年3月20日閲覧。
  5. ^ a b 「行くぞ!NEWSマン 自衛隊・国内NEWS」『Jwing』第237号、イカロス出版、2018年5月、87頁。 
  6. ^ “F2戦闘機18機など水没 松島基地、1機120億円”. 朝日新聞. (2011年3月12日). http://www.asahi.com/special/10005/TKY201103110818.html 
  7. ^ 地震:自衛隊の被災地派遣2万人に拡大”. 毎日新聞 (2011年3月12日). 2016年7月4日閲覧。
  8. ^ “F2、防空の要所復活へ、奮い立つ松島基地”. 産経新聞. (2011年4月17日). http://sankei.jp.msn.com/region/news/110417/myg11041722010007-n1.htm 
  9. ^ 大臣臨時会見概要”. 防衛省 (2013年1月22日). 2016年7月4日閲覧。
  10. ^ 「困難を乗り越え、本日をもって松島基地は復興する」 帰ってきたF2戦闘機 第21飛行隊、訓練再開へ 宮城県”. 産経新聞 (2016年3月23日). 2016年7月4日閲覧。
  11. ^ 被災F2戦闘機、修復完了…第1号機が納入式”. 読売新聞 (2015年4月22日). 2016年7月4日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]