第11師団 (日本軍)

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第11師団 (日本軍)
創設 1898年(明治31年)10月1日
国籍 大日本帝国
所属 大日本帝国陸軍
規模 師団
兵種 歩兵
人員
所在地 善通寺-満州-シベリア-中支-グアム島-四国
編成地 善通寺
通称号
補充担任 善通寺師管区
最終上級部隊 第55軍
最終位置 四国
主な戦歴 日露-日中-太平洋戦争

第11師団(だいじゅういちしだん)は、大日本帝国陸軍師団の一つ。

目次

[編集] 概要

日清戦争後に、新たに新設された6個師団の一つ。徴兵区は四国四県で、補充は善通寺師管区が担当した。

[編集] 日露戦争

日露戦争乃木希典大将率いる第3軍に編入され旅順攻略戦に当たる。続いて川村景明大将の鴨緑江軍に組入れられ奉天会戦に参加する。1909年(明治42年)から2年間満州に駐屯する。

日露戦争後、1920年(大正9年)8月シベリア出兵第14師団と交代して浦塩に駐屯した。1921年(大正10年)6月、復員した。

[編集] 大陸戦線

1932年(昭和7年)1月、第一次上海事変に動員される。日中戦争では再び上海に投入された。1938年(昭和13年)9月、満州に派遣され、以後満州に駐屯した。1939年(昭和14年)10月、隷下の歩兵第22連隊(松山)が新設の第24師団に編入され、三単位制師団となった。

[編集] 太平洋戦線

太平洋戦争開戦後には、第5軍の指揮下密山に駐屯していた。満州国内にて対ソ戦の訓練や抗日パルチザン掃討等の治安維持活動に従事した。

1944年(昭和19年)2月、一部兵力が第1師団の一部と共に第6派遣隊として抽出された。この第6派遣隊は後に独立混成第10連隊に改編され、グアム島で玉砕した。1945年(昭和20年)4月、師団主力は本土防衛の為四国に移駐し、同地で終戦を迎える。

[編集] 歴代師団長

[編集] 最終所属部隊

  • 歩兵第12連隊(丸亀):原田喜代蔵大佐
  • 歩兵第43連隊(徳島):多田金治大佐
  • 歩兵第44連隊(高知):坂本俊馬大佐
  • 騎兵第11連隊:長谷川詮治中佐
  • 山砲兵第11連隊:小幡実大佐
  • 工兵第11連隊:岩本清大佐
  • 輜重兵第11連隊:中島秀次大佐
  • 第11師団通信隊:三宅悌吉大尉
  • 第11師団制毒隊:稲垣庄平大尉
  • 第11師団野戦病院:高橋三郎軍医少佐
  • 第11師団防疫給水部:伊藤正彦軍医少佐
  • 第11師団病馬廠:佃正光大尉

[編集] 関連項目

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