第1次近衛内閣

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第1次近衛内閣
Fumimaro Konoe First Cabinet.jpg
最前列左から、塩野法相、馬場内相、 広田外相、 近衛首相。二列目左端に 有馬農相、右端に 永井逓相。三列目左寄に 米内海相、右寄に 杉山陸相。四列目左から、 吉野商工相、 安井文相、 中島鉄相、 賀屋蔵相、 大谷拓相。
内閣総理大臣 第34代 近衛文麿
成立年月日 1937年(昭和12年)6月4日
終了年月日 1939年(昭和14年)1月5日
与党・支持基盤 挙国一致内閣
施行した選挙 なし
衆議院解散 なし
内閣閣僚名簿(首相官邸)
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第1次近衛内閣(だいいちじこのえないかく)は、貴族院議長近衛文麿が第34代内閣総理大臣に任命され、1937年(昭和12年)6月4日から1939年(昭和14年)1月5日まで続いた日本の内閣である。

概要[編集]

第1次近衛内閣は、元老西園寺公望の奏薦を受けて貴族院議長近衛文麿に大命が降下し、組閣した内閣である。内閣発足の1ヶ月後に勃発した盧溝橋事件については、当初、拡大方針を見送っており、現地軍も停戦交渉を行っていたが、その後の閣議で北支居留民保護のために派兵を決定し、国内世論統一のために新聞・通信関係者代表らに協力を依頼した。援兵の派兵によって中国側は交渉態度を硬化させ、さらに第二次上海事変で交渉は決裂、これらによって日中戦争支那事変)が拡大していった。さらに、同年11月から行われたドイツによる対中和平工作、トラウトマン工作も最終的に打ち切られることなり、翌1938年(昭和13年)1月には「爾後国民政府を対手とせず」という、いわゆる「近衛声明」(第一次近衛声明)を発表し、対中講和の道が閉ざされた。その後、同年4月には国家総動員法を制定して戦時体制を整え、同年11月に「東亜新秩序建設」を戦争目的と規定する声明(東亜新秩序声明、第二次近衛声明)を発表し、同年12月には親日派の汪兆銘重慶脱出を受けて「近衛三原則」(善隣友好、共同防共、経済提携)を日中和平の基本方針として呼びかける声明(第三次近衛声明)を発表した。1939年(昭和14年)1月に、内閣総辞職。

閣僚[編集]

以下表中、「貴」は貴族院、「衆」は衆議院、「官」は官僚、「財」は財界、「軍」は軍部、「研」は政策研究団体、「予」は予備役、「留」は前内閣からの留任をそれぞれ示す。なお混乱を避けるため字体は新字体で統一した。

第一次近衛内閣
発足:1937年(昭和12年)6月04日
改造:1938年(昭和13年)5月26日
辞職:1939年(昭和14年)1月05日
国務大臣 閣僚 爵位 階級 出身母体 就任日 退任の背景
内閣総理大臣 近衛 文麿 公爵 貴-無会派 1937年(昭12)6月4日
外務大臣 広田 弘毅 官-外務省、貴-無会派 1937年(昭12)6月4日 内閣改造で退任
宇垣 一成 予-陸軍大将 軍-陸軍 宇垣閥 1938年(昭13)5月26日 事実上の更迭
 近衛 文麿(内閣総理大臣による兼任) 1938年(昭13)9月30日
有田 八郎 官-外務省、研-昭和研究会 1938年(昭13)10月29日
内務大臣 馬場 鍈一 官-大蔵省、貴-研究会 1937年(昭12)6月4日 病気により辞任[1]
末次 信正 予-海軍大将 軍-海軍 艦隊派 1937年(昭12)12月4日
大蔵大臣 賀屋 興宣 官-大蔵省、研-昭和研究会 1937年(昭12)6月4日 内閣改造で退任
池田 成彬 財-三井財閥 1938年(昭13)5月26日
陸軍大臣 杉山 元(留) 陸軍大将 軍-陸軍 宇垣閥 1937年(昭12)6月4日 病気を理由に辞任
板垣 征四郎 陸軍中将 軍-陸軍 満州組 1938年(昭13)6月3日
海軍大臣 米内 光政(留) 海軍大将 軍-海軍 条約派 1937年(昭12)6月4日
司法大臣 塩野 季彦(留) 官-司法省 1937年(昭12)6月4日
文部大臣 安井 英二 官-内務省 1937年(昭12)6月4日 事実上の更迭
木戸 幸一 侯爵 貴-火曜会 1937年(昭12)10月22日 文部大臣に横滑り
荒木 貞夫 男爵 予-陸軍大将 軍-陸軍 皇道派 1938年(昭13)5月26日
農林大臣 有馬 頼寧 伯爵 貴-研究会、研-昭和研究会 1937年(昭12)6月4日
商工大臣 吉野 信次 官-商工省、研-昭和研究会 1937年(昭12)6月4日 内閣改造で退任
 池田 成彬(大蔵大臣による兼任) 1938年(昭13)5月26日
逓信大臣 永井 柳太郎 衆-民政党 1937年(昭12)6月4日
鉄道大臣 中島 知久平 衆-政友会 1937年(昭12)6月4日
拓務大臣 大谷 尊由 西本願寺、貴-研究会 1937年(昭12)6月4日 内閣改造で退任
 宇垣 一成(外務大臣による兼任) 1938年(昭13)6月25日
 近衛 文麿(内閣総理大臣による兼任) 1938年(昭13)9月30日
八田 嘉明 官-鉄道省、貴-研究会 1938年(昭13)10月29日
厚生大臣[2]  木戸 幸一(文部大臣による兼任) 1938年(昭13)1月11日
木戸 幸一 侯爵 貴-火曜会 1938年(昭13)5月26日
内閣書記官長 風見 章 衆-無所属、研-昭和研究会 1937年(昭12)6月4日
法制局長官 滝 正雄 衆-無所属、研-昭和研究会 1937年(昭12)6月4日 企画院総裁に転出
船田 中 衆-政友会、研-昭和研究会 1937年(昭12)10月25日
  1. ^ 馬場はこの1週間後に心筋梗塞で死去している。
  2. ^ 1938年(昭和13年)1月11日厚生省設置。

政務次官[編集]

  • 外務政務次官
    • 松本忠雄(民政党) 1937年(昭12)6月24日 - 1939年(昭14)1月19日
  • 内務政務次官
    • 勝田永吉(民政党) 1937年(昭12)6月24日 - 1939年(昭14)1月19日
  • 大蔵政務次官
    • 太田正孝(政友会) 1937年(昭12)6月24日 - 1939年(昭14)1月19日
  • 陸軍政務次官
    • 加藤久米四郎(政友会) 1937年(昭12)6月24日 - 1939年(昭14)1月19日
  • 海軍政務次官
    • 一宮房治郎(民政党) 1937年(昭12)6月24日 - 1939年(昭14)1月19日
  • 司法政務次官
    • 久山知之(政友会) 1937年(昭12)6月24日 - 1939年(昭14)1月7日
  • 文部政務次官
    • 内ヶ崎作三郎(民政党) 1937年(昭12)6月24日 - 1939年(昭14)1月19日
  • 農林政務次官
    • 高橋守平(民政党) 1937年(昭12)6月24日 - 1939年(昭14)1月19日
  • 商工政務次官
    • 木暮武太夫(政友会) 1937年(昭12)6月24日 - 1939年(昭14)1月9日
  • 逓信政務次官
    • 田島勝太郎(民政党) 1937年(昭12)6月24日 - 1939年(昭14)1月19日
  • 鉄道政務次官
    • 田尻生五(政友会) 1937年(昭12)6月24日 - 1939年(昭14)1月19日
  • 拓務政務次官
    • 八角三郎(政友会) 1937年(昭12)6月24日 - 1939年(昭14)1月19日
  • 厚生政務次官
    • 工藤鉄男(民政党) 1938年(昭13)1月18日 - 1939年(昭14)1月19日

1939年1月5日以降は平沼内閣

参与官[編集]

  • 外務参与官
    • 船田中(政友会) 1937年(昭12)6月24日 - 1937年(昭12)10月25日
    • 春名成章(旧昭和会) 1937年(昭12)12月15日 - 1939年(昭14)1月19日
  • 内務参与官
    • 木村正義(政友会) 1937年(昭12)6月24日 - 1939年(昭14)1月19日
  • 大蔵参与官
    • 中村三之丞(民政党) 1937年(昭12)6月24日 - 1939年(昭14)1月19日
  • 陸軍参与官
    • 比佐昌平(民政党) 1937年(昭12)6月24日 - 1939年(昭14)1月19日
  • 海軍参与官
    • 岸田正記(旧昭和会) 1937年(昭12)6月24日 - 1939年(昭14)1月19日
  • 司法参与官
    • 藤田若水(民政党) 1937年(昭12)6月24日 - 1939年(昭14)1月19日
  • 文部参与官
    • 池崎忠孝(無所属) 1937年(昭12)6月24日 - 1939年(昭14)1月19日
  • 農林参与官
    • 助川啓四郎(政友会) 1937年(昭12)6月24日 - 1939年(昭14)1月19日
  • 商工参与官
    • 佐藤謙之輔(民政党) 1937年(昭12)6月24日 - 1939年(昭14)1月19日
  • 逓信参与官
    • 犬養健(政友会) 1937年(昭12)6月24日 - 1939年(昭14)1月19日
  • 鉄道参与官
    • 金井正夫(旧昭和会) 1937年(昭12)6月24日 - 1939年(昭14)1月19日
  • 拓務参与官
  • 厚生参与官
    • 山本芳治(政友会) 1938年(昭13)1月18日 - 1939年(昭14)1月19日

1939年1月5日以降は平沼内閣。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 秦郁彦 編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。
  • 秦郁彦 編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。

外部リンク[編集]