第一三号型掃海艇

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第一三号型掃海艇
第13号掃海艇
艦級概観
艦種 掃海艇
艦名
前級 第五号型掃海艇
次級 第十七号型掃海艇
要目(竣工時→性能改善工事後)
排水量 基準:525トン → 691トン
公試:590トン → 800トン
全長 74.00m
全幅 8.20m
吃水 2.07m → 3.13m
機関 ロ号艦本式缶(混焼)2基
3気筒3段膨張レシプロ2基
2軸、3,200馬力
速力 20.0ノット → 19ノット
航続距離 12ノットで2,600海里
燃料 重油:25トン
石炭:53トン
乗員 98名
兵装 45口径三年式12cm砲 2門
40口径三年式8cm高角砲 単装1門
九一式爆雷投射機2基
爆雷36個(もしくは16個[1]
掃海具、または五号機雷40個、または八九式機雷26個
同型艇 4隻

第十三号型掃海艇[2](だいじゅうさんごうがたそうかいてい)は日本海軍掃海艇。同型艇4隻。

なお第13号、第14号を第十三号型、第15号、第16号を第十五号型と分ける文献もある[3]が、ここでは一括して扱う。

概要[編集]

当初は1931年(昭和6年)度のマル1計画で6隻が計画された。前型の第五号型掃海艇の改型と呼べる艇であるが、そのころ設計された他の艦艇と同じく幅広で浅吃水の船体に過大な兵装を装備し復元性能に問題があった。第13号の乗員が上甲板に集合したところ艦が不安定になるほどだったという[4]。当初の計画通りに完成したのは13号、14号の2隻。1934年(昭和9年)に発生した友鶴事件により7月まで呉海軍工廠で復元性能改善工事を実施し、艦橋を1段低める、煙突やマストも低くする、艦底にバラストキールを装着するなどの改装を施した。このため速力は19ノットに落ちたと言われる[5]。建造中の第15、16号は同様の改正を施し竣工した。また起工前の2隻は設計を改め、第十七号型掃海艇として竣工した。

太平洋戦争には4隻とも参加、13号、14号は緒戦の攻略戦の際に陸上砲台からの砲撃で喪失、16号は1943年に航空機の攻撃を受け戦没した。第15号は大戦後半に機銃増備を実施、昭和19年9月の時点で前部12cm砲を撤去し25mm機銃連装1基を装備、その他単装5挺、13号電探1基を装備した。また対潜兵装も強化され九四式爆雷投射機1基、八一式爆雷投射機2基、九三式水中聴音機1基、水中聴音機に水流覆を装備となっている[6]

その後第15号は1945年に潜水艦の攻撃により戦没し全艇失われた。

同型艇[編集]

第13号[編集]

1933年8月31日竣工(藤永田)。1942年1月12日陸上砲台からの攻撃で沈没(タラカン)。
艤装員長
磯久研磨 大尉:1933年5月20日 - 8月31日[7]
艇長
磯久研磨 大尉:1933年8月31日 - 1934年1月15日[7]
田口正一 少佐:不詳 - 1935年10月15日[8]
作間英邇 大尉:1935年10月15日[8] -

第14号[編集]

1933年9月30日竣工(大阪桜島)。1942年1月12日陸上砲台からの攻撃で沈没(タラカン)
艤装員長
谷口秀志 大尉:1933年5月25日[9] -
艇長
谷口秀志 大尉:不詳 - 1934年11月1日[10]
有馬時吉 大尉:1934年11月1日[10] - 1935年10月15日[8]
中俣勇 大尉:1935年10月15日[8] -

第15号[編集]

1934年8月21日竣工(藤永田)。1945年3月5日米潜「タイルフィッシュ」の雷撃を受け沈没(南西諸島北)。
艇長
原田耕作 少佐:不詳 - 1934年11月15日[11]
北野亘 大尉:1934年11月15日[11] - 1936年12月1日[12]
池田暎 少佐:1936年12月1日 - 1938年4月6日[13]

第16号[編集]

1934年8月21日竣工(三井玉)。1943年9月11日航空機の攻撃を受け沈没(マカッサル沖)。
艇長
池田暎 大尉:1935年7月18日 - 1936年9月19日[13]

脚注[編集]

  1. ^ 『昭和造船史』、『日本補助艦艇物語』によると第13号、第14号は爆雷18個、第15号、第16号が爆雷36個。一方『写真 日本の軍艦 第13巻』p226-227の表によると4隻とも爆雷36個。
  2. ^ 海軍大臣官房調製 『艦艇類別等級(別表)』。海軍が定めた艇型名は第十三号型であり、第一三号型ではない。
  3. ^ 『昭和造船史』、『日本補助艦艇物語』では第十三号型と第十五号型とに分けている。一方『写真 日本の軍艦 第13巻 小艦艇I』は4隻纏めて第十三号型としている。
  4. ^ 『写真 日本の軍艦 第13巻』p229の記述による。
  5. ^ 『写真 日本の軍艦 第13巻』p230。
  6. ^ 『日本補助艦艇物語』p368-370。
  7. ^ a b 『日本海軍史』第9巻、664頁。
  8. ^ a b c d 『官報』第2638号、昭和10年10月16日。
  9. ^ 『官報』第1918号、昭和8年5月26日。
  10. ^ a b 『官報』第2353号、昭和9年11月2日。
  11. ^ a b 『官報』第2364号、昭和9年11月16日。
  12. ^ 『官報』第2976号、昭和11年12月2日。
  13. ^ a b 『日本海軍史』第9巻、645頁。

参考文献[編集]

  • 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第13巻 小艦艇I』光人社、1990年。 ISBN 4-7698-0463-6
  • 日本造船学会『昭和造船史 第1巻』第3刷、原書房、1981年。ISBN 4-562-00302-2
  • 福井静夫『福井静夫著作集第10巻 日本補助艦艇物語』光人社、1993年。ISBN 4-7698-0658-2
  • 海軍歴史保存会『日本海軍史』第7巻、第9巻、第一法規出版、1995年。