笠名麻呂

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笠名麻呂
時代 奈良時代
生誕 不明
死没 延暦6年10月25日(787年12月8日
別名 名末呂
官位 従四位下右衛士督
勲十一等
主君 光仁天皇桓武天皇
氏族 笠氏
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笠 名麻呂(かさ の なまろ)は、奈良時代貴族。名は名末呂とも記される。官位従四位下右衛士督勲等は勲十一等。

経歴[編集]

宝亀2年(771年従五位下叙爵光仁朝では、三河権介斎宮頭大宰少弐を歴任する。

桓武朝に入ると、天応2年(782年左少弁近衛少将に栄転し、延暦2年(783年)に桓武天皇夫人藤原乙牟漏皇后に冊立されると皇后宮亮を兼ねる。その後は、同年従五位上、延暦4年(785年正五位上、延暦6年(787年従四位下と急速に昇進する一方、右兵衛督や右衛士督も務めた。

延暦6年(787年)10月25日卒去。最終官位は右衛士督従四位下兼皇后宮亮丹波守

官歴[編集]

続日本紀』による。

脚注[編集]

参考文献[編集]