竹島の日

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竹島の日たけしまのひ)とは、竹島島根県に編入された2月22日を記念する日である。1905年明治38年)のこの日、島根県告示第40号に基づき、島根県知事が所属所管を明らかにしている。

2005年日本が竹島を編入して100周年にあたるため、「竹島の日」の制定に関する条例が島根県議会3月16日に可決、制定された。竹島が韓国により不法占拠されていることや、韓国による漁業協定への違反、協定の定める操業認可海域のうち韓国側海域において、頻繁に日本側が事実上操業できなくなること(これは韓国軍による威圧行為が原因となっている。)への認知を深めてもらうことを目的としている。

目次

[編集] 双方の反応

[編集] 韓国側

韓国内では激しい抗議運動が起こり、テレビのニュース番組の女性アナウンサーでさえ、竹島の日関連ニュースを伝える時には声を荒げ、怒りを露わにする激昂ぶりであった。独島(竹島の韓国名)が韓国民族主義の象徴と化している現状を示すものである。

2005年2月23日、テレビ朝日ソウル支局の韓国人記者が、外信記者クラブで高野紀元駐韓大使(当時)に対し『竹島の日』条例をどう思うかと質問した。高野大使は「そういう問題が起きているのは知っている」とし、「竹島は日本領」「この問題が日韓関係全般に悪影響を与えないことを望む」と解答した。韓国では「竹島は日本領」の部分が切り出され報じられて反発を呼び、ついには駐韓公使を呼び出しての「厳重抗議」に至った[1]

2005年3月16日、ソウル市議が島根県議会の玄関付近でカッターナイフを取り出し、警察官らに取り押さえられる事件が発生した。

慶尚南道馬山市では竹島の日に対抗し、1419年(日本暦応永26年)に李氏朝鮮が李従茂が大軍を率いさせ、倭寇(前期倭寇)の根拠地と見なしていた対馬征伐のために出兵させた(応永の外寇)日である6月19日を「対馬島の日」とする条例を制定した。馬山市は応永の外寇後、対馬が服属したと主張しているが、韓国政府は馬山市に対して条例の撤回を求めている[2]

竹島の日条例制定に反発した韓国政府はこれまで厳重に規制していた観光客の独島上陸を解禁すると発表し、3月28日には一般観光客が始めて独島に上陸した。

日韓関係の急激な悪化によって、日本人観光客の韓国訪問や別府市など九州の観光地を訪問する韓国人観光客が減少しており、韓国マスコミではさすがに経済に与える悪影響を懸念する声も出ている。

2005年6月に慶尚北道は、10月を「独島の月」とし、日本との交流を制限できるとする条例を制定した。

2007年2月24日に島根県で行なわれた「竹島の日」記念式典について、外交通商省が「条例を即時に撤廃し、独島に対する不当な領有権主張をやめるよう、強く求め」る声明を発表。「独島は歴史的、地理的、国際法的に明白な韓国固有の領土であり、領有権を損なういかなる試みも容認しない」としている。3月2日には江原道知事が、鳥取県庁で“竹島は日本固有の領土”と表示する電光掲示板を設置している事に触れ「領土問題は両国政府が国レベルで取り上げるべき課題であるにもかかわらず鳥取県が直接介入することは、両地域間の友好協力の観点からも実に遺憾」である旨表明、関係正常化への適切かつ必要な措置を望むメッセージを鳥取県宛に発させた。

[編集] 日本側

日本側では当初から竹島は日本領であるという認識が浸透していた為、交流行事などは通常通り実施され、在日韓国人や日本を訪れた韓国人観光客に対する嫌がらせの行為も見られなかった。ただ、上述の日本に対する韓国の反発は、日本人の韓国に対するイメージを悪化させた。

[編集] 国際司法裁判所への提訴

国際司法裁判所は、紛争の両当事者が同裁判所において解決を求めるという合意があって初めて動き出すという仕組みになっている。従って、仮に我が国が一方的に提訴を行ったとしても、韓国側がこれに応ずる義務はなく、韓国が自主的に応じない限り国際司法裁判所の管轄権は設定されない。 我が国は、1954(昭和29)年9月、口上書をもって竹島の領有権問題につき国際司法裁判所に提訴することを韓国側に提案したが、なぜか韓国はこれに応じなかった。また、1962(昭和37)年3月の日韓外相会談の際にも、小坂善太郎外務大臣より崔徳新韓国外務部長官に対し、本件問題を国際司法裁判所に付託することを提案したが、なぜか韓国はこれを受け入れず、現在に至ってる。(外務省HPより抜粋)

[編集] 日韓交流への影響

この竹島の日制定を巡って日本国内における韓国との交流イベントの中止などの影響が2県24市町村の26自治体に及んでいることがわかった。その内容は以下にまとめるとおり。共同通信社2005年4月16日調べ等をもとに作成。しかし、基本的には韓国側からの一方的な交流中止の申し入れがほとんどで日本側からは安全面を危惧する為に一時的な人材の交流を中止するに留まった。

以上が共同通信社2005年4月16日調べ

他にも姉妹都市交流停止の動きが広がっている。

[編集] 関連項目

[編集] 注釈

  1. ^ 下川正晴 『大統領が旗を振るインターネット民族主義』、『現代コリア』、2005年6月。
  2. ^ (朝鮮語) 馬山市議会の「対馬島の日」制定関連における外交通商部スポークスマンの論評によると、「愛国心から由来するものであり、理解は出来る」としながらも「不必要な論争を誘発する可能性が高い」とし、自制するべきだと呼びかけている。

[編集] 外部リンク

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