竹内洋
竹内 洋(たけうち よう、1942年 - )は、日本の社会学者(教育学博士)。専門は、教育社会学。
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[編集] 人物
東京都生まれ。4歳のときに佐渡島へ渡る。そのため、生まれは東京、出身は佐渡と称している。
新潟県立両津高等学校、京都大学教育学部卒業後、安田生命保険相互会社(現・明治安田生命保険相互会社)へ入社。安田生命在職時に結核を患い入院。復職後、安田生命を退職し、京大時代の指導教授の勧めで京都大学大学院教育学研究科修士課程へ進学。京都大学大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。
新設されたばかりの両津高校に進学したため、当時の両津高校のことを「底辺校」と呼び、底辺校に進学したと自称している。当時の佐渡島には内地や外地から引き上げてきたインテリ層が多く、「底辺校」の両津高校にも東京の名門校出身のインテリ教員が多く在籍し、大学人のような高校教師から授業を受けていた経験が、その後の教養主義研究につながったとしている。インテリ教員の影響から高校教師を志し京都大学教育学部に進学したが、教育実習で失望し、安田生命に就職。短期間サラリーマン経験を積んだことも、後の社会学研究に影響を与えたと著書の中でたびたび触れられる。なお、京都大学教育学部へ進学した理由は東京大学の入学試験で落第したため。
京都大学の指導教授の推薦で関西大学に職を得て、関西大学社会学部助教授/教授、京都大学大学教育学部助教授、京都大学大学院教育学研究科教授/研究科長、京都大学教育学部長を歴任。2005年3月に京都大学を定年退職。京都大学教育学部名誉教授の称号を得る。2005年4月に関西大学社会学部教授に就任し、2010年4月より関西大学人間健康学部長/教授。放送大学客員教授を兼任。日本教育社会学会会長、読売新聞読書委員、中央教育審議会専門委員などを歴任。
[編集] 著書
[編集] 単著
- 『日本人の出世観』 (学文社 1978年)
- 『競争の社会学―学歴と昇進』(世界思想社 1981年)
- 『複眼サラリーマン学』(東洋経済新報社 1985年)
- 『選抜社会―試験・昇進をめぐる<加熱>と<冷却>』(リクルート出版 1988年)
- 『立志・苦学・出世―受験生の社会史』(講談社現代新書 1991年)
- 『パブリック・スクール―英国式受験とエリート』(講談社現代新書 1993年)
- 『日本のメリトクラシー 構造と心性』(東京大学出版会 1995年)
- 『立身出世主義―近代日本のロマンと欲望』(日本放送出版協会[NHKライブラリー] 1997年/増訂版 世界思想社 2005年)
- 『日本の近代12―学歴貴族の栄光と挫折』(中央公論新社 1999年/講談社学術文庫(単著) 2011年)
- 『大衆モダニズムの夢の跡―彷徨する「教養」と大学』(新曜社 2001年)
- 『大学という病―東大紛擾と教授群像』(中公叢書 2001年/中公文庫 2007年)
- 『学校システム論』(日本放送出版協会、2002年、改訂版・放送大学教育振興会、2007年)
- 『教養主義の没落―変わりゆくエリート学生文化』(中公新書、2003年)
- 『丸山眞男の時代―大学・知識人・ジャーナリズム』(中公新書、2005年)
- 『社会学の名著30』(筑摩書房[ちくま新書] 2008年)
- 『学問の下流化』 (中央公論新社、2008年) ※エッセイ集
- 『大学の下流化』(NTT出版、2011年)
- 『学校と社会の現代史』(放送大学叢書:左右社、2011年)
- 『革新幻想の戦後史』 (中央公論新社、2011年)
[編集] 編著
[編集] 共編著
- (中農晶三)『転換期の文化――日本近代化のひずみ』(創元社, 1979年)
- (柴野昌山・菊池城司)『教育社会学』(有斐閣, 1992年)
- (徳岡秀雄)『教育現象の社会学』(世界思想社, 1995年)
- (ラクレ編集部編)『論争・東大崩壊』(中公新書ラクレ, 2001年)
- (稲垣恭子)『不良・ヒーロー・左傾――教育と逸脱の社会学』(人文書院, 2002年)
- (佐藤卓己・植村和秀・井上義和・福間良明・今田絵里香)『蓑田胸喜全集』(全7巻)(柏書房, 2004年)
- (佐藤卓己)『日本主義的教養の時代――大学批判の古層』(柏書房, 2006年)
[編集] 訳書
- G・ウォルフォード『パブリック・スクールの社会学――英国エリート教育の内幕』(世界思想社, 1996年)
- タキエ・スギヤマ・リブラ『近代日本の上流階級――華族のエスノグラフィー』(世界思想社, 2000年)
- マイルズ・フレッチャー『知識人とファシズム――近衛新体制と昭和研究会』(柏書房、2011年)
[編集] 主な受賞歴
- 日経・経済図書文化賞(第39回、1996年、受賞作:「日本のメリトクラシー -- 構造と心性 -- 」)