竹中彰元

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竹中 彰元(たけなか しょうげん、1867年慶応3年)- 1945年昭和20年)10月21日)は日本真宗大谷派(本山・東本願寺京都市左京区)に属し、岐阜県垂井町明泉寺住職を務めた。

日露戦争の際には布教使を務めたが、1937年(昭和12年)に日中戦争を批判、反戦を唱えた。その言動をめぐって、陸軍刑法に抵触するとして有罪判決を、また真宗大谷派からは特別黜罰軽停班)処分を受け僧侶の位を最低に落とされ、布教使資格も剥奪された。愛知県一宮市の円光寺住職・大東仁が記した論文「仏教者の戦時下抵抗」により竹中の名誉回復運動が始まり、2007年平成19年)10月19日に、真宗大谷派主催の「復権顕彰大会」が明泉寺にて開催され、熊谷宗恵宗務総長が謝罪、同宗派の処分を取り消す「宗派声明」が出され、処分から70年目に名誉回復を果たした。