立命館小学校

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立命館小学校(京都市北区)

立命館小学校(りつめいかんしょうがっこう、英字表記:Ritsumeikan Primary School)は、学校法人立命館が運営する小学校。京都府京都市北区小山西上総町に位置する。

目次

[編集] 概要

2006年(平成18年)4月に開校した。立命館中学校への推薦入学制度を設け、立命館高等学校卒業までの12年間を各4年間の3ステージに再編して小中高一貫教育を行う。校長は深谷圭助、副校長は陰山英男

立命館小学校の原点は、大正時代に編纂された「立命館中学の過去現在及将来」の中にみることができる。この中で学園設立者・中川小十郎は「本校にては將來適當の時機を見て更に小學校を附設して始めより好く中學教育に聯絡統合せしむべき方針の下に初等教育を施して以て中等教育を完全にし併せて高等教育の功果を完全ならしむる基礎を作らんことを期す而して之實に立命館の教育系統を全からしむるに必要なる所以なり」と述べている。

[編集] 校名の由来

「立命館」大扁額と中川小十郎胸像(朱雀キャンパス)

「立命館」は明治期から昭和初期にかけて文部省官僚、貴族院議員として活躍した中川小十郎が開いた「京都法政学校」が起源である。その後、元老西園寺公望京都御所邸内に一時開いていた「私塾立命館」の「建学の精神」と「校名」を引き継ぐとことを許されるとともに、西園寺家の後援を得て現在の姿に発展した。「立命館」は、孟子「盡心章(じんしんしょう)」にある「殀寿貳(ようじゅたが)わず、身を修めて以て之を俟(ま)つは、命を立つる所以(ゆえん)なり」(人間の寿命は天命によって決められている。修養に努めてその天命を待つのが人間の本分の全うである、という意味。)という一節から得ている。1905年(明治38年)、「京都法政学校」が「私塾立命館」の名称を継承するに際し、西園寺公望は、次のような扁額をしたためている。

立命館 - 往年、余は一校を興し名づけて立命館という。泰西に遊学するに及んで、校廃し名存す。この頃京都法政学校学員来り、その名を襲用することを請う。余は名の実を得ることを喜び、すなわち扁額を書してもってこれを与う。孟子いわく、殀寿貳わず、身を修めて以て之を俟つは、命を立つる所以なりと。蓋し学問の要はここに在り。明治三十八年四月 侯爵 西園寺公望

[編集] 顧問委員

立命館小学校正門

[編集] アクセス

[編集] 系列校

[編集] 関連項目

「培根達支」の石碑(明治45年 西園寺公望 揮毫)

[編集] 外部リンク