穴守稲荷駅
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 穴守稲荷駅 | |
|---|---|
駅舎(2007年6月14日撮影)
|
|
| あなもりいなり - Anamori-inari | |
|
◄大鳥居駅 (0.7km)
(0.7km) 天空橋駅►
|
|
| 所在地 | 東京都大田区羽田四丁目6番11号 |
| 所属路線 | 空港線 |
| キロ程 | 2.6km(京急蒲田起点) |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 相対式 2面2線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
15,837人/日 -2006年度- |
| 開業年月日 | 1902年(明治35年)6月28日 |
| 備考 | 1956年 稲荷橋駅から改称 |
穴守稲荷駅(あなもりいなりえき)は、東京都大田区羽田四丁目6番11号にある、京浜急行電鉄空港線の駅である。
目次 |
[編集] 概要
穴守駅として開業したが羽田駅に改名、その後稲荷橋駅となった。穴守稲荷への参詣のための橋を意味する「稲荷橋」という駅名だったが、戦後の羽田空港島の接収により穴守稲荷神社が当地に移転したため、さらに現在の駅名に改称した。
当駅を挟んだ区間は地下化されているが、当駅は地上駅のままで残され、このことが空港線の線形の悪さの一因となっている。地下化されないのは、付近にある地下構造物が一因である。また大鳥居駅の工事主体が東京都の踏切除去費用で賄われていて、東京国際空港(羽田空港)の地下化工事とは別の予算であることから、当駅の地下化は補助が出ず京急単独で行わざるを得ないためである[要出典]。京急の高架化事業が完了して糀谷駅が高架化されると、空港線内では唯一の地上駅となる。
毎年12月31日から翌年1月1日にかけて終夜運転を行っているが、羽田空港の警備上運転区間は当駅までとなる。折り返し設備がないため、到着した下り列車は一旦羽田空港駅まで回送され、再び戻って来る。
駅舎は穴守稲荷神社をイメージした造りになっている。
[編集] 駅構造
相対式ホーム2面2線の地上駅で、1番線(羽田空港方面)ホーム東側に駅舎を有している。ホームの東端に跨線橋(かつての橋上駅舎)があり、2番線(品川・横浜方面)ホームと連絡している。
[編集] 利用状況
- 1日平均乗降人員 15,837人(2006年度 京急線全線72駅中43位)
[編集] 駅周辺
- 穴守ふれあい通り - 駅の入口に赤い鳥居が設置されている。
- 穴守稲荷神社
- 荏原製作所本社
- セガ本社
- 全日本空輸乗員訓練センター
- 京浜急行バス羽田営業所
- 羽田京急バス東京営業所
- 京急観光バス東京営業所
- 大田区立羽田図書館
- 株式会社東京機内用品製作所本社工場
- 三菱東京UFJ銀行ATMコーナー 穴守稲荷駅前(●旧UFJ)
[編集] バス路線
穴守稲荷
六間堀 - 駅から若干南に離れているが、こちらの方が本数が多い。
- 羽田京急バス
- <森21、蒲31・41、空51> 羽田空港
- <森21> 大森駅東口(平和島駅経由)
- <蒲31> 蒲田駅東口(日の出通り経由)
- <蒲41~43> 蒲田駅東口(萩中経由)
- <蒲73> 蒲田駅東口(六郷橋経由)
- <川77> 川崎駅東口(六郷橋経由)※朝のみ
- <空51> 川崎駅東口(六郷橋経由)
- <蒲42> 羽田整備場
- <蒲43・73> 羽田車庫
[編集] 歴史
- 1902年(明治35年)6月28日 - 穴守駅(あなもりえき)として開業。
- 1913年(大正2年)12月31日 - 穴守駅を東へ800m移設、旧穴守駅より西へ200mの位置に羽田駅が開業。
- 1915年(大正4年)1月 - 羽田駅を稲荷橋駅に改称。
- 1940年(昭和15年)10月 - 京浜蒲田(現・京急蒲田)寄りに約200m移設。
- 1945年(昭和20年)9月27日 - 連合軍の穴守線(現・空港線)接収により当駅より東の区間を営業休止、同線は単線運転となる(1952年10月31日解除)。
- 1952年(昭和27年)11月 - 穴守線が複線運転に戻る。同時に京浜蒲田寄りにさらに約340m移設。
- 1956年(昭和31年)4月20日 - 当駅より東の区間を延伸して羽田空港駅が開業。同時に稲荷橋駅を穴守稲荷駅に改称。
- 1979年(昭和54年)11月 - 橋上駅舎化に伴い構内踏切を廃止。
- 1991年(平成3年)1月16日 - 新駅舎供用開始。同時に当駅より東の区間を営業休止する。
- 1993年(平成5年)4月1日 - 羽田駅(現・天空橋駅)が開業し、当駅より東の区間を営業再開。
[編集] 隣の駅
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
|
|||||

