積志駅
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| 積志駅 | |
|---|---|
駅舎(2006年7月)
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| せきし - SEKISHI | |
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◄09 さぎの宮 (1.2km)
(1.4km) 遠州西ヶ崎 11►
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| 所在地 | 浜松市東区積志町814 |
| 駅番号 | 10 |
| 所属事業者 | 遠州鉄道 |
| 所属路線 | 鉄道線 |
| キロ程 | 7.8km(新浜松駅起点) |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 1面2線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
1,642人/日 -2011年度- |
| 開業年月日 | 1909年(明治42年)12月6日 |
積志駅(せきしえき)は、静岡県浜松市東区積志町にある遠州鉄道鉄道線の駅。
目次 |
駅構造[編集]
島式ホーム1面2線の地上駅。駅舎はあるが、終日無人駅である。
駐輪場(収容292台)は駅の北西に存在する。
早朝深夜の一部時間帯を除き、列車交換が行われる。構内踏切位置の関係上、上り新浜松方面列車が西側ホーム、下り西鹿島方面列車が東側ホームを使用する。当路線の一般的な列車交換駅とはホームの使われ方が正反対である。
利用状況[編集]
- 2011年度の1日平均の乗車人員は832人、降車人員は810人である。乗降者数は遠州鉄道鉄道線の全18駅中15位。(「浜松市統計書」より)
- 主として通学・通勤用に利用される。
利用状況の変遷
- 輸送実績(乗車人員)の単位は人であり、年度での総計値を示す。年度間の比較に適したデータである。
- 乗降人員調査結果は任意の1日における値(単位:人)である。調査日の天候・行事等の要因によって変動が大きいので年度間の比較には注意を要する。
- 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。
| 年度 | 当駅分輸送実績(乗車人員):人/年度 | 乗降人員調査結果 人/日 | 特記事項 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 通勤定期 | 通学定期 | 定期外 | 合計 | 調査日 | 調査結果 | ||
| 1985年(昭和60年) | ←←←← | ||||||
| 1986年(昭和61年) | ←←←← | ||||||
| 1987年(昭和62年) | ←←←← | ||||||
| 1988年(昭和63年) | ←←←← | ||||||
| 1989年(平成元年) | ←←←← | ||||||
| 1990年(平成2年) | ←←←← | ||||||
| 1991年(平成3年) | ←←←← | ||||||
| 1992年(平成4年) | ←←←← | 367,296 | |||||
| 1993年(平成5年) | ←←←← | 361,342 | |||||
| 1994年(平成6年) | ←←←← | 370,099 | |||||
| 1995年(平成7年) | ←←←← | 353,103 | |||||
| 1996年(平成8年) | ←←←← | 340,597 | |||||
| 1997年(平成9年) | ←←←← | 343,052 | |||||
| 1998年(平成10年) | ←←←← | 337,655 | |||||
| 1999年(平成11年) | ←←←← | 324,552 | |||||
| 2000年(平成12年) | ←←←← | 332,355 | |||||
| 2001年(平成13年) | ←←←← | 335,348 | |||||
| 2002年(平成14年) | ←←←← | 320,131 | |||||
| 2003年(平成15年) | ←←←← | 328,524 | |||||
| 2004年(平成16年) | ←←←← | 330,450 | |||||
| 2005年(平成17年) | ←←←← | 324,768 | |||||
| 2006年(平成18年) | ←←←← | 329,769 | |||||
駅周辺[編集]
- 浜松市積志市民サービスセンター
- 浜松市立積志図書館
- 浜松市立積志小学校
- 浜松市立積志中学校
- 浜松日体中学校・高等学校(徒歩30分)
- 浜松医科大学(徒歩25分)
バス路線[編集]
- きたぞう (積志駅東バス停)- 浜松北病院シャトルバス。 ※浜松北病院利用者のみ乗降可。
歴史[編集]
駅名の由来[編集]
開業当時の地名は浜名郡積志村大字上大瀬だったため仮駅名は大瀬駅や上大瀬駅であったが、駅設置時に土地を提供した地主からの要望で松木駅と命名された。その後、1955年に積志村が浜松市に編入され浜松市積志町に改名された事から駅名も現在の積志駅に変更された。
「積志」の地名は企業の名称から取られた全国でも珍しい地名で、その由来は1875年に当地に設立された地域の教育や産学を振興させるための組織である「積志講社(積志銀行)」にちなむ。当時浜松県令を務めていた林厚徳が前漢の思想書「淮南子」に記された「私を制し公に譲り、小を積みて大に致す」という一文を取り上げて「積志講社」と名付けたのが始まり。その後1908年に有玉村、中郡村、小野田村半田が合併した時に「積志の名の通り、3つの村が富を積められるため同じ意志を持てるように」と言う意味合いで正式に積志村に改称したと言う経歴がある。
隣の駅[編集]
関連項目[編集]
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