秋天の陽炎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

秋天の陽炎(しゅうてんのかげろう)はJリーグ大分トリニータ1999年11月21日にホームスタジアムの大分市営陸上競技場で行われたモンテディオ山形戦でJ1昇格を逃したことを指す。

この試合のことを「大分の悲劇」(おおいたのひげき)、あるいは大分市営陸上競技場の近くにかかる橋の名前から「舞鶴橋の悲劇」(まいづるばしのひげき)と呼ぶこともあるが、金子達仁によりスポーツ誌「Sports Graphic Number」に掲載(のちに加筆の上、単行本として発行)されたルポルタージュに由来する呼び方が一般的といえるため、ここでもこれを用いる。

目次

[編集] 最終節までの経過

1999年Jリーグはこの年から二部制を導入した。この年に参加した10チームは4回戦総当たりの各チーム36試合ずつを行い、翌年のJ1自動昇格となる上位2チームを目指していた。そのなかから川崎フロンターレFC東京が1歩抜け出し、そして11月5日に行われた第34節・サガン鳥栖戦(等々力陸上競技場)で川崎が延長勝ちによりJ1昇格を決めた。

これを2位で追いかけていたFC東京も昇格を確実視されていたが、第29節から4連敗をするなどで急失速し、第35節終了時点で20勝3分12敗、勝ち点61、得失点差15の3位となった。ほぼ同じころ大分は急激に調子をあげ、東京に代わって2位に浮上(21勝2分12敗、勝ち点62、得失点差20)。最終戦となる第36節で大分は、延長Vゴール以上でJ1昇格が実現することとなった。

[編集] 1999年最終節

[編集] 概要

1999年11月21日
大分トリニータ 1-1 モンテディオ山形 大分市営陸上競技場
観客数: 15,702人
ウィル 60分にゴール 60分 吉田達磨 89分にゴール 89分
大分トリニータ
GK   小山健二
DF 村田一弘
DF 平岡靖成
DF 吉村寿洋
MF 若松大樹 26分に交代退場 26分
MF 山根巌
MF 崔大植
MF エドウィン
FW ウィル
FW 塩川岳人 103分に交代退場 103分
FW 神野卓哉
サブメンバー:
GK 吉坂圭介
DF 山崎哲也
MF 金本圭太 26分に交代出場 26分
MF 川崎元気 103分に交代出場 103分
FW 竹村栄哉
監督
石崎信弘
モンテディオ山形
GK   鈴木克美
DF 太田雅之 51分に交代退場 51分
DF 岩元洋成
DF 本街直樹
DF 佐藤淳志
MF 吉田達麿
MF 内山俊彦 73分に交代退場 73分
MF 高橋健二
MF バウテル 99分に交代退場 99分
MF 平間智和 Sent off after 92 minutes 92分
FW 真下佐登史
サブメンバー:
GK 斉藤武志
鷲田雅一
ムタイル 51分に交代出場 51分
小久保純 73分に交代出場 73分
中森大介 99分に交代出場 99分
監督
植木繁晴


大分市営陸上競技場で行われたこの試合。観衆15702人のほぼ全員が大分を応援するという状況で行われたが、前半は両チームとも相手のチャンスを摘むプレーにより膠着状態のまま進み、無得点で折り返した。

60分、大分はウィルのゴールが決まり先制。このとき神野卓哉のハンドではないかとの抗議もあったが得点は認められた。(後日、ビデオで確認するも、かろうじて当たってないことが証明されている。)

64分、大分のゴールキーパーのプレーがバックパスを手で扱ったとして反則とされ、山形がゴールエリア内での間接フリーキックを得たがこれを防ぎきると、大分リードのままロスタイムに突入し、大分はJ1昇格を確信した。

しかし、山形・吉田達磨のフリーキックが大分ゴールに直接入り、土壇場で1-1の同点に追いつかれた。その後、山形にもバックパスによる反則があり大分の間接フリーキックがあったが得点は動かず、1-1のまま90分間が終了となった。

同じころ、FC東京は新潟市陸上競技場で、今季3戦3敗と大の苦手にしていたアルビレックス新潟に1-0と勝利。勝ち点64とし、大分の結果を待つことになった。

これによりJ1昇格にはVゴール勝ちしかない状況となった大分だが、92分に山形・平間智和が退場処分となり数的優位に立つと、大分は一方的に攻め続けたものの山形の懸命のディフェンスに阻まれ無情のタイムアップ。

1-1の引き分けで大分の勝ち点は63となり、FC東京が2位、大分トリニータは3位となる。この結果、FC東京はJ1昇格。大分トリニータはわずか勝ち点1の差で昇格を逃した。

[編集] その後のトリニータ

2000年シーズンも大分トリニータは勝ち点1差で3位となり昇格を逃す。(2000年J2最終節参照)

2001年にはスタートダッシュにつまづいたため、石崎信弘監督をシーズン途中で解雇して立て直したが、最終節を90分勝ちでしかも上位2チームが敗退の場合のみ昇格という状況で引き分け、3年連続で昇格に失敗した。(2001年J2最終節参照)

しかし2002年にはセレッソ大阪アルビレックス新潟川崎フロンターレとの昇格争いからいち早く抜け出すと、11月2日に行われた大宮アルディージャ戦(さいたま市大宮公園サッカー場)で勝利して念願のJ1昇格を決定。このときスタンドには「秋天の陽炎 ここに完結」と書いたボードを持ったサポーターの姿が見られた。

[編集] 関連書籍

[編集] 関連項目