私の青空 (歌)

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私の青空(わたしのあおぞら。"My Blue Heaven")は、ウォルター・ドナルドソン Walter Donaldson 作曲、ジョージ・ホワイティング George Whiting1884年1943年)作詞のポピュラー・ソングである。

概要[編集]

この歌は1927年にアメリカで出版され、1928年クルーナー(低い声で感傷的に歌う歌手)であるジーン・オースティン Gene Austin で大ヒットし、26週間に渡り1位~13位でチャートに載り、500万枚を超えて売り上げた[1]

この歌はそれ以来スタンダード・ナンバーとなっている。ヒットしたのは1935年ジミー・ランスフォード Jimmie Lunceford による録音と、1957年ファッツ・ドミノによる録音で、後者はビルボード誌のチャートで19位に達した。

日本語版[編集]

1928年9月、堀内敬三が訳詩した「青空」は、二村定一天野喜久代の歌唱によりコロムビアから発売された。「アラビヤの唄」とカップリングで発売されヒットした。ビクターから発売された二村定一ソロによるバージョンもある。SP盤には戦前の表記『あほ空』とレーベル印刷されている。このため21世紀の今日に至っても、ファンは親しみとユーモアをこめてわざわざ「AHOZORA」と発音する例が少なくない。

他には、榎本健一高田渡などが唄ったものが有名。家族の団欒、夕暮れに家路へと着くひとときを唄っている。榎本健一のモノマネで財津一郎が歌っていることでも有名。

歌詞の一節、「狭いながらも楽しい我が家」は、暖かい家庭を表す言葉として、歌を離れても随所で使われている。

また、二村定一歌唱の作品が1970年ロバート・アルトマン監督のアメリカ映画M★A★S★H マッシュ」の挿入歌に使用された。

脚注[編集]

  1. ^ CD liner notes: Chart-Toppers of the Twenties, 1998 ASV Ltd.