Wikipedia:秀逸な記事の選考
秀逸な記事の選考は秀逸な記事に掲載するのにふさわしい記事であるか選考する場です。ウィキペディアの百科事典としての価値を高めることを目的としています。優れた記事の推薦と、それらの査読と批評を歓迎します。
可否は投票によって決定されます。投票または推薦の前にルールに一通り目を通すようお願いします。ルールについてのご意見はこのページのノートにどうぞ。
目次 |
[編集] はじめに
- IP ユーザからの推薦・投票は無効となっています。ログインしてください。
- コメントは記事そのものの質について行って下さい。
[編集] 秀逸な記事の目安
以下に秀逸な記事の目安を挙げます。「秀逸な記事」への推薦や、推薦された記事へコメントする際の参考としてください。
- その主題を扱う専門家(研究者、実務家、その他)から見て、百科事典において必ず説明されるべきことが全て説明されている。ただし、何が必須かは部分的には関連記事との連携・分担関係にもよる。
- 詳しくない読者にもその主題について理解できるように、わかりやすく書かれている。ただし、高度に専門的な主題を扱ったものであれば、関連記事を読んで理解していることを前提にするのは問題ない。
- 内容が充実している。必須の点だけをわかりやすくカバーしただけでは不十分。
- 完成度が高い。文章が読みやすい、構成がしっかりしている、明らかに未完成な部分がない、(可能なら)図や画像や表などがついている、など。
- 観点の中立性が保たれている。
- 「出典」または「参考文献」が挙げられている。
- 以上の点が全て満たされている。
他にWikipedia:素晴らしい記事を書くにはやWikipedia:完璧な記事も参考になるでしょう。
[編集] 推薦の仕方
素晴らしい記事を書き上げたり見つけたりしたら、「秀逸な記事の目安」に照らし合わせながら、もう一度じっくりと全文を読み直してみて下さい。その上で十分に秀逸であると思ったならばこのページで推薦して下さい。査読依頼で他の人の意見や評価を受け、それらを内容に反映させてから推薦するとより良いでしょう。まだ「秀逸レベル」ではないけれど、あるいは客観的な評価には自信がないけれどみんなにも見てもらいたい、という場合はおすすめ記事に掲載すると良いでしょう。
IP ユーザによる推薦は不可です。ログインユーザならどなたでも「秀逸な記事」に推薦することができます。自薦・他薦は不問です。自薦の場合はその旨を述べて下さい。
一人のユーザーが同時期に推薦できる記事数は3つまでです。これは「秀逸な記事の選考」のページに同一人物の推薦した記事が4つ以上あってはならないことを意味します。推薦したい記事が4つ以上ある場合は、まず3つを推薦し、いずれかの選考が終了した時点で、4つ目以降の推薦を順次行ってください。(2006年4月3日より施行。このルールは過去の推薦には遡及して適応されません。)
投稿の仕方はまず、{{Wikipedia:秀逸な記事の選考/○○○}} というリンクをこのリストの一番上に追加します(2006年5月1日ルール変更)。○○○には当該の記事名を入れてから投稿してください。推薦が二回目以降の場合は ○○○-2 のようにハイフンと数字をつけます。次に、先の投稿によって追加されたリンク先(Wikipedia:秀逸な記事の選考/○○○ を編集中、というページ)に、以下の形式で推薦理由を書きます。
===[[○○○]]===
([[ノート:○○○|ノート]]) 《推薦理由》 ~~~~
推薦理由にはなぜその記事を推薦するのか、客観的かつ簡潔に書いて下さい。署名は ~~~~ とタイプして下さい (チルダ四つ)。保存するとユーザ名と書き込んだ時刻に置き換わります。署名がない場合は無効になるので注意して下さい。
その後、この推薦を多くの人に知ってもらうために、以下の二つのことを任意に行うことができます。
- その分野に詳しそうな、あるいは適切なコメントをしてくれそうな人の会話ページにお知らせを書く。
- 当該項目のノートの先頭に {{秀逸候補}} という Template を貼る。これによって以下のメッセージが表示されます。
| この記事は秀逸な記事に推薦されています。 秀逸な記事の選考にて、批評・投票を受け付けています。 |
できるだけ多くの人からコメントを得ることが望ましいので、少なくとも片方は行った方が良いでしょう。
[編集] 投票の仕方
IP ユーザと推薦者には投票権はありません。投票しても構いませんが単なるコメントとして扱われます(固定 IP で実績がある場合は票に数えられる場合がありますが、ログインすることを推奨します)。
現在のところ、編集に関わった人の投票は制限していません。
コメントの際には以下の形式を用いて下さい。
- *(賛成): 《的確なコメント》~~~~ - 現状で問題ないとき。ただし全文をよく読んだ上で投票すること。
- *(条件付賛成): 《的確なコメント》~~~~ - あと少し手を加えれば賛成しても良いとき。
- *(保留): 《的確なコメント》~~~~ - 大幅に手を加えなければ賛成できないとき。
- *(反対): 《的確なコメント》~~~~ - 決定的な問題があるとき。
- *(その他):《的確なコメント》~~~~ - その他秀逸な記事の選考に関するコメントを行うとき。
署名のない投票は無効です。賛成以外では問題点や改善案を明確に指摘して下さい。賛成の場合も他人が納得するであろう評価をしてください。投票には好みや主義、執筆者・推薦者に対する意見、副次的な影響等を含めないでください。記事*そのもの*に対する客観的な意見をお願いします。詳しいコメントや議論は当該記事のノートで行って下さい。コメントした人はできるだけ議論に参加し、意思表示をすることが望まれます。意見を変更する場合は削除ではなく <s> ... </s> を使って訂正してください。
秀逸な記事にふさわしいかどうかは上の「秀逸な記事の目安」が判断の手助けとなるでしょう。あなたがその記事の専門家なら是非意見を書いていって下さい。あなたの意見でその記事がより良いものになるはずです。そして、できることなら編集に参加してみてください。
[編集] 投票が無効となる場合と選考期間の延長
条件付賛成・保留・反対票を投じる際は、執筆者に改善方法が伝わるように、できるだけ具体的な問題点を指摘してください。
- 投票内容についての質問がなされ、2週間以内に返答がないとき、投票は無効となる場合があります。
- 選考終了までの2週間以内に、上記のような質問やそれに対する回答があった場合は、選考期間は発言時点から2週間の延長となります。
- 選考終了までの2週間以内に、条件付賛成・保留・反対票が投じられた場合も、選考期間は投票時点から2週間延長となります。
[編集] 選考の是非
原則として、推薦者を除き賛成のみ3票以上集まった後、一週間経過しても反論がない場合に「秀逸な記事」のリストに加えられます。
条件付き賛成や保留、反対で挙げられた場合でも、その条件が満たされた、またはその指摘による改変は必要ではないという合意がなされ、賛成のみ3票以上集まったならば通過します。この場合も移動までに一週間の猶予期間を設けます。
条件を提示した人が議論に参加しない場合は、他の参加者による合意形成が行われれば可とします。ただし十分に客観的な意見を述べるようにしてください。
コメントがつかなかったり、条件がクリアできないまま3ヶ月以上経過したものについては、このリストから削除され、当該記事の推薦告知文も消去します。改善されたと思ったなら何度でも推薦できます。
秀逸な記事に選ばれた場合は、上記の {{秀逸候補}} を削除し、その記事のノート先頭に {{秀逸}} を任意に付けることができます。これにより以下の文章が表示されます。なお、日付付きの選考ページ名であれば、 {{秀逸|(選考ページ名)}}となります。詳しい使用方法はTemplate:秀逸の説明を確認ください。
| この記事はWikipedia:秀逸な記事の選考/Wikipedia:秀逸な記事の選考によって秀逸な記事に選ばれています。 より素晴らしい記事にするために編集を歓迎します。 |
秀逸な記事本文には、記事の一番下に{{Featured article}}というTemplateを配置してください。これにより秀逸な記事の右上隅にその証である小さな星(
)が表示されます。
また、秀逸な記事が良質な記事であった場合、良質な記事のリストより秀逸な記事となった記事を除去してください。
秀逸な記事に既に選ばれているものの中で、「これはおかしいのでは?」と思うものがある場合、秀逸な記事の再選考で再選考を行うことができます。
過去の議論は以下のいずれかのサブページに保存されます。
- Wikipedia:秀逸な記事の選考/通過した記事 - 秀逸な記事に選ばれたもの。
- Wikipedia:秀逸な記事の選考/過去の推薦 - 通過しなかったもの。
[編集] 延長選考
(2006年5月1日より施行)
推薦から3ヶ月を経過した時点で、賛成票が1票以上で、かつ他の票がない場合、延長選考となり、以下のように扱います。
- 選考期間を1ヶ月延長します。
- 選考中の記事リスト中での位置を、一番上に移動します。
- アナウンス欄に追加します。
- Wikipedia:お知らせ と Template:意見募集中 で告知します。
[編集] 早期終了
(この制度は現在試験運用中です。ご意見は、Wikipedia‐ノート:秀逸な記事の選考#選考ルールの見直し:早期終了までお願いします。)
推薦後3ヶ月を待たず、選考を早期にうち切ることが可能です。ただし、対象となるのは以下のいずれかの場合に限ります。
- 推薦より1ヶ月以上経過したものでその間に賛成または条件付き賛成がつかなかった場合
- 推薦以後に記事の分割あるいは大幅な加筆で記事の内容が変わってしまったと判断される場合
手順は、以下に従います。
- 上記の条件を満たす記事について秀逸な記事の選考を打ち切りたいと思う者は、「*(早期終了)《的確なコメント》~~~~」の書式で、投票を行う。投票はログインユーザーに限る。
- 早期終了の提案後2週間以内にこの提案に対する異議の申し立てがない場合は、秀逸な記事の選考を終了し、議論の内容はWikipedia:秀逸な記事の選考/過去の推薦に移される。
- 上記の間に異議の申し立てがあった場合には、議論で合意を形成する。ただし、その間に推薦から3ヶ月が経過した場合には、通常の「選考の是非」の手順に従って、選考終了となる。
[編集] 取り下げについて
取り下げとは、通過の見込みがないと考えられる選考を、早期終了の時期以前に終了させるルールです。このルールは、以下の手続きをとります。
- 提案者および賛成票・条件付賛成票を投じたユーザーが、取り下げに合意したとき。
- 1の条件を満たして48時間を経しても、異議がないとき、選考は終了となる。
取り下げ規定を提案するためには、以下の条件と手続きが必要です。
- 保留票・反対票の合計が、賛成票・条件付賛成票の合計を上回るとき。
- 取り下げの提案は、ログインユーザーが任意に行うことができる。提案者や票を投じたユーザーも、これに含まれる。
[編集] 却下について
(2006年5月1日より施行)
候補に反対票しか付かず、反対のみ3票以上集まった後、一週間経過してもそれ以外の票が付かない場合、選考終了となります。
[編集] 「批判」について
秀逸な記事に仕上がるためには厳しい批判の視点が必要です。ここで言う批判とはその記事をより良くするために行う指摘のことです。決して他人を攻撃することではありません。記事の内容に関して常に中立的な視点からコメントを行って下さい。お互いに敬意を払うことを忘れず、最低限の礼儀は守るようにして下さい。これらは建設的な議論を行うために必要なことです。
批判によって気分を害する人もいるかもしれません。しかし、その批判が意図することを冷静に受け止めて下さい。おそらくそれによってより良い記事に仕上がるはずです。こうして批判をくぐり抜けた質の高い記事が増えることで、ウィキペディア全体の質が向上することでしょう。
[編集] 関連項目
- Wikipedia:秀逸な記事の選考/準備室 - 秀逸な記事に推薦を検討している項目を一時的にリストしておく場所です。
- Wikipedia:査読依頼 - 特に選考とは関わりなく査読して欲しい場合にも依頼できます。
- Wikipedia:おすすめ記事 - 自分の主観で良いと思った記事を推薦できます。
- Wikipedia:良質な記事 - あと一歩で秀逸記事と思われる記事を選定基準に則って集めてあります。
- Wikipedia:秀逸な記事の再選考 - 秀逸な記事にふさわしくないと思う記事を再選考にかけることができます。
- Wikipedia:秀逸な画像 - 秀逸な記事の画像版。
- Wikipedia:よくある批判への回答 - 「高い品質を確保するには査読と専門家が必要なのに、ウィキペディアにはそれがない」「多くのウィキペディアの記事は質が悪いし、ピア・レビューもない。自尊心のある知識人は仲間になろうとしないだろう」といった批判に対する回答があります。
[編集] 選考中の記事
[編集] 白血病
賛成/条件付賛成/保留/反対 1/0/0/0 この項目の選考期間は、2012年5月15日 (火) 13:11 (UTC)(2012年5月15日 (火) 22:11 (JST))までです。
(ノート) 自薦です。昨年8月にGAをいただきましたが、見直しを続け、さらに査読でご指摘いただいた点も見直してみました。GAをいただいたときよりも54kほどサイズも大きくなっています。白血病は病型がたくさん有り、各病型ごとにまったく違う疾患、Damenaさんの表現を借りればラーメンとスパゲッティをひっくるめて「黄色い麺」としているようなものが白血病、なので、蕎麦やうどんとは違う「黄色い麺」の総論に加えて各論(ラーメンとスパゲッティ)を簡単にまとめてみました。 ぱたごん 2012年2月15日 (水) 13:11 (UTC)
コメント 内容が充実しており、133kbもの投稿は素晴らしく思います。秀逸な記事に選ばれても良いレベルの幅広い項目が網羅できていると思います。私のような素人がさらっと10分程度読んだだけですが、原爆の項目の所のみコメントさせていただきます。
「原子爆弾と白血病」の項目で「5-10年後に発症はピークを迎え、その後には発症率は急激に低下し通常レベルになっている」と記述されていますが、「原爆による放射線被曝による白血病とがんの発生の違い」の項目では「6-8年後がピークでその後は緩やかに発症率は下がっている」と記述されています。単に私の読みが足りないだけなのかもしれませんが、「急激に低下した」と「緩やかに低下した」では、どちらが正しい見解なのでしょうか? あと、「原爆による放射線被曝による白血病とがんの発生の違い」の項目で、「がん」と平仮名表記されていますが、冒頭で定義(?)されている「癌」と「がん」の違いを反映したものなのでしょうか?よろしければご回答宜しくお願いします。--Crown user 2012年2月16日 (木) 14:58 (UTC)
条件付賛成
賛成 非常に充実した内容で、白血病にまつわるほぼ全ての内容が網羅された記事に仕上がっているように感じますが、スタイル的な事や素人目に疑問に感じた事などがいくつかありましたので、各節毎に下記で列挙させていただきます。
済冒頭部 Wikipedia:スタイルマニュアル (導入部)によれば、「導入部(定義と概要)は記事全体の前置きであると同時に、それ自体で完結したひとつの記事であるべきです」とされています。現状では少し簡潔にすぎるように思います。
- >導入部と概要節を改めました。
- 導入部および概要節を読むことで内容を一通り概観できるような状態に改善されたことを確認しました。
- >カタカナで統一しました。
- 修正を確認しました。
済疫学 註11の内容は脚注でなく本文中に組み込んだ方がいいのではないでしょうか?世界的なデータや民族による罹患率の差、高齢者人口が多くなればその当然の帰結として白血病の罹患率も高くなるなどの話は脚注での傍論でなく、本文中の主論として解説すべき内容に思います。これらの話と、疫学節横にある世界の白血病による死亡者数を示した画像とを照らし合わせることで、先進的な治療が受けやすい欧米においてむしろ白血病の死亡者数が比較的多めな事や、アフリカや中央アジアで比較的死亡者数が少ない原因が何となく腑に落ちましたし。ただ、イラクやアフガニスタンで突出して多いのが気になったのですが、これは戦争の影響なのでしょうか?その辺りの説明はもう少しほしいように思います。
- >註11の内容は本文に組み込みました。尚、イラクで白血病が多いのは1991年の湾岸戦争で使われた劣化ウラン弾のせいではないか?というイラク人医師の推定やジャーナリストの現地レポートなどはいくらでも見つかるのですが、きちんとした研究機関による解析はまだないようです。イラクで白血病が多いのは事実ですが、そしてその原因は普通に考えておそらくは1991年の湾岸戦争の影響ですが、しかし、因果関係を証明する科学的研究はないようです。アフガニスタンについては統計自体がどの程度信頼できるものなのか不明なので(しっかりした政権すらない国なので)百科事典として言及することは控えたほうがよろしいかと思います。
- 本文中に組み込まれたことを確認しました。イラクやアフガニスタンに関しては、しっかりとした研究や統計がないという事であれば、言及を控えるという事で了解しました。
済原因 白血病が他のがんと比べて乳幼児を含む若年層にも比較的発生しやすい原因が読んでいてよくわからなかったのですが、「一段階の遺伝子異常でおこる白血病もある」事がその原因なのでしょうか?それとも各論節にあるように、小児の白血病と成人や高齢者の白血病では多く発生する白血病の種類が異なっているのが原因なのでしょうか?ちょっと今の記述ですとその点が分かりにくいですので、どのような原因で白血病は他のがんと比べて若年症にも比較的発生しやすいのかという所を分かりやすく解説するような形の方がよいように思います。また、同じ段落の1行目ではがんのメカニズムとして「何らかの異常」の部分が具体的に列挙されていますが、その下の段落の最終行の部分では「何らかの原因で修復されず」および「なんらかの理由で免れた」の所の「何らか」の部分が具体的に示されていないため、なぜ遺伝子異常が修復されないのか、なぜ免疫系に排除されないのかという「原因」が分かりません。前述のがんのメカニズムの部分のように、その原因を簡単に列挙もしくは脚注での説明があった方がよいように思います。
- >それはまだ分かっていないことです。ただし、白血病は多くの癌に比べて、大きな遺伝子変異があって、その代わりに繁華へのステップは少ないものが多い(から最初の遺伝子変異からがん化までの時間が短い)ことは研究者から示唆されています。書き加えておきました。、
- まだ解明されていないことであるという点、了解しました。
- >「何らかの原因で修復されず」の「何らか」は現代医学では不明なので「何らか」なのです。多くの血液学書が「何らかの」という表現を使っています。しかし、書き改めておきました。
- 不明である点了解しました。より詳しい機構の説明が加筆され、より理解が深まるようになったと思います。
済分類 ここまで慢性および急性を一般的な意味だと考えて読み進めてきて、ここで初めて白血病における慢性と急性の意味は一般的な意味とは異なるという説明が出てくるため少し戸惑います。この説明は急性、慢性という言葉が(冒頭部以外で)初めて出てくる概要節辺りで早めに触れておく方が読み手としては嬉しいように感じました。
- >概要節に説明を追加しました。
- 概要節で説明されている事を確認しました。
済各論 小児白血病や高齢者の白血病において、それらのグループにおいて統計的にどのような白血病が多いかということはよくわかるのですが、それらのグループのどのような要因が発生する白血病の種類の偏りを生むのかといった理由の部分がよく分かりません。ダウン症小児白血病の部分では、ダウン症児が非ダウン症児の15倍の白血病発症率を示すのはダウン症の小児では血液異常が起こりやすいからであると、その理由が示されているように、成人と小児でALLとAMLの割合が逆転する理由などの説明があった方がよいように思います。
- >各層で白血病の種類の偏りを生むのかといった理由や成人と小児でALLとAMLの割合が逆転する理由は現代医学では解き明かされていないことです。疫学的な事実は判明していてもその原因は明らかではありません。
- 現代医学では未解明であるという点、了解しました。
済原子爆弾と白血病 註27の記述の出典が明記されていません。その部分の本文記述の出典となっている放射線影響研究所・原爆被爆者における白血病リスクにはそのような記述は見当たりませんでした。
- >出典を提示しました。
- 加筆によって脚注番号がずれてしまったみたいですが、2012-02-23T11:37:13(UTC)の版で言えば註釈番号28についてです。「実際には過剰発生はこれより多いと思われる。」「過剰発生のオーダー(桁)は変わらないと考えられる。」に書かれた、思われる/考えられるというのが誰の意見なのかが分からない、ということです。註釈の付けられた本文の出典となっている放射線影響研究所・原爆被爆者における白血病リスクによれば「1950年以降の期間に限られている。」とは書かれているものの、1950年以前のデータが無いので実際の過剰発生はさらに多くなるといったことや、発症のピークは調査開始以降なので1950年以前のデータが含まれても大勢には影響しないレベルだといった事は書かれておらず、これらの註釈に書かれた意見が誰のものであるのか、その出典を明記する必要があるように思います。
- ああ、脚注がずれてトンチンカンなことしてしまいました。ごめんなさい。その部分を書いたのは前のことなので記憶が定かでないですが、おそらく註27は私の意見であって文献にあったことではないと思います。なので出典つけず、注釈にしたのでしょう。内容については論理的帰結だと思います。放射線影響研究所の正式なデータ収集は1950年から、しかし、正式なデータ収集でないにせよ地元の医師の報告から1947年から1950年にも過剰発生はあったことは確実と思われる(ここまでは出典あり)→なので「実際には過剰発生はこれより多いと思われる。」という論理構成。しかし、過剰発生の傾向から1947年から1950年の3年間の過剰発生の件数を加えても(ピークは1950年以降でしかも1950年より多い数字が3年以上続いたのだから)桁までは変わらないといういう私の論理です。しかし、削除した方が良いでしょうか?--ぱたごん 2012年2月26日 (日) 07:32 (UTC)
- 追記 脚注4^『幼若細胞に似るため芽球・・血液細胞の赤ちゃんと呼ばれる、ただし、急性白血病の病的赤ちゃん細胞は決して大人にはならず、正常な造血の邪魔をし、悪さをするだけの存在である』これも出典はないです。実は芽球という言葉はきちんと定義されているようで、使う人の立場やシチュエーションで微妙に異なるのです。その辺の微妙さ加減のことまで表立って言及しているものがないので・・これも削りますか?--ぱたごん 2012年2月26日 (日) 09:01 (UTC)
- 加筆によって脚注番号がずれてしまったみたいですが、2012-02-23T11:37:13(UTC)の版で言えば註釈番号28についてです。「実際には過剰発生はこれより多いと思われる。」「過剰発生のオーダー(桁)は変わらないと考えられる。」に書かれた、思われる/考えられるというのが誰の意見なのかが分からない、ということです。註釈の付けられた本文の出典となっている放射線影響研究所・原爆被爆者における白血病リスクによれば「1950年以降の期間に限られている。」とは書かれているものの、1950年以前のデータが無いので実際の過剰発生はさらに多くなるといったことや、発症のピークは調査開始以降なので1950年以前のデータが含まれても大勢には影響しないレベルだといった事は書かれておらず、これらの註釈に書かれた意見が誰のものであるのか、その出典を明記する必要があるように思います。
済日本における白血病患者に対する支援 日本においての支援活動については分かりやすくまとまっているのですが、世界における支援活動などに全く触れられていないため、日本の支援状況が国際的にみてどの程度の充実度であるのかなどが気になります。例えばちょっと調べたところでも、2004年の段階で骨髄バンク登録者数世界一はアメリカで約400万人の登録者がいて日本は25万人に過ぎない(骨髄移植推進財団による骨髄バンクQ&A)といったことが出てきます。また、国際的活動としてオレンジリボンを白血病のシンボルとした啓蒙活動(アウェアネス・リボン)なども行われているようですし、もう少し世界視点での白血病患者に対する支援活動に触れたほうがよいように思います。
- >世界各国の医療事情を国別に書くわけにも行かないし、調べようもないですが、国際協力について書き加えました。オレンジリボンというものは一般には児童虐待防止に関するもの、白血病のアウェアネス・リボンとしてのオレンジリボンはググると少しばかりでてきますが、その実体を確認することは出来ません。一部でそういう活動が行われているのかもしれませんが、「白血病」記事に特記するほどの活動実体があるとは思えません。
- 国際協力について加筆されていることを確認しました。オレンジリボン活動は特記するほどの活動でないという点、了解しました。
済脚注 出典節、脚注番号4, 27, 55の外部リンクがリンク切れです。また、脚注番号54, 63, 153において、それぞれ裸のurlが見えているのでtitle等入れたほうがいいのではないでしょうか。
- >リンク切れは解消しました
- リンク切れが解消していることを確認しました。
- >除去しました。
- スタブテンプレートの除去を確認しました。
- 以上、専門的な事は分からない素人目から見て気になった点をこまごまと述べましたが、よろしくお願いします。--重陽 2012年2月17日 (金) 14:41 (UTC)
ご苦労様です。重陽さんと異なり、眺めただけの印象ですが、段落(節)「分類」と「各論」の関係が、実は査読依頼の段階で目にしたときから気になっています(色々あって書きそびれてきたもので)。「分類」は「急性」「慢性」などで区分されていますが、「各論」は小児白血病などがたてられていますが、記事の印象からは患者の属性だけで区分されたものではないようで、主にどういう観点から区分・記述されているのかが、素人目には率直なところわかりづらいものがあります。--GDSTCB 2012年2月18日 (土) 12:26 (UTC)
保留- 要は縦割り、横割りなのです。インフルエンザでもA型インフルエンザとかB型インフルエンザと分けます。白血病で言えば慢性・急性・骨髄性・リンパ性の違いです。また小児がインフルエンザにかかったとき(小児は抗体を持っていないが、代わりに適応力がある)と老人がインフルエンザにかかったとき(老人は抗体を沢山の種類持っているが、代わりに適応力に乏しい)は違います。これは白血病記事で小児白血病と高齢者白血病のの説明の違いみたいなものです。布地に例えれば、縦糸の説明、横糸の説明、模様の説明(ATLとか系統不明な白血病とか)糸の材質の説明、染色剤の違いの説明のようなものです。基本的には医学会の分類に沿っています。--ぱたごん 2012年2月18日 (土) 12:47 (UTC)
- ご指示が明確でないので逆にGDSTCBさんに問いたいのですが、小児白血病と高齢者白血病の節を「年齢の違いによる白血病」節、それ以外の白血病の特異な病型の説明を「各論」にすればよろしいですか?利用者:ぱたごん/下書きで試しに組み替えてますが、ご覧いただけたら幸いです--ぱたごん 2012年2月19日 (日) 02:49 (UTC)
- 要は縦割り、横割りなのです。インフルエンザでもA型インフルエンザとかB型インフルエンザと分けます。白血病で言えば慢性・急性・骨髄性・リンパ性の違いです。また小児がインフルエンザにかかったとき(小児は抗体を持っていないが、代わりに適応力がある)と老人がインフルエンザにかかったとき(老人は抗体を沢山の種類持っているが、代わりに適応力に乏しい)は違います。これは白血病記事で小児白血病と高齢者白血病のの説明の違いみたいなものです。布地に例えれば、縦糸の説明、横糸の説明、模様の説明(ATLとか系統不明な白血病とか)糸の材質の説明、染色剤の違いの説明のようなものです。基本的には医学会の分類に沿っています。--ぱたごん 2012年2月18日 (土) 12:47 (UTC)
現状の記事を読んだ印象、ぱたごんさんの上記ご説明などから、ぱたごんさんご提示のようなイメージなのかな、と思います。記事に反映されたら、確認の上「保留」を外すことを検討したいところです。--GDSTCB 2012年2月19日 (日) 05:21 (UTC)
[編集] 八幡市立男山中学校
賛成/条件付賛成/保留/反対 0/0/0/1 この項目の選考期間は、2012年5月10日 (木) 00:35 (UTC)(2012年5月11日 (木) 09:35 (JST))までです。
(ノート) 《推薦理由》京都府八幡市に位置する中学校の記事ですが、記事の内容を見てみると、学校の沿革から学校で起こった事件などが(詳しくない読者にもその主題について理解できるようにわかりやすいように)詳細に書かれており、かつ参考文献や出典の記述も充実しており、しかも構成がしっかりしていて完成度が高い記事であることから秀逸記事の目安に達したと考え選考にかけました。よろしくお願いします。--イエローアイス 2012年2月10日 (金) 00:35 (UTC)
コメント 学校に関する記事として、細かく掘り下げられながら比較的平易に編集されています。個人的にも興味を持って読ませていただきました。しかしながら、ウィキペディア日本語版の記事の中でもとりわけ高品質な秀逸な記事の水準に達しているとまでは、現時点ではいえないと私は考えます。下記に検討されるべき点を列挙します。
- 表記ガイドの遵守について。文中に多用されている「丸数字」、「波ダッシュ」、「時刻の12時間表記」は、表記ガイドにて推奨されているものではありません。あえて非推奨表記をなす必要があるでしょうか。
- #夜間中学校項において。
-
- 「(八幡区青少年補習学院における)教材や出席優秀者に対する賞品を出す経費は後援会員の寄付でまかなわれた。」とあります。後援会とは何か、また後援会員はどのような方がなったのか(「多数の長期欠席者を見かねた同和地区の有志と八幡小学校の教諭ら」という理解でよいか)、それぞれ詳しい説明をお願いしたく思います。といいますのも、開校当初は30人ほどの参加者であったものの、4か月後には200人を超えたとされています。相当な寄付金収入がないと運営は困難ではないでしょうか。
- 「1959年5月15日から特設学級として、長期欠席者42名を対象に二部授業(夜間中学校)が開設され…法的には認められないながらも、八幡町教育委員会の全面的な協力もあり」とあります。法的根拠なく設けられた特設学級に、町教委が具体的にどのような協力を行ったのでしょう。
- 「(1963年に京都府南労基署の一斉立ち入り検査で、15歳未満であった同校生徒4人が解雇された後)夜間中学生達が働いていることを教員に隠そうとするようになるなど学校への不信感が強まった」について、「当局の対応に対して非難の声が寄せられた」のは理解できる一方で、なぜ学校への不信感が強まったのか、いまいち分かりません。また、この部分の出典がないのも気にかかります。
- 「一定の成果を上げた夜間中学校であったが「法に無い学校」としての弊害も大きく、学習効率も悪かったため、…廃止となり」とあります。どのように学習効率が悪かったのでしょうか。学習効率が見込まれたなら、法的根拠なくとも存続したのでしょうか。
- 「補習科廃止後も、学力底辺層に対する同和教育の一環として、男山中学校への教員の加配や補習活動は続けられることとなる。」この情報の主語(誰によって)と出典情報は、当校の大きな特徴になるため、特に明確に付されるべきだと思います。
- #人口急増期項において、「男山第二中学校の分離により、男山中学校の生徒数が605人(19学級)へと約200人減少し」とあります。「新たに造成された男山団地だけでなく、それまで男山中学校の通学区域であった有智郷小学校、都々城小学校も男山第二中学校の校区に編入され」たにもかかわらず、生徒数はわずか4分の1減少したに過ぎない、という理解でよろしいでしょうか。
- #平成以降項において、「昼食サポート制度」という語があります。これは、完全給食が実施されていない八幡市立中学校において、「成長期にある生徒たちが、正しい食事を取ることは、大変重要である」という観点から、家庭から弁当を持参しない生徒が、400円の自己負担により業者弁当を注文できるというシステムのようです(八幡市議会議員 長村善平 - 2008年12月09日)。このような情報は注釈にほしいところです。
- #極楽寺事件項が、当記事の一項目として設けられる必要があるか、特に検討すべきでしょう。歴史的な事件ですが、現在の同校には関係ない事柄です。従って、この記述は全面削除するか、どうしても必要なら分離独立させた方がいいと私は感じます。併せて、良質な記事の選考/八幡市立男山中学校_20120123で指摘されている通り、重要な内容であるにもかかわらずこの部分の出典が不足しています。
- #注釈項にて、記事の理解を助ける説明が付加されています。しかし、ほとんどここにも出典情報がついていません。
- --もかめーる 2012年2月10日 (金) 05:08 (UTC)
コメントメイン執筆者です。推薦していただくのは嬉しいのですが、反対です(執筆者なので、中立的な「コメント」という立場で回答します)。もかめーるさんがおっしゃる通り、先日GAに他薦され落選いたしました。賛否がつかなかったためですが、「極楽寺事件に出典が無い」という1件のコメントが寄せられました。全くその通りだと思います。出典以前にプロジェクトで「学校に関する事件は死者が出たぐらいの特筆すべき物しか書かない」(?)というような方針が決められていますが、その方針を満たしていない可能性があります。単一の出典に依存しているので現在新聞などの文献を探している最中なのですが、見つからなければ削除する予定です。また、年表などで過剰に詳細な記述がなされているおそれがあるので、削減を検討中です。他にも出典が少ないなど不備は多数あり、数年後にGAへ選ばれれば良いとの心づもりでいたので、現時点では時期尚早だと思います。
- 夜間中学校でご指摘の1つ目と2つ目の項目は文献でも記述されておらず、これ以上深く追求するのは難しいと思われます。(運営は無償・無給です。)
- 夜間中学校の「学習効率が悪かった」の意味は高等学校の定時制と同様です。昼間行われている授業を夜間の数時間で全て行うことが不可能であるのは自明で、極めて非効率です。私の独自研究になってしまいますが、働いた後の勉強も効率的とは言えないと思います。分かりづらかったようで、文献を再調査して記述を見直します。
- 「男山第二中学校開校で生徒数が4分の1減少したに過ぎない」とのことですが、結果的に新築移転を1983年にまで遅らせることができました。1981年には1970年代の小学校建設ラッシュが一段落しているので、財政的な負担軽減の効果は大きかったと思います。特に校区変更のみで乗り切れる方策は魅力的だったはずです(←そういった文献がもし見つかれば記述していきたいと思います。)
- 昼食サポート制度についてですが、12日に行われる予定の市長選でも給食導入が話題になっているようなので、新聞記事を元に記述を追加する予定です。表記ガイドが守れていない点ですが、気付いた方が修正していけば良いと思います。--Crown user 2012年2月10日 (金) 11:09 (UTC)
反対 基本的な理由は上記お二方と同じです。GAの選考でも言いましたが、極楽寺事件に出典がありませんし、その他にも出典がない部分が多いです。秀逸な記事の基準を現状では満たしてないと思います。--Fumon1987a 2012年2月15日 (水) 10:00 (UTC)
コメント 学校記事の中ではもっとも優秀な記事だと思います。こういう読み応えのある良記事を提供して下さったCrown userさんには感謝いたします。しかし、Crown userさんご自身言われているように一部に出典がない記事、「極楽寺事件」はこの主題の肝要な記述そして「極楽寺事件」があるからこそ際立つ主題です。基本的には現在でも読み応えのある良記事なので、出典を付与しCrown userさんご自身が満足される出来になったら当然にGAは通過する記事になることでしょう。今日現在の記事でも「極楽寺事件」の部分に出典を付与さえすればわたしとしてはGAに推薦しても良いとおもっています。--ぱたごん 2012年2月16日 (木) 11:01 (UTC)
[編集] 横須賀海軍施設ドック
賛成/条件付賛成/保留/反対 5/0/0/0 この項目は選考基準の賛成のみ3票以上を満たしています。2012年3月12日 (月) 13:57 (UTC) (2012年3月12日 (月) 22:57 (JST))までに異論がなければ、この項目は秀逸な記事となります。
(ノート) 《推薦理由》記事全体として土木関係の記述が多く、歴史面では幕末から明治にかけてのウエイトが大きく、またこれまでほとんど関わっていなかった軍事関連の記述も多いという、私としては本来あまり得意な分野の記事ではないのですが、これまでにほぼ現在入手できる資料を用いてまとめましたので、主執筆者として秀逸な記事選考にかけたいと思います。 どうかよろしくお願い致します。のりまき 2012年2月5日 (日) 10:20 (UTC)
賛成 この記事ではたくさんの文献が使われていますが、その中でも主要な文献
- 東京大学生産技術研究所「横須賀市文化財調査報告書第17集」『米海軍横須賀基地内洋風建造物調査報告書』横須賀市教育委員会、1988年
- 寺谷武明「近代日本の造船と海軍」成山堂書店、1996年 ISBN 4-425-30131-5
- 横須賀市『新横須賀市史、別編文化遺産』、横須賀市、2009年
- 横須賀市『新横須賀市史、通史編・近世』、横須賀市、2011年
- の4冊を国会図書館で実際に読んで脚注の一つ一つ一文一文を査読いたしました。記事と参考文献の間に齟齬はなく、また資料のまとめ方もケチのつけようのない見事なものでした。はっきり言って参考文献とこの記事を見比べながら執筆者としてののりまきさんの力量に脱帽いたしました。ドックという一般人の生活の中では目にすることのない施設で、船を作ったり修理したりするところだろうとは知っていてもそれ以上のことはなかなか分からないものです。しかし、のりまきさんのこの記事でドックの構造や諸条件が事細かに理解でき、さらに日本の海運や海軍の歴史を土木施設の面から見ることが出きます。極めて秀逸な記事だと思います。--ぱたごん 2012年2月5日 (日) 11:32 (UTC)
賛成 とても優れた記事だと思います。これらのドックが建設されはじめた経緯から、戦艦等の大型化に対応するため、徐々に規模の大きなドックが建造されていくあたりは、開国から第二次大戦へと突き進んで行った日本の近代史と重なり、建築土木の観点からも当時の社会情勢を伺うことが出来るのかと、非常に興味深く読むことが出来ました。参考文献、出典も脚注でしっかり付けられていますし、記事の内容を理解、イメージするのに有益な画像も豊富です。全体の構成も可読性に優れ申し分ありません。--さかおり 2012年2月6日 (月) 14:51 (UTC)
コメント査読依頼の方で、各ドックでの代表的な建造・修理艦艇を挙げて欲しいと依頼したのですが、結局挙げない方が良い、あるいは資料が無いと判断されたのでしょうか。三号ドックは雑艦艇だと査読依頼の方に返答を貰いましたが、他は特に記事の修正も行われていないようです。--Tam0031 2012年2月17日 (金) 17:21 (UTC)
- Tam0031さん、いつも丁寧に読んでいただきどうもありがとうございます。この部分は私としても一番気になっている箇所の一つで、査読依頼の際も書きましたが、『新横須賀市史、別編文化遺産』に記述はあるのですが、内容的にやや疑問があります。横須賀海軍工廠が発行した『横須賀海軍工廠史』には、各ドックに入渠した艦船リストが年度ごとに記載(昭和8年以降の分のリストは無いのですが…)されていますので、これを当たれば書けるには書けるのですが、一次資料である横須賀海軍工廠史の内容をまとめて書くのが良いことなのかどうか判断がつかず、今年度発行予定の『新横須賀市史、別編軍事』での記述も参考にして、最終記載方法を決めてから載せようと思っておりました。ご意見を頂いたように各ドックの修理艦艇については私も載せるべきと考えておりますので、とりあえず『新横須賀市史、別編文化遺産』の記述を書くか、または一次資料の『横須賀海軍工廠史』記載のリストから書くか、または『新横須賀市史、別編軍事』の発行を待って記載を行なうか、ご意見を伺えればと思います。--のりまき 2012年2月18日 (土) 00:05 (UTC)
- この場合だと、『横須賀海軍工廠史』は一次資料ではなく二次資料になるのではないでしょうか。艦船の建造や修理を行う際に直接記録した資料が一次資料で、それを基にまとめて出版した『横須賀海軍工廠史』は二次資料の気がします。単なる一覧表にまとめてあるだけなら、「他の情報源から取得した情報やデータの概括、分析、総合、解釈、評価を行うもの」にならないのかもしれませんが…。また、Wikipedia:信頼できる情報源#情報源を見ても、Wikipedia:独自研究は載せない#一次資料と二次資料を見ても、一次資料をまったく使うなと言っているのではなく、注意して扱うべきとしているので、単純な事実関係を示す(ここでは建造・修理艦艇の例を挙げる)ためならば一次資料であったとしても問題ないのではないでしょうか。『新横須賀市史、別編軍事』を待ってもよいですが、『横須賀海軍工廠史』を基に記述してもそれで構わないと私は思います。--Tam0031 2012年2月18日 (土) 05:02 (UTC)
- 横から失礼致します。この件に関しては私もTam0031さんと同じ意見です。『横須賀海軍工廠史』が一次資料なのか二次資料なのか難しいところではありますが、年度ごとの入渠した艦船リストを記事に記載する出典に使用する目的であれば、それほど一次資料二次資料の違いに神経を使わなくても良いのではないでしょうか。一般論ですが一次資料を慎重に扱うべきものは存命人物や営利団体などに対してであって、個別の近代建築史の出典に使うのであれば問題は無いと思いますし、今年度発行予定の『新横須賀市史、別編軍事』など新たな出典はは随時追加していけば良いと思います。--さかおり 2012年2月18日 (土) 06:09 (UTC)
- ご意見どうもありがとうございます。とりあえず私の手元に、戦前に発行された横須賀海軍工廠史の中で大正7年から昭和7年についての各ドック入渠船舶リストと、戦後にまとめられた昭和8年から12年にかけての入渠船舶の種類別表(昭和13年以降は資料なし)があります。『新横須賀市史、別編文化遺産』の記述も参考にしながら記述をしたいと思いますので、今しばらくお待ちいただければと思います。--のりまき 2012年2月19日 (日) 09:37 (UTC)
- 『横須賀海軍工廠史』を更に調べ、とりあえず明治41年から昭和7年まで1号から5号ドックに入渠した艦船のリストを入手できました。これから記載内容を検討し、加筆を行ないます。--のりまき 2012年2月25日 (土) 09:32 (UTC)
- ご意見どうもありがとうございます。とりあえず私の手元に、戦前に発行された横須賀海軍工廠史の中で大正7年から昭和7年についての各ドック入渠船舶リストと、戦後にまとめられた昭和8年から12年にかけての入渠船舶の種類別表(昭和13年以降は資料なし)があります。『新横須賀市史、別編文化遺産』の記述も参考にしながら記述をしたいと思いますので、今しばらくお待ちいただければと思います。--のりまき 2012年2月19日 (日) 09:37 (UTC)
- 横から失礼致します。この件に関しては私もTam0031さんと同じ意見です。『横須賀海軍工廠史』が一次資料なのか二次資料なのか難しいところではありますが、年度ごとの入渠した艦船リストを記事に記載する出典に使用する目的であれば、それほど一次資料二次資料の違いに神経を使わなくても良いのではないでしょうか。一般論ですが一次資料を慎重に扱うべきものは存命人物や営利団体などに対してであって、個別の近代建築史の出典に使うのであれば問題は無いと思いますし、今年度発行予定の『新横須賀市史、別編軍事』など新たな出典はは随時追加していけば良いと思います。--さかおり 2012年2月18日 (土) 06:09 (UTC)
- この場合だと、『横須賀海軍工廠史』は一次資料ではなく二次資料になるのではないでしょうか。艦船の建造や修理を行う際に直接記録した資料が一次資料で、それを基にまとめて出版した『横須賀海軍工廠史』は二次資料の気がします。単なる一覧表にまとめてあるだけなら、「他の情報源から取得した情報やデータの概括、分析、総合、解釈、評価を行うもの」にならないのかもしれませんが…。また、Wikipedia:信頼できる情報源#情報源を見ても、Wikipedia:独自研究は載せない#一次資料と二次資料を見ても、一次資料をまったく使うなと言っているのではなく、注意して扱うべきとしているので、単純な事実関係を示す(ここでは建造・修理艦艇の例を挙げる)ためならば一次資料であったとしても問題ないのではないでしょうか。『新横須賀市史、別編軍事』を待ってもよいですが、『横須賀海軍工廠史』を基に記述してもそれで構わないと私は思います。--Tam0031 2012年2月18日 (土) 05:02 (UTC)
- Tam0031さん、いつも丁寧に読んでいただきどうもありがとうございます。この部分は私としても一番気になっている箇所の一つで、査読依頼の際も書きましたが、『新横須賀市史、別編文化遺産』に記述はあるのですが、内容的にやや疑問があります。横須賀海軍工廠が発行した『横須賀海軍工廠史』には、各ドックに入渠した艦船リストが年度ごとに記載(昭和8年以降の分のリストは無いのですが…)されていますので、これを当たれば書けるには書けるのですが、一次資料である横須賀海軍工廠史の内容をまとめて書くのが良いことなのかどうか判断がつかず、今年度発行予定の『新横須賀市史、別編軍事』での記述も参考にして、最終記載方法を決めてから載せようと思っておりました。ご意見を頂いたように各ドックの修理艦艇については私も載せるべきと考えておりますので、とりあえず『新横須賀市史、別編文化遺産』の記述を書くか、または一次資料の『横須賀海軍工廠史』記載のリストから書くか、または『新横須賀市史、別編軍事』の発行を待って記載を行なうか、ご意見を伺えればと思います。--のりまき 2012年2月18日 (土) 00:05 (UTC)
インデント戻します。手元の資料で各ドック入渠可能艦船について加筆いたしました。いかがでしょうか?--のりまき 2012年2月25日 (土) 22:01 (UTC)
賛成 ありがとうございます。表組されて各ドックの諸元が大変見やすくなりました。大和や武蔵が横須賀で入渠したことがあるというのは目からうろこでした。また注釈で示されている、ドックでの建造は信濃だけというのも驚きました。現在の建造ドック全盛の時代に慣れているからか、溶接を全面適用したことで有名な大鯨や、関東大震災で破損して空母への改造が取りやめになった天城などは、ドックで建造されたと思い込んでいましたけど、船台建造だということなんですね。--Tam0031 2012年2月26日 (日) 06:44 (UTC)
- Tam0031さん、どうもありがとうございます。表組についてはそのような作業が不慣れな私ではなく、氷鷺さんがやっていただいたようです。この場を借りてお礼申し上げます。あと昭和13年以降は入渠艦船の記録が全く残っておらず、大和と武蔵は横須賀で入渠しているかどうか確実なことは言えません。表組の題に「入渠可能艦船」と書き、各ドックに各資料から確認できる入渠可能な最大規模の艦船を記述する旨を脚注に記しましたが、わかりにくかったでしょうか?もし読者に誤解を与えるようならば大和、武蔵、あと4号ドックの飛龍は省きたいと思います。あと確かに横須賀ではドックでの建造は信濃のみで後は全て船台建造です。これは資料から確認できます。--のりまき 2012年2月26日 (日) 08:25 (UTC)
既に他の方が多く述べられているので重複は避けたいと思いますが、多くの資料を駆使して丹念に記載されているこの記事は全く以って驚嘆に値するものであり、最早のりまきさんの執筆力には脱帽と申す他はありません。歴史について江戸時代から現在まで詳細かつ分かり易い内容は、私も土木(河川・ダム)分野を書く者として大変参考となりました。
条件付賛成
- ここで一点注文というにはおこがましいのですが、これだけの先鋭的かつ大規模なドックは恐らく当該施設が特に建造当時から戦中に至るまでは日本随一と考えますが(港湾関係には疎いので間違っているかもしれません)、このドック建造が日本の港湾建設に与えた影響について、分かる範囲で加筆いただければさらに内容の濃いものとなるのではないかと考えました。私はダム記事を主体に記載してますが、例えば佐久間ダムは以降の日本土木技術・ダム建設技術に多大な影響を与えました。ですから当該施設もその後の日本港湾建設技術に何らかの影響を与えたような気がしてなりません。歴史については十分過ぎるほど満たされているので、後世土木技術に与えた影響が是非知りたく、失礼とは存じますが条件付賛成とさせて頂きました。--河川一等兵 2012年2月27日 (月) 11:16 (UTC)
- いつも河川やダム関連の素晴らしい記事を拝読させていただいています、河川一等兵さんに高く評価していただき光栄です。ただご希望の後世の港湾建設についての影響については、私が見た限りあまり資料になかったような印象ですが、改めて資料を読み直し、加筆を検討してみたいと思います。--のりまき 2012年2月27日 (月) 13:19 (UTC)
- お褒めに預かり恐縮です。件のことについては恐らく資料的に厳しいものと推察いたします(これだけ緻密に書かれているので・・・)。ですから資料があればで結構です。心象としては限りなく賛成に近い「条件付賛成」なのですが、河川・ダム関連の記事を書いておりますとどうしても後世の評価というか影響について避けて通れない部分がありまして、ダム以外の大規模土木施設はどうなのかという知的好奇心からお願いした次第です。資料が有れば是非加筆をお願いします。--河川一等兵 2012年2月27日 (月) 15:45 (UTC)
- (追記)本記事と横須賀海軍工廠の記事を見て、ふと思ったのですが横須賀海軍施設ドックと横須賀海軍工廠は戦後はともかくとして終戦までは不可分の関係ではなかったのではないかと素人目には感じました。ドックの歴史は即ち工廠の歴史でもあるかと・・・。従って横須賀海軍工廠の記事と本記事を統合して記事名を「横須賀海軍工廠」とし、戦後の内容などを再構築すれば、歴史のみならず港湾・船舶技術や各方面に与えた影響などをより加筆し易くなるのではないかと思いました。というのは相模ダムを始めとする相模川河水統制事業はドックを拡張する横須賀海軍工廠への電力・水道供給を目的に開始されたもので、ダム建設に反対する住民に対して陸海軍が圧力を掛けたという事実がありまして、間接的に県民に影響を与えております。本来の選考内容とは隔絶した提案ですので勿論今回の選考には関係しませんが、今後本記事をさらに充実させる一つの拙い提案としてお気に留めて頂ければ幸いですし、内容の充実に私も別角度からご協力できます。--河川一等兵 2012年2月28日 (火) 15:48 (UTC)
- とりあえず影響項を新設し、現状わかる範囲の内容を記載いたしました。また横須賀海軍工廠と統合させ記事内容の更なる充実を図るというご提案について、どのようにお返事すればよいかずっと考えておりました。おっしゃるように1号から6号までの各ドックは横須賀海軍工廠と密接な繋がりがありますが、横須賀海軍工廠の前身である横須賀造船所、そして現在の米海軍艦船修理廠(SRF)とも切っても切り離せない密接な関係があります。私としては当記事でドライドックを通して幕末の横須賀造船所から現在の米海軍艦船修理廠に至るまでの歴史を俯瞰するというもくろみがあったので、皆さんの評価を大変嬉しく感じていたのですが、現状では横須賀造船所、横須賀海軍工廠の記事ともにやや寂しい内容であるのは否めず、米海軍艦船修理廠の記事に至ってははまだ未作成です。以前私は九条塚古墳と内裏塚古墳群で同じような指摘を受けたことがあり、やはり本記事となる横須賀造船所、横須賀海軍工廠の記事充実も考えていくべきではないかと考えました。
- いつも河川やダム関連の素晴らしい記事を拝読させていただいています、河川一等兵さんに高く評価していただき光栄です。ただご希望の後世の港湾建設についての影響については、私が見た限りあまり資料になかったような印象ですが、改めて資料を読み直し、加筆を検討してみたいと思います。--のりまき 2012年2月27日 (月) 13:19 (UTC)
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- そこまで考えたところで、いったいどのような記事構成とすればよいかについて悩みました。横須賀造船所、横須賀海軍工廠、米海軍艦船修理廠は私が見る限り施設としての継続性が高く、思い切って同一記事として技術史、軍事史、労働史等、様々な視点からの歴史の流れをメインとして記述していくというやり方が良いような気もしますが、そうするとあまりに大きな記事となって見通しが悪くなる可能性も高いです。また扱う分野もぐっと広くなるので果たして私の手が廻るかどうか…正直不安も多いのですが、横須賀海軍施設ドックよりも更に色々な面から歴史を考えることが出来る良い機会であり、やはりどうしても歴史好きの血が騒ぐ上に、もし河川一等兵さんのご協力を頂けるとすれば本当に有難いことだと思い、まずは試作をしていこうかと考えましたがいかがでしょうか?--のりまき(会話) 2012年3月4日 (日) 05:26 (UTC)
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- 横須賀海軍工廠への統合提案ですが、ご検討頂き恐縮です。海軍工廠と相模ダムの件ですが、ドック拡充に伴う海軍工廠への相模ダムの利用は戦時体制下の河川行政のみならず住民への軍部の圧力という社会問題のほか、背景に日本発送電などの電気事業国有化政策や国家総動員法などが関係するなど奥が深く、河川事業史・電気事業史・神奈川県史・戦前政治史といったものが関連しているようです。ただ、統合作業はのりまきさんが仰られるように「大仕事」になると思いますので、私としてはまず本記事の秀逸選考通過を行った上で今後のことを図ってゆくのが混乱も無く良いと考えます。その上で軍事面に精通する執筆者の方などにもご協力を頂きながら、記事内容を練って行くというのは如何でしょうか。大きな記事に対する懸念についてですが、本記事で技術史・軍事史は相当程度網羅されていると思いますし、私も利根川で悩みましたが結局興味のある人は記事全体を読むのではなく、興味のある節を見るでしょうから、そこまで懸念する必要性も余りないように思います。今後「横須賀海軍工廠記事拡充プロジェクト」として、でき得る限りのご協力をさせて頂く所存です。Wikipediaの理想たる「多くの人が関与して一つの記事を作り上げる」という趣旨にも合致するのではないでしょうか。--河川一等兵(会話) 2012年3月4日 (日) 14:37 (UTC)
- (追記)すみません。「横須賀海軍工廠」ではなくて関連施設全てを統合という意味でしたね。失礼しました。従って「横須賀海軍施設関連記事拡充プロジェクト」と修正させていただきます。勿論(仮)です。しかし名前長いな・・・。--河川一等兵(会話) 2012年3月4日 (日) 14:45 (UTC)
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素晴らしい記事であるのはもはや私などが言うまでもないのですが、気になった点をいくつか。
条件付賛成- 全体的に時系列にしたがって記述されており、「横須賀海軍施設ドックの歴史」とも言うべき内容となっています。それが記事名であればいいのですが、ドックの記事であるからには、それぞれのドック「個別」の記述がもう少し必要だと思います。大きさの数値だけでなく、どういう付属施設があるとか。そして、全部で6つのドックがあるわけですが、これがどのように使われるのか、という記述があまりありません。単純に艦船の大きさだけで使い分けるのか、各ドックの役割や機能、分担、もしあれば連携など。実際に船を入れる段階でもそれぞれ何かしら書くことがあるように思います。
- 概要の節では、(いずれも詳細が後述されているためか)出典が省略されているようですが、こちらにも(主要なところだけでも)出典をお願いします。
- すぐ上でもご指摘がありますが、このドックが港湾建設や海軍のあり方に与えた影響や意義について、詳しく言及があると良いかと思います。あとは…、研究や保存について、一般公開などの情報、もしあれば映画などでのロケでの利用、そういった方面からの情報もあった方が良いです。
- よろしくお願いします。--氷鷺 2012年2月27日 (月) 17:19 (UTC)
- 氷鷺さんが現在の基準でのFA記事を何本お書きになったのか知りませんが、氷鷺さんのご要求はあまりにも過剰要求だと思いますね。全部で6つのドックがあるわけですが、これがどのように使われるのかは、全体の記事で歴史的には主に軍艦の修理(海軍施設、アメリカ軍施設ですからね)そしてデータ節には「船舶の種類は多種多様で、横須賀海軍工廠会(1998)によれば、特に最小の3号ドックは雑役船の入渠が極めて多い。」と書いてあるではないですか。それぞれのドック「個別」の記述がこれほど詳しく書いてあって、なおも要求するのですか?書いてあるのに、まだまだ書くべきことがあるというなら何を書くべきなのか具体的な指示が必要です。「一般公開などの情報くらいがあればいいなぁ」というくらいならばまだしも、参考文献が容易にみつかりそうなものかどうかの見極めもせずに要求していませんか?要求するのならば、むしろ私が「地方病」で行ったような改名要求ではないでしょうか?記事名についてはのりまきさんご自身迷われたような経緯もありますので。--ぱたごん 2012年2月28日 (火) 09:15 (UTC)
- 5年半も居て未だにFAを書いていないという点については、批判されても仕方ないことです(場所を考えたらどうかとは思いますが)。しかし、それ以外については見当違いなことばかりですし、そもそも、ぱたごんさんが私にどう言ったところで仕方がありません。私が「それが記事名であればいいのですが」と書いたのを見て勘違いされたのなら申し訳ないのですが、改名すれば済む話でもないかと。--氷鷺 2012年2月28日 (火) 13:36 (UTC)
- 氷鷺さんが現在の基準でのFA記事を何本お書きになったのか知りませんが、氷鷺さんのご要求はあまりにも過剰要求だと思いますね。全部で6つのドックがあるわけですが、これがどのように使われるのかは、全体の記事で歴史的には主に軍艦の修理(海軍施設、アメリカ軍施設ですからね)そしてデータ節には「船舶の種類は多種多様で、横須賀海軍工廠会(1998)によれば、特に最小の3号ドックは雑役船の入渠が極めて多い。」と書いてあるではないですか。それぞれのドック「個別」の記述がこれほど詳しく書いてあって、なおも要求するのですか?書いてあるのに、まだまだ書くべきことがあるというなら何を書くべきなのか具体的な指示が必要です。「一般公開などの情報くらいがあればいいなぁ」というくらいならばまだしも、参考文献が容易にみつかりそうなものかどうかの見極めもせずに要求していませんか?要求するのならば、むしろ私が「地方病」で行ったような改名要求ではないでしょうか?記事名についてはのりまきさんご自身迷われたような経緯もありますので。--ぱたごん 2012年2月28日 (火) 09:15 (UTC)
インデント戻します。まずは私が不慣れな表組みを行っていただき、どうもありがとうございました。少々お返事が遅れまして失礼いたしました。ドックの付帯設備については正直ポンプ室の記述くらいしか見つけられませんでしたが、とりあえず加筆いたしました。ドックの果たした土木史的、建築史的、そして海軍史的な役割については、新たに3号ドックの建設が日本におけるポルトランドセメント製造のきっかけになったという資料を見出しましたので、各文献に書かれていた横須賀海軍施設ドックの意義とともに、影響節を新設して加筆してみました。
ところで各ドックの使われ方なのですが、これは6号ドックが用いられるようになったのが基本的に戦後となるため、各ドックの役割分担や機能について等、どうしても現状のアメリカ海軍(現状では第七艦隊)での利用方法についての記述がメインになってしまうと考えます。私もこのあたりは非常に気になって資料を探しているのですが、これまでのところ横須賀海軍施設ドックの使用方法について研究された文献が見出せていません。やはり横須賀海軍施設ドックは現役バリバリの軍事施設なので、どうしても資料入手に限界が出てきてしまうのかと思います。私が入手した情報では、米海軍艦船修理廠(SRF)に「錨」という機関紙があるそうで、それを入手すればある程度書けるかもしれないのですが、地元の横須賀市図書館にはありませんし、どうやら横須賀海軍施設内で調査をかけるしか案が浮かびません。もし入手できても英語が不得手かつドックなどの技術面は素人同様の私が読みこなせるのかという高いハードルが待っていますが(苦笑)、読むことすら出来なければ話も始まりません。どこまで可能なのかわかりませんが、私なりに興味が出てきた分野ですので時間をかけて取り組みたいと思います。
なお研究については記事内で紹介したものが現状では多分ほとんど全てかと思います。また現役軍事施設なので一般人は通常立ち入りができません。年に4回ほど横須賀市観光協会が行う歴史ツアーに参加申し込みをして抽選に当たれば、使用中ではないドックの見学はさせてもらえるようです(私事ですが私はこれまで抽選に落ち続けています)。あとは月に数日、エスコートディと申しまして、基地内で働く友人、知人の付き添いのもと、事前申し込みを行って基地に入れる日があります。私はその制度を利用して基地内に入り、友人に各ドックを案内してもらったのですが、6号ドックは使用中であったため写真が撮れなかったのです。その辺の事情は私としては書くまでも無い(書けといわれても正直参考文献に苦労しそうです…)と判断したのですがいかがでしょうか?
まあ、正直あれも難しい、これも難しいという話で申しわけないと思っています。特に現状のドック利用については私としても是非書きたいと考えている内容なので、現在横須賀海軍施設ドックを運用しているSRFのモットーは「Nan Demo Dekimasu、 We can do anything」だそうで(笑)、それに倣って頑張ってみたいと思っています。--のりまき(会話) 2012年3月4日 (日) 04:59 (UTC)一部追記--のりまき(会話) 2012年3月4日 (日) 05:26 (UTC)一