福盛和男
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| 東北楽天ゴールデンイーグルス #62 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 宮崎県北諸県郡高崎町(現:都城市) |
| 生年月日 | 1976年8月4日(32歳) |
| 身長 体重 |
182cm 78kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| 守備位置 | 投手 |
| プロ入り | 1994年 ドラフト3位 |
| 初出場 | NPB / 1995年10月3日 MLB / 2008年3月31日 |
| 年俸 | 1,500万円(2009年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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福盛 和男(ふくもり かずお、1976年8月4日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するプロ野球選手(投手)。
目次 |
プレイスタイル
球種はストレート、スライダー、シュート、フォーク、ナックル・カーブ。
経歴
プロ入り前
都城高等学校時代は甲子園に縁がなく、3年間すべて県大会決勝で敗退した。なお、3年生の時の対戦相手は延岡学園高校で、その時の主軸打者だったのが楽天でチームメイトとなった草野大輔である。
1994年のドラフトで横浜ベイスターズから3位指名を受けて入団。同期には多村仁(現福岡ソフトバンクホークス)、相川亮二(現東京ヤクルトスワローズ)がいる。
横浜・近鉄時代
1997年7月3日、中日ドラゴンズ戦で初勝利。2001年には登録名を「和男」から「福盛 一夫」に変更。2003年に登録名を「和男」に戻した。
2003年オフ、門倉健・宇高伸次との交換トレードで矢野英司と共に大阪近鉄バファローズに移籍。2004年1月、フジテレビアナウンサーの福元英恵と結婚。2004年シーズン途中からクローザーに指名されるが、不安定で完全には定着出来なかった。
その後、近鉄球団合併による選手分配ドラフトで新規参入の東北楽天ゴールデンイーグルスに移籍。
楽天時代
期待されたアーロン・マイエットが結果を出せず、ここでもクローザーに指名される。同年4月13日宮城での福岡ソフトバンクホークス戦で球団史上初の公式戦セーブ記録。
2006年は不調の小山伸一郎に代わってシーズン途中からクローザーを務める。前半は好調で26イニング無失点を記録し、初めてオールスターにも出場。しかしシーズン後半に調子を落とし、セーブ失敗が続いたことからクローザーを小倉恒に譲り、中継ぎにまわる。徐々に調子は上向き、9月22日の西武戦にて8、9回を無失点に抑え1-0で勝利し、久しぶりにセーブを挙げた。その後2試合連続でセーブを成功させ復活。最終的に防御率2.17、21セーブと自身最高の成績を挙げた。同年オフ、シーズン中に扁桃腺炎に悩まされたことから扁桃腺除去手術を行った。
2007年もクローザーとして4・5月期のチームの好調を支えたが、6月に入り負けはつかないものの不安定なピッチングが続き交流戦ではリリーフ失敗が相次いだ。その後、長らく右肘痛を感じていたことが発覚し、遊離軟骨の除去手術とリハビリのため後半戦開始まもなくチームを離脱。
同年オフ、11月7日に海外移籍も視野にいれ、FA宣言を行い、11月13日付で公示された。そして12月13日、テキサス・レンジャーズと2年300万ドルの契約に合意したと報じられ[1]、翌日本拠地レンジャーズ・ボールパーク・イン・アーリントンで入団会見が行われた[2]。
メジャー時代
2008年、3月31日のシアトル・マリナーズ戦でメジャーデビューを果たし、1/3回2安打2四球3失点。4月13日にマイナーへ降格。再び昇格するものの1試合登板して再びマイナーへ降格。5月11日にメジャー契約を解除された[3]。同年後半から腰痛に苦しみ、10月に椎間板ヘルニアの手術を受ける。2009年、故障者リスト入りしたまま、マイナーでキャンプを迎える。 同年6月、福盛自身が日本でのプレーを希望して、レンジャーズ側も了承し解雇された。メジャー通算4試合0勝0敗、防御率20.25。
楽天復帰
2009年6月19日、入団テストに合格し、2シーズンぶりに楽天へ復帰[1]。推定年俸1,500万円。
人物
元来クローザーという役目をする投手ではなく、横浜時代はまだまだ若かったが、先発投手の三浦大輔、野村弘樹、斎藤隆、川村丈夫、戸叶尚らと共に先発ローテーションの一角を形成し(いわゆるローテの5、6番手)、1998年前後のAクラス入りに多少なりとも貢献をする。(尚、チームが日本一になった1998年は3試合しか登板していない)しかし2000年当たりからは中継ぎが多く、やがて近鉄に移籍後からはチーム事情から抑えとなり、楽天ではクローザーを務めた。
直球の球速は140km/h半ばから後半。ストレートに迫る球速の高速シュートと変化量の大きいフォークを主力とし、日本人投手としては非常に珍しいナックル・カーブも使用する。ボールはやや荒れ気味で暴投も多めの荒っぽいピッチングスタイルの投手である。好調時のフォークは大変な威力を誇るがコントロールはどちらかと言えば甘く、波の激しさもあって完璧に抑えるタイプではない。
独身時代から趣味は貯金と掃除というマメな人物で料理の腕もかなりのものである。福盛家の家事(とくに料理)は家事全般が不得意とされる妻に代わり福盛が仕切っているという。
妻は元フジテレビアナウンサーの福元英恵。2005年6月に生まれた長男がいる。
プライベートでは福盛の長男と同い年の長女を持つ一場靖弘(現ヤクルト)、近鉄以来のチームメイトである岩隈久志との家族ぐるみでの交流が盛んであることを福盛自身および岩隈が公式ページや各種インタビューで明かしている。
戸叶尚とは横浜時代から仲の良かった選手であり、「(横浜)入団時から野球よりも私生活でお世話になった選手」と福盛が自身のブログでも語っている。
ブログ「常に強気」は前向きで楽しい話題だけでなく、ジョークセンスも光っていることから人気が高い。事実、楽天広場blogのスポーツカテゴリではアクセス数トップの座をキープしており、更新されてから1日でコメントが100件を超えるほどである。
また、福盛本人が手術を受けた時には、術後報告として妻の英恵が書き込んだことや、息子がたびたび写真で登場するなど家族も協力してファンとの交流を深めていこうとする様子もみられる。
一方、絶不調の時(2006年9月5日更新の話題)には、「精神的に不安定」「周りが見えていない」「どうしたら野球を楽しめるのか」、「こんな事を書くのはプロ野球選手として失格」など深刻なことも書いていることから、極端なまでに喜怒哀楽が激しい部分がある。
野球選手として当然のことながら、調子の波もあり、上記のような話題も更新するためか、コメント欄が荒れることがしばしばある。特に2007年の春先は、多くの試合で「福盛劇場」と呼ばれるピンチからの勝利を見せることが災いし、一部の心無いネットユーザーにより誹謗中傷が多数書き込まれるようになった。現在のシステムでは、良いコメントだけを選んで掲載することができないこともあり、2007年5月10日更新分からコメントを書き込むことができなくなった。その経緯について福盛本人によりブログ内で説明がなされた。
以前から成績には波のある選手なのだが、メンタルコントロールが不得意であることが原因であると思われる。野村克也監督に、気分屋なところが江夏豊に似ていると言われており、その日の調子がその時の気分に左右されがちであるといえる。
楽天時代の本拠地、フルキャストスタジアム宮城では、福盛の出身地にちなみ、宮崎県産の地鶏などをふんだんに盛り込んだ“福盛弁当”が期間限定で発売され、2007年も東国原宮崎県知事のメッセージ付きの『うめっちゃが!福盛弁当』が6月13日より発売されていた。
野村監督が「福盛がメジャーで通用するようじゃメジャーも終わり」を発言したことを聞かされると、「石井一久さんや高津臣吾さんの時も同じようなこと(石井はもう終わった、高津はもう国内でも通用しない)と言ってましたよね。あの人なりの愛情あるエールと思ってがんばりますよ」と言ったと言う。また僕ぐらいの選手がメジャーで活躍できると、さらに日本人メジャーへの道は広がるのじゃないかとも言っている。
「2007年度 ベストファーザーin東北 スポーツ部門」受賞。
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1995 | 横浜 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 23 | 5.0 | 5 | 0 | 3 | 0 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.00 | |||
| 1996 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 4 | 1.0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.00 | |||
| 1997 | 25 | 0 | 0 | 0 | 4 | 4 | 0 | -- | .500 | 296 | 71.1 | 58 | 7 | 28 | 4 | 42 | 2 | 1 | 26 | 23 | 2.90 | ||||
| 1998 | 3 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 0 | -- | .333 | 82 | 18.2 | 20 | 1 | 6 | 1 | 13 | 3 | 0 | 8 | 6 | 2.89 | ||||
| 1999 | 30 | 1 | 0 | 1 | 9 | 9 | 0 | -- | .500 | 576 | 132.2 | 151 | 15 | 45 | 3 | 96 | 8 | 0 | 65 | 63 | 4.27 | ||||
| 2000 | 40 | 0 | 0 | 0 | 6 | 6 | 10 | -- | .500 | 380 | 88.0 | 92 | 7 | 27 | 2 | 49 | 9 | 1 | 40 | 35 | 3.58 | ||||
| 2001 | 5 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 0 | -- | .333 | 120 | 31.0 | 20 | 5 | 10 | 0 | 23 | 0 | 0 | 12 | 12 | 3.48 | ||||
| 2002 | 33 | 0 | 0 | 0 | 2 | 3 | 2 | -- | .400 | 211 | 48.2 | 45 | 2 | 15 | 3 | 47 | 1 | 0 | 21 | 16 | 2.96 | ||||
| 2003 | 62 | 0 | 0 | 0 | 1 | 3 | 1 | -- | .250 | 255 | 60.0 | 55 | 6 | 17 | 4 | 34 | 3 | 0 | 32 | 30 | 4.50 | ||||
| 2004 | 近鉄 | 43 | 0 | 0 | 0 | 2 | 5 | 10 | -- | .286 | 218 | 48.2 | 53 | 5 | 24 | 3 | 27 | 0 | 0 | 29 | 28 | 5.18 | |||
| 2005 | 楽天 | 49 | 0 | 0 | 0 | 4 | 3 | 11 | 3 | .571 | 286 | 63.0 | 75 | 5 | 24 | 7 | 2 | 36 | 4 | 0 | 26 | 25 | 3.57 | ||
| 2006 | 50 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 21 | 10 | .000 | 253 | 58.0 | 50 | 2 | 27 | 4 | 3 | 55 | 7 | 0 | 18 | 14 | 2.17 | |||
| 2007 | 34 | 0 | 0 | 0 | 4 | 2 | 17 | 0 | .667 | 167 | 36.0 | 44 | 1 | 17 | 2 | 2 | 33 | 1 | 0 | 20 | 19 | 4.75 | |||
| 2008 | TEX | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 4.0 | 11 | 2 | 4 | 0 | 1 | 9 | 9 | 20.25 | ||||||
| NPB:13年 | 377 | 1 | 0 | 1 | 34 | 42 | 72 | 13 | .447 | 2871 | 662.0 | 670 | 56 | 243 | 27 | 460 | 38 | 2 | 297 | 271 | 3.68 | ||||
| MLB:1年 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 4.0 | 11 | 2 | 4 | 0 | 1 | 9 | 9 | 20.25 | |||||||
- 2008年度シーズン終了時
背番号
- 34 (1995年 - 2000年)
- 37 (2001年 - 2002年)
- 24 (2003年)
- 15 (2004年 - 2007年)
- 14 (2008年)
- 62 (2009年途中 - )
個人記録
- 初登板:1995年10月3日、対ヤクルトスワローズ25回戦(横浜スタジアム) - 4回表に救援登板
- 初勝利:1997年7月3日、対中日ドラゴンズ14回戦(ナゴヤドーム) - 先発
- 初完投勝利:1997年5月2日、対ヤクルトスワローズ6回戦(明治神宮野球場)
- 初セーブ:2000年4月23日、対中日ドラゴンズ5回戦(ナゴヤドーム)
- 初奪三振:1995年10月3日、対ヤクルトスワローズ25回戦(横浜スタジアム) - 4回表にトーマス・オマリーから
獲得タイトル・表彰など
- オールスターゲーム出場2回(2006年、2007年)
登場曲
- マイアミ・バイスメインテーマ(2007年)
脚注
- ^ "Rangers reel in Japan's Fukumori Right-hander expected to compete for late-inning role". The Official Site of The Texas Rangers. 2008年5月12日 閲覧。
- ^ "Fukumori arrives". The Official Site of The Texas Rangers. 2008年5月12日 閲覧。
- ^ "Rangers place veteran Millwood on DL Team purchases contract of Triple-A righty Mathis". The Official Site of The Texas Rangers. 2008年5月12日 閲覧。
関連項目
外部リンク
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