神田瀧夢

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かんだ ろむ
神田 瀧夢
別名義 神田ロム
Rome Kanda
生年月日 1965年6月26日(49歳)
出生地 日本の旗 日本 大阪府
国籍 日本の旗 日本
職業 俳優
コメディアン
ジャンル 映画
テレビ
コメディショー
活動期間 1987年 -
公式サイト 神田瀧夢公式サイト
主な作品
TOKYO-POP』(1987年)
その男、凶暴につき』(1989年)
ソナチネ』(1993年)
I Survived a Japanese Game Show』Season1&2(米ABC)
インフォーマント!』(2009年)

神田 瀧夢(かんだ ろむ )は、日本コメディアン俳優タレント。(別称は神田ロム、本名は浜田)

略歴[編集]

大阪府岸和田市出身。1983年清風高等学校、1987年聖トマス大学(旧英知大学)卒業。

演技は奈良橋陽子らに師事するほか、NYアクターズスタジオで学ぶ。空手道居合道といった日本の武道を習った経験がある[1]。日本ではK-1リングアナウンサーを務めたことがある[2]。1999年に初渡米。ロサンゼルス留学中にコメディークラブに出演[3]。 映画デビューは日米合作の『TOKYO-POP』(87年)。2006年からロサンゼルスに拠点を移す。

ABCテレビで2008年6月24日から放送されているリアリティショー『I Survived a Japanese Game Show』の司会者に抜擢された(正確には同番組の舞台となる架空の日本のバラエティ番組『本気(まじ)で』の司会を務めており、同番組の視聴者は、日本のテレビ番組の司会者と思っている)。同じく米国のケーブル・衛星テレビ局G4では「カトウ・ケイ」(漢字表記不明)と名乗り、『Unbeatable Banzuke(筋肉番付)』の司会を担当。

出演[編集]

テレビバラエティほか[編集]

CM[編集]

講演・スピーチ[編集]

エピソード[編集]

  • 日本国外に出ようと決めたきっかけは、19歳で大阪からロンドンに遊学した時に出会った現地の人々が「みんな日本のことすら知らなくて、ブルース・リーは日本人、ナショナルフジカラーが「Made in England」だと信じていたのを目の当たりにして「これではダメだと、大阪と日本を背負った人物になろうと思った」から[1]
  • トム・クルーズ主演のハリウッド映画『ラスト・サムライ』のオーディションを受けたが、結果は不合格。その際に他人にはできない自身の強みで勝負しようとコメディーの道に転向を決意。当初は友人とコンビで英語漫才をやっていたが、後にコンビを解消。その後スタンドアップ・コメディーの大会に1人で出た経験もある[2]
  • 日本で「アメリカで最も有名」を謳っていたため、野沢直子に「誰? アメリカで大人気・・・誰?ぽかーん・・・誰も知らないわ」とブログで暴露されている[3]。。

脚注[編集]

  1. ^ アメリカンドリーマーズ
  2. ^ アメリカンドリーマーズ
  3. ^ 教えて!神田瀧夢ってどこがおもしろいの?

外部リンク[編集]