神戸町

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ごうどちょう
神戸町
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 岐阜県
安八郡
団体コード 21381-1
面積 18.77 km²
総人口 19,321
推計人口、2014年7月1日)
人口密度 1,030人/km²
隣接自治体 大垣市瑞穂市
揖斐郡池田町大野町
町の木 もちの木
町の花 バラ
神戸町役場
所在地 503-2392
岐阜県安八郡神戸町大字神戸1111番地
北緯35度25分2.5秒東経136度36分30.7秒
神戸町役場
外部リンク 神戸町

神戸町位置図

― 市 / ― 町・村

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日吉神社

神戸町(ごうどちょう)は、岐阜県の南西に位置する

バラやアルストロメリア等の花卉、小松菜等の野菜の生産で知られる。現在では大垣市岐阜市の郊外、あるいは中京圏(大名古屋圏)の端的性格を濃くしており、その意味では「濃尾平野の西北端」という表現が妥当といえる。

地理[編集]

  • 河川
    • 揖斐川
      • 西座倉地域のみ左岸、他は右岸にある。
    • 平野井川
    • 東平野井川
    • 菅野川

※山はないが、瑞穂市以外の隣接市町村にはすべて山があるため、山が迫っているように見える。

隣接している自治体[編集]

安八郡の中で唯一大垣市の北に位置するが、これは大垣市の市域の大半が元々安八郡に属しており、昭和の大合併(旧墨俣町を除く)によって大垣市となったことから、その他の安八郡と分断されたためである。

歴史[編集]

比叡山延暦寺荘園時代(当時、当地を「平野庄(ひらのしょう)」または「平野荘」と称した)と、中心部を最澄が通った際に建立された寺をきっかけに建立された日吉神社の門前町として、明治はじめまで市が立ち栄えた。

また、町域南端を中山道がかすめている。

沿革[編集]

関ヶ原の戦いにまつわる噂[編集]

関ヶ原の戦い直前の徳川家康揖斐川を渡り当地に入ろうとした際、石田三成方に銃撃されたという噂もある(『美濃神戸ふるさと百話』による)。これは作り話の可能性もあるが、後に将軍となったため緘口令がしかれた可能性もある。なお、家康が当地を通ったのは事実であるが、柿を手に取って「大柿我が手に討つ」と大垣にいた三成を指して言い、甘柿にも関わらず「ああシブかった、シブかった」(四部勝った+四部勝った=八部勝った、という意味)と言ったといわれている(同書)。

人口[編集]

Demography21381.svg
神戸町と全国の年齢別人口分布(2005年) 神戸町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 神戸町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
神戸町(に該当する地域)の人口の推移
1970年 13,615人
1975年 16,681人
1980年 19,338人
1985年 20,386人
1990年 20,704人
1995年 20,687人
2000年 20,750人
2005年 20,830人
2010年 20,070人
総務省統計局 国勢調査より

行政[編集]

  • 町長:谷村成基(2010年7月4日~)
    • 1代:河出義一
    • 2代:高崎善慶
    • 3代:渡辺昭一
    • 4代:吉田弘義

教育[編集]

中学校[編集]

  • 神戸中学校

小学校[編集]

  • 下宮小学校
  • 神戸小学校
  • 南平野小学校
  • 北小学校

なお、池田町の岐阜県立池田高等学校の校庭のグランド部分が当町にかかっている。これは神戸町もかつて高校誘致をした名残りである。また、岐阜経済大学のグランドも当町に存在する。

交通[編集]

鉄道[編集]

広神戸駅
養老鉄道養老線が町を縦断し、広神戸駅が町のほぼ中心に位置する。

バス[編集]

道路[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

日吉神社の狛犬(天正5年)
善学院
  • 日吉山王祭(5月3日・4日)本家日吉大社になぞらえたもので、本家にもない「松明と走るみこし」を見にくる観光客で賑わう。期間中、みこしの通るルートとなる神戸町中心部の宮町通りと本町通りは、終日歩行者天国となる。

日吉神社では他にも6月30日に茅の輪くぐりがある。また本町通りの歩行者天国は、毎年11月3日の神戸町文化祭・産業祭でも実施される。

  • GO!ご~どんとこい祭り(10月第2土・日曜日)
  • ごうど朝市さくらまつり(4月第一土曜日)
  • 上記山王祭のためか、本町通りの商店街の道幅は昔から30メートル程であり、商店街としては全国でも異例の広さである。それでもモータリゼーションが進んでからは違和感がなくなったが、平成に入った頃から商店街が衰退し始めたため、また広くみえるようになった。しかしその後、1車線ずつの車道と広い路肩とを塗り分けるカラー舗装がなされたため、若干狭くみえる。なお広神戸駅の名もこの道幅にちなむとの説もあるが、よくわかっていない。
  • 日吉神社の三重の塔は戦国武将稲葉一鉄狛犬不破光治がそれぞれ寄進し、共に重要文化財
  • 夜叉ヶ池伝説の里。平安の昔に日照りが続いた際、時の有力者安八太夫安次が何気なく降雨のなさをボヤいた相手がたまたま夜叉ヶ池の龍神の化身だったヘビだったため、龍神が雨を降らせた見返りに安次の娘が龍神に嫁入りすることとなり、以来日照りの際には夜叉ヶ池に雨乞いするようになったという話(詳細はリンク先参照)。毎年8月17日には龍神祭が、安次の子孫(すべて「石原伝兵衛」を襲名)によって、伝兵衛の住む神戸町安次の夜叉堂で行われる。また夜叉ヶ池と神戸町との間で毎年7月、夜叉ヶ池伝説マラニックというマラソンが行われる。
  • 善学院は神護寺善学院ともいい、日吉神社の別当寺である。

出身有名人[編集]

外部リンク[編集]