神戸町
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| ごうどちょう 神戸町 |
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|---|---|
| 国 | |
| 地方 | 中部地方、東海地方 |
| 都道府県 | 岐阜県 |
| 郡 | 安八郡 |
| 団体コード | 21381-1 |
| 面積 | 18.77 km² |
| 総人口 | 19,698人 (推計人口、2012年11月1日) |
| 人口密度 | 1,050人/km² |
| 隣接自治体 | 大垣市、瑞穂市、池田町、大野町 |
| 町の木 | もちの木 |
| 町の花 | バラ |
| 神戸町役場 | |
| 所在地 | 〒503-2392 岐阜県安八郡神戸町大字神戸1111番地 |
| 外部リンク | 神戸町 |
| 特記事項 | |
| ウィキプロジェクト | |
バラやアルストロメリア等の花卉、小松菜等の野菜の生産で知られる。現在では大垣市や岐阜市の郊外、あるいは中京圏(大名古屋圏)の端的性格を濃くしており、その意味では「濃尾平野の西北端」という表現が妥当といえる。
目次 |
地理 [編集]
※山はないが、瑞穂市以外の隣接市町村にはすべて山があるため、山が迫っているように見える。
隣接している自治体 [編集]
安八郡の中で唯一大垣市の北に位置するが、これは大垣市の市域の大半が元々安八郡に属しており、昭和の大合併(旧墨俣町を除く)によって大垣市となったことから、その他の安八郡と分断されたためである。
歴史 [編集]
比叡山延暦寺の荘園時代(当時、当地を「平野庄(ひらのしょう)」または「平野荘」と称した)と、中心部を最澄が通った際に建立された寺をきっかけに建立された日吉神社の門前町として、明治はじめまで市が立ち栄えた。
また、町域南端を中山道がかすめている。
沿革 [編集]
- 1889年(明治22年)4月1日 - 神戸村発足。
- 1892年(明治25年) - 町制施行し神戸町となる。
- 1950年(昭和25年)4月1日 - 北平野村と合併(白鳥のみ現池田町へ)。
- 1954年(昭和29年)4月1日 - 下宮村、南平野村と合併(南平野村青木・草道島は赤坂町、現大垣市へ)。
- 1960年(昭和35年)4月1日 - 大野町(旧揖斐郡川合村)西座倉を編入。
- 2004年(平成16年) - 住民投票により大垣市との合併協議から離脱。
関ヶ原の戦いにまつわる噂 [編集]
関ヶ原の戦い直前の徳川家康が揖斐川を渡り当地に入ろうとした際、石田三成方に銃撃されたという噂もある(『美濃神戸ふるさと百話』による)。これは作り話の可能性もあるが、後に将軍となったため緘口令がしかれた可能性もある。なお、家康が当地を通ったのは事実であるが、柿を手に取って「大柿我が手に討つ」と大垣にいた三成を指して言い、甘柿にも関わらず「ああシブかった、シブかった」(四部勝った+四部勝った=八部勝った、という意味)と言ったといわれている(同書)。
人口 [編集]
| 神戸町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 神戸町の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||
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■紫色 ― 神戸町
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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神戸町(に該当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 / 国勢調査 | ||||||||||||||||||||||||||||
行政 [編集]
- 町長:谷村成基(2010年7月4日~)
- 1代:河出義一
- 2代:高崎善慶
- 3代:渡辺昭一
- 4代:吉田弘義
教育 [編集]
中学校 [編集]
- 神戸中学校
小学校 [編集]
- 下宮小学校
- 神戸小学校
- 南平野小学校
- 北小学校
なお、池田町の岐阜県立池田高等学校の校庭のグランド部分が当町にかかっている。これは神戸町もかつて高校誘致をした名残りである。また、岐阜経済大学のグランドも当町に存在する。
交通 [編集]
鉄道 [編集]
- 養老鉄道養老線が町を縦断し、広神戸駅が町のほぼ中心に位置する。
バス [編集]
道路 [編集]
- 岐阜県道53号岐阜関ケ原線
- 岐阜県道92号岐阜巣南大野線
- 岐阜県道156号曽井中島美江寺大垣線
- 岐阜県道212号大垣大野線
- 岐阜県道217号赤坂神戸線
- 岐阜県道230号大島赤坂線
- 岐阜県道261号脛永万石線
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事 [編集]
日吉神社の狛犬(天正5年)
- 日吉山王祭(5月3日・4日)本家日吉大社になぞらえたもので、本家にもない「松明と走るみこし」を見にくる観光客で賑わう。期間中、みこしの通るルートとなる神戸町中心部の宮町通りと本町通りは、終日歩行者天国となる。
日吉神社では他にも6月30日に茅の輪くぐりがある。また本町通りの歩行者天国は、毎年11月3日の神戸町文化祭・産業祭でも実施される。
- GO!ご~どんとこい祭り(10月第2土・日曜日)
- ごうど朝市さくらまつり(4月第一土曜日)
- 上記山王祭のためか、本町通りの商店街の道幅は昔から30メートル程であり、商店街としては全国でも異例の広さである。それでもモータリゼーションが進んでからは違和感がなくなったが、平成に入った頃から商店街が衰退し始めたため、また広くみえるようになった。しかしその後、1車線ずつの車道と広い路肩とを塗り分けるカラー舗装がなされたため、若干狭くみえる。なお広神戸駅の名もこの道幅にちなむとの説もあるが、よくわかっていない。
- 日吉神社の三重の塔は戦国武将稲葉一鉄、狛犬は不破光治がそれぞれ寄進し、共に重要文化財。
- 夜叉ヶ池伝説の里。平安の昔に日照りが続いた際、時の有力者安八太夫安次が何気なく降雨のなさをボヤいた相手がたまたま夜叉ヶ池の龍神の化身だったヘビだったため、龍神が雨を降らせた見返りに安次の娘が龍神に嫁入りすることとなり、以来日照りの際には夜叉ヶ池に雨乞いするようになったという話(詳細はリンク先参照)。毎年8月17日には龍神祭が、安次の子孫(すべて「石原伝兵衛」を襲名)によって、伝兵衛の住む神戸町安次の夜叉堂で行われる。また夜叉ヶ池と神戸町との間で毎年7月、夜叉ヶ池伝説マラニックというマラソンが行われる。
- 善学院は神護寺善学院ともいい、日吉神社の別当寺である。
出身有名人 [編集]
外部リンク [編集]
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