神戸市王子スタジアム

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神戸市王子陸上競技場
"王子スタジアム"
神戸市王子陸上競技場
施設情報
所在地 神戸市灘区青谷町1-1
位置 北緯34度42分39.21秒
東経135度13分2.02秒
座標: 北緯34度42分39.21秒 東経135度13分2.02秒
開場 1950年
修繕 2003年
所有者 神戸市
運用者 神戸市体育協会
神戸アスリートタウンクラブ
グラウンド ロングパイル人工芝
使用チーム、大会
関西学生アメリカンフットボールなど
収容能力

神戸市王子陸上競技場(こうべし・おうじりくじょうきょうぎじょう)は、兵庫県神戸市灘区の王子公園内にある陸上競技場球技場としても使用される。愛称 王子スタジアム。施設は神戸市が所有し、神戸市体育協会・神戸アスリートタウンクラブが指定管理者として運営管理を行っている。

目次

[編集] 歴史

1889年明治22年)の関西学院創立の地となったこの付近は、1929年昭和4年)に関西学院が西宮市上ヶ原へ移転した後、戦後、神戸博の会場となった跡地が1950年(昭和25年)より王子公園として整備されたものである。その流れの中で、1949年(昭和24年)以降、この地には地名の由来ともなった王子神社が現在の王子動物園の地所から移り鎮座していたが、1956年(昭和31年)に開かれる兵庫国体の開催に備えて再び遷座し、その跡地に8レーンの400mトラックを有する陸上競技場として建設された。日本陸上競技連盟の第1種公認を取得し、兵庫リレーカーニバル日本陸上競技選手権大会等の陸上競技会をはじめサッカーラグビーなどの各種スポーツに利用された。陸上では学生時代の伊東浩司らがトップアスリートとなる過程で好記録を生み出し、彼らを「育てた」競技場として知られたが、1985年(昭和60年)に神戸総合運動公園ユニバー記念競技場が完成し、主要な大会がそれに移動すると、使用機会が大幅に減少する。

1994年平成6年)に改修工事を行う予定で一度閉鎖されたが、翌1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災の影響で工事は見送られ、引き続き市民大会規模の競技会に利用された。なお、地震発生直後は自衛隊のヘリコプターの緊急発着場所として、救援物資や被災者の搬送の拠点ともなった。その後、市は王子競技場の位置づけを見直し、2002年(平成14年)5月末で更新を迎える公認施設としての更新検定を受けないことを決定。同月末を以って公認施設からは除外されたが、陸上トラックは引き続き設けられている。

フィールド部分は2003年(平成15年)にそれまでの天然芝から人工芝に変更した。人工芝は住友ゴムとその子会社・SRIハイブリッドが開発した天然芝に近い感触を保つことが可能な「ハイブリッドターフ」を敷設し、アメリカンフットボールやサッカー、ラグビーなどの試合・練習に対応可能となった。これと前後して、2002年(平成14年)で営業を終了した西宮球技場で使われていたアメリカンフットボール用のスコアボードを阪急電鉄からの譲渡を受けて、スタンド西側に設置した。2005年(平成17年)には照明塔も設置され、同年秋からは日没後の稼動も可能となった。アメリカンフットボールの関西学生リーグの場合、熱中症の予防策の一環として、秋季リーグ戦開幕当初の期間(8月末 - 9月中頃まで)は夕方からのキックオフとなる場合が増えている。

スタンド部分は南側(浜手)がメインスタンドで中央部には観客席が設けられているが、周辺部分は石段が座席を兼ねている。屋根のある観客席もスタンドの下層、通路の一段下の一列のみである。北側(山手)のバックスタンドはフィールド部分の改装時に金属製のスタンドが新たに設置されている。企業のものに混じって、大学の広告看板が並ぶのも特徴の一つ。なお、入口がメインスタンド側にしかないため、バックスタンド側へ行くには陸上競技トラックの外周に沿った通路を移動する。東側(大阪寄り)の通路が使われる事が多いが、西側(神戸寄り)は車の搬入口も兼ねてスタンド間が通路でつながっていないため、一旦フィールド部分へ降りて通る必要があり、西側からスタンド間を移動する場合は注意を要する。

[編集] 交通アクセス

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

先代:
三ツ沢公園陸上競技場
横浜市
国民体育大会
主競技場

兵庫国体 (1956年)
次代:
草薙陸上競技場
静岡市
先代:
西京極競技場
京都府
天皇杯全日本サッカー選手権大会
決勝戦会場

43-44
次代:
駒沢競技場
東京都
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