磁石 (お笑いコンビ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 磁石
メンバー 佐々木優介
永沢たかし
結成年 2000年
事務所 三木プロダクション(2000年 - 2008年)
ホリプロコム(2008年 - 現在)
活動時期 2000年 - 現在
影響 ウッチャンナンチャン[1]
出会い 日本映画学校
現在の活動状況 活動中
芸種 漫才
ネタ作成者 永沢たかし
  

磁石(じしゃく)はホリプロコム所属のお笑いコンビ。以前はサワズ・カンパニーに所属。

目次

[編集] メンバー

佐々木 優介(ささき ゆうすけ、1980年3月31日 - )

広島県呉市出身。武田高等学校卒業。実家は寿司屋。
ツッコミ担当。A型。身長184cm。
端正な顔立ち、左利きが特徴。口癖は「〜だろぉ」。別名「磁石のS
ツッコミの前に「いや、○○じゃねぇよ。」のように、「いや」をつけることが多い。キレた表情で突っ込むこともある。
3歳から中学進学前まで水泳を習っており、中学入学後はバスケットボール部に入部。当時は身長が148cmしかなかったが、その後成長し、現在は184cmとなっている。
入院した永沢の見舞いに行った時、名簿の患者との関係の欄に『相方』と書いて受付で駄々すべりした(佐々木自身は「面白いと思って書いた」と語る)。そして、次に来た流れ星のちゅうえいはその欄に『ライバル』と書き、「永沢さん、ライバルが来てますけど…」と言われた。
高校生のとき同級生と「年中無休(ツッコミ役)」と言う名前でコンビを作り、学園祭更には呉市内の老人ホームでもコンビでコントを披露したことがある。後者は地方紙でも取り上げられた。「年中無休」は学内でも有名になり、学園祭では学校長が聴くほどの人気で会場の教室を埋め尽くしたほどであった。この関係で相棒と早稲田大学の推薦入試を受けるも揃って不合格。高校卒業後、相棒は他大学に進学し別々になり解散した。
カバチタレの作者(原作、作画ともに呉市出身)と遠い姻戚関係にある。
母親は地方局の元アナウンサーで、ホリプロに移籍して単独ライブを行った際、ホリプロの社長が打ち上げの席で佐々木の母親を指し、「あの女を紹介しろ」と言ってきた[2]

永沢 たかし(ながさわ たかし、本名:永澤喬之(たかし)、1979年12月28日 - )

秋田県秋田市出身。将軍野中学校秋田県立秋田高等学校卒。
ボケ担当。O型。身長177cm。
トリッキーな動きと言動、眼鏡が特徴。別名「磁石のN
再現コントに入る時などに「んだ!んだ!んだ!(標準語で「そうそう、うんうん」に当たる同意する相槌)」と言う。
髪の色は茶髪。染めてはおらず地毛である[1]
名前を平仮名にしたのは本名の「喬之」を正確に「たかし」と読んでもらえないため。
台本(構成などだいたい)を書いたり、台本の管理をしている。
視力は両目とも0.02。
7歳下の弟がいる。
見た目から文化系に思われがちだが、文武両道で小学生の時は野球部、中学生の時はバスケットボール部、高校生の時はスキー部に所属しており、体育の成績も5や4を取っていた。頭も良く中学生の時は学年トップを取るほどの秀才だったが、生活態度の面でよく怒られていた。
とはいえ、最初から成績が抜群に良い方ではなく、学年でも真ん中位だった。しかし部活が終わった夏(中3)頃から学年トップになったという。
前述の様に急性虫垂炎で入院した事がある。出番前に痛み出して、のたうち回り、本番15分前まで楽屋で横になっていた。退院後もしばらく痛みが治まらず大変だったという。元から悪玉菌が腸に溜まりやすい体質らしい。
アルコールにとても弱い。単独DVDで焼酎の水割りを飲まされるが、通常の1杯を飲むのに苦労した上、1杯しか飲んでいないにもかかわらず、その後まっすぐ立つことすらできないほどに酔った。
結婚を前提に付き合っていた彼女がいたが、なかなか売れない磁石の先行きが不安、という理由から2007年M-1グランプリ準決勝の直前にフラれたとのこと。準決勝と敗者復活戦でこの話をネタにしていた。

[編集] 概要

  • 日本映画学校で知り合い、2000年結成。コンビ名は2人のイニシャルが「SASAKI」と「NAGASAWA」である事から来ている。
  • 佐々木が青、永沢が赤のシャツの上に上着を着たスタイルが定番(以前は『G-shack』のロゴの入った赤と青の長袖シャツだった)。
  • 2000年、週刊誌「FLASH」の企画で、風俗店に行き、風俗嬢たちのバストを足して2000cm測る、という企画が初仕事だった。
  • 初舞台は、人力舎主催の「バカ爆走」の若手勝ち抜き戦コーナー。初舞台を迎える一週間前から永沢が佐々木の家に泊りこみ、毎日50回くらいネタの練習をした。
  • 2008年4月末に三木プロダクションを退社し、6月中旬ごろにホリプロコムに所属。同年6月19日の「ドライブインナガサワ」にて報告された[2]

[編集] 賞レース等の戦歴

[編集] ネタ

  • 主に漫才を披露。ネタの始めに佐々木が「僕が広島県出身で」永沢が「僕が秋田県出身(代表)で」と言う。
  • 言葉の言い回しや意味、考え方の違いを変化させたボケが多い。
  • また、永沢が言い間違いをし、即座に訂正するボケもある(例:私がなぜ変態、いや天才と呼ばれているか……。プレデター、じゃなくてラブレターでも……。)。大抵このボケでは佐々木が「間違うかな? 普通」とツッコむ。
  • コント中に永沢が佐々木を褒める際、途中から「清潔で美しく健やかな毎日を目指す……」と某薬品会社のキャッチコピーや、「信頼と品質のロマン輝く……」と某宝飾品会社のキャッチコピーとなってしまう。
  • よく佐々木は外人(日本語で外人風に話す)のマネをする。(そのため「ホームステイ」など、佐々木が外人に扮したコントを披露する事がある)
  • 永沢が短期間連続で複数のボケをする場合もあり、その時は基本的に佐々木はスルー。最終的に耐え切れなくなって最後のボケを突っ込み、「他にも××個突っ込む所あったよ」と順に指摘していくという形式を取る。
  • ネタを締めるときに佐々木が「いい加減にしね(「しろ」という意味の広島の方言)」と言っていたころがある。
  • ネタの設定、流れ、構成などは基本的に永沢担当で、家で一人で作ることが多いが、佐々木と二人で喫茶店でネタを考えることもある。
  • 最近では、ネタの締めに「お前そんなんで○○(職業などのネタの内容)出来るのか?」と佐々木に言われ、永沢が「大丈ブー(手を交差させてバツを作る)!!」とボケて、「どっちだよ!!」という佐々木のツッコミで終了する手法が多くなった。なお、この時の佐々木のツッコミは顔面側面への強烈な張り手であり、レッドカーペットなどでは永沢の眼鏡が方々に飛んでしまうことが多々ある。

[編集] テレビ

[編集] 出演中

[編集] 過去の出演

[編集] DVD

[編集] ドラマCD

[編集] 脚注・出典

  1. ^ 2009年3月31日放送回『アドレな!ガレッジ “クイズ!誰に憧れてたんでショー後編”』出演時に発言
  2. ^ ジャイケルマクソンより

[編集] 外部リンク