石田英司

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いしだ えいじ
石田 英司
生誕 1959年7月8日(55歳)
大阪府大阪市旭区
国籍 日本の旗 日本
出身校 上智大学文学部卒業
職業 民間放送社員
活動期間 1984年 -
活動拠点 大阪府大阪市北区茶屋町
テレビ番組 ちちんぷいぷい
肩書き 株式会社毎日放送制作局エグゼクティブ

石田 英司(いしだ えいじ、1959年7月8日 -B型 )は大阪府大阪市旭区出身の毎日放送(MBS)社員。元・報道局社会部デスクで、現在の役職は、制作局エグゼクティブ。

人物[編集]

  • 1978年大阪府立市岡高校3年3組で、「北風軍団」を結成。文化祭などでは、マンドリンを演奏。卒業後、大阪予備校に通う。当時、アレンジボールに熱中。予備校の近くにあった大阪府立体育会館ボリショイサーカスが来演した際、オリの中の熊にちょっかいを出して反撃され、顔面前2cmのところを熊の爪がかすめたという失敗談をもつ。同予備校の食堂メニューでは、味の濃い「かつどん」が大好物であった。
  • 上智大学文学部新聞学科卒業後の1984年に、MBSに入社。入社直後から3年間は、営業局員として、主にローカルスポンサーを担当した。
  • 1987年に報道局へ異動。司法行政医療選挙担当の記者を経て、社会部のデスクを務めた。信楽高原鉄道事故などの報道に携わるかたわら、記者2年目に自身のアイデアで「500円玉で1,000円を稼ぐ財テク」の体験取材を手掛けるなど、身近な物事を独自の視点で掘り下げる取材を随時展開。自身の演出による特集を放送する関係で、TBS制作の報道番組に出演したこともある。
  • かねてから、自分の取材したことを出演者に伝える段階でわずらわしさを感じていた。そのため、1999年よりMBSテレビ情報番組ちちんぷいぷい』に自らがレギュラー出演している。
  • 2002年、日本放送作家協会関西支部関西ディレクターズ大賞特別賞受賞。
  • 2005年10月10日(月)に大東市サーティー大ホールで開催された「第一回全日本口笛音楽コンクール」では、小林亜星作曲の『人間みな兄弟~夜がくる』を演奏して第2次審査を通過。この模様は、同月14日の『ちちんぷいぷい』で取り上げられたばかりか、同年11月16日放送の『情報プレゼンター とくダネ!』(フジテレビ系列の朝のワイドショー)でも紹介された。2006年3月12日(日)開催の最終審査では惜しくもグランプリを逃し、2007年4月開催の世界大会「第34回インターナショナルウィスラーコンベンション(米国)」への参加資格を得ることはできなかった。
  • 2007年4月18日(水)には、頚椎間板ヘルニアによる手術を同月20日に受ける目的で、『ちちんぷいぷい』を同月19日から休演することを放送中に発表した(入院・手術を経て5月7日放送分から復帰)。また、2012年8月には拡張型心筋症で入院。入院期間中は、当初から予定していた夏季休暇や、特別編成の「3000回スペシャルウィーク」と重なっていたことから療養に専念していた。
  • 2010年6月24日(木)からは、役職がテレビ制作局制作一部専任部長からスペシャリスト制作局チーフプロデューサーへと肩書きが変わった。2013年6月20日(水)から、現職の制作局エグゼクティブに就任。

その他[編集]

  • 読売ウイークリー(2005年10月16日号)が実施したアンケート調査、「平成日本の教養人は/この国で最も教養があるのは誰か」において、梅原猛、舛添要一らと並んで第58位にランクインした。
  • クレーンゲームの腕前は天才的で、小学校時代から近所の銭湯にあるクレーンゲームで商品をゲットしては番台に売って儲けていた。「村上ファンドも真っ青」とは本人の弁。愛娘の幼少時代、オモチャ箱の中身はすべて彼がUFOキャッチャーで手に入れたものだったという。
  • 大の競馬好きで、「スポーツ報知」(大阪・中部・九州版)の競馬コーナーでは、2007年秋からメインレースの予想陣に加わっている。
  • 日本のフォークシーンに造詣が深く、自ら作詞も手がける。中でも幼馴染の会社員「専務はんとイッシャラ君」の石原治(作曲)と即興で作ったラブ(コミック)ソング “ワイパーは間欠(かんけつ)にして” は、MBSの深夜ラジオ番組「月極ラジオ」でもオンエアーされた。ただし、この作品は未だ公式にはリリースされておらず、TSUTAYAの店頭にも存在しない。現在も活発なライブ活動を続ける石原治のゲスト的な立場として、様々な舞台で歌や口笛を披露することもある。
  • 「結婚とは人生最大の暇つぶし」という持論を持っている。
  • 家族は妻、長女がいる。なお、誕生日である7月8日は、『ちちんぷいぷい』で共演するアナウンサー西靖(総合司会)やなるみ(月曜レギュラー)と同じ。2005年の誕生日は、西アナを含む数名と共にカラオケで祝った。
  • ライブドアの上場廃止の前日である2006年4月13日、証券会社でライブドア株を9株購入。そのうち、1株ずつを板東英二と西に売却した。
  • MBSラジオでは、2009年3月まで金曜日の16・17時台に放送されていた生ワイド番組『板東英二金曜生BAN BAN』にレギュラー出演。直近のニュースなどを解説する一方で、「石田英造(えいぞう)」という名義で、週末に開催予定の競馬のメインレースの予想を披露していた。ただし、2006年4月以降は『ちちんぷいぷい』金曜日の16時台にも出演しているため、放送時間の重なる『板東英二金曜生BAN BAN』では石田が出演するコーナーを事前に収録していた。2013年4月からは、『ちちんぷいぷい』金曜日に16時台の後半まで出演した後に、『板東英二金曜生BAN BAN』の後継番組に当たる『嘉門達夫のどんなんやねん!』の17時台でニュース解説を担当している。
  • 上岡龍太郎の弟子でもある大空テントの大ファン(2001年11月11日に石田英司がパチンコ好きで11がそろっていて縁起がいいのとテントのギャグ『人間パチンコ』にちなんでサインを貰っている。)
  • ハンバーガーを食べる姿が似合っており、『ちちんぷいぷい』では「ミスターハンバーガー」と呼ばれることがある。
  • 『ちちんぷいぷい』の放送中に使用するプロジェクターには、ふくよかな体型の石田を「おばちゃん」(妙齢の既婚女性)に見立てたイラストを、話題に応じて表示。2014年4月の放送枠拡大・山本浩之関西テレビ出身のフリーアナウンサー)の司会陣加入を告知するテレビCMやポスターには、「お母さん」という役割を担うべく、和服による女装姿で登場している。ちなみに、このCMやポスターで「お兄さん」として紹介されている山本とは、関西テレビ時代から酒席を共にするほどの面識がある。

出演番組[編集]

テレビ[編集]

  • ちちんぷいぷい(月~金曜日ニュース解説担当、通称「ニュースのおっちゃん」)
    • 当初は全編、2014年3月まではオープニングから17時前まで出演。16時台前半のニュース解説コーナー(通称「石田NEWS」)では進行役を務めるほか、特別企画にも随時参加する。2014年4月の放送枠拡大後は、「石田ジャーナル」(「石田NEWS」の後継企画として14時台に放送)で解説と進行を兼務しながら、オープニングから16時台の後半まで出演。
    • 2013年8月5日から9日までの「ちちんぷいぷい夏休みスペシャルウイーク」中には、「石田NEWS」を発展させた冠番組『夏休み!石田英司のHOTジャーナル』(13:55~14:55に関西ローカルで生放送)で司会・取材を担当していた。
  • VOICE金曜日(2013年10月~2014年3月)
    • 金曜日の「VOICE+(プラス)」で、ニュース解説を担当。

ラジオ[編集]

  • 月極ラジオ~the open~(2005年8月のパーソナリティ。12月にもリクエスト特集として第二週を担当。共演は市岡高校時代の同級生、元ベーシストのSchatte岩切)
  • 板東英二金曜生BAN BAN(〜2009年3月)
  • ゴー傑P(2006年5月13日、2008年12月27日ゲスト)
  • こんちわコンちゃんお昼ですょ!(2009年10月〜)
    • 『ちちんぷいぷい』の本番前(13時台後半)に放送される「吼えるコンちゃん」にのみ不定期で出演。
  • 嘉門達夫のどんなんやねん!(2013年4月~2014年3月)
    • 金曜日の夕方に放送される生ワイド番組。同曜日には17時前まで『ちちんぷいぷい』へ出演してから、「石田英司の『どないなってんの?』」 (17時台前半のコーナー)でニュース解説を担当。2013年10月から、当番組が終了する2014年3月28日までは、金曜日の午後に『ちちんぷいぷい』→当番組→『VOICE』と3番組連続で生放送番組に登場していた。
その他、毎日放送のテレビやラジオに不定期出演。

関連人物[編集]

ほか