石川好
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石川 好(いしかわ よしみ、1947年1月5日 - )は、日本のノンフィクション作家、評論家。東京都大島町(伊豆大島)出身。
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[編集] 経歴・人物
高校卒業後、カリフォルニア州に渡って農園で働く。慶應義塾大学通信教育課程から通学課程に編入し、法学部政治学科卒。大学卒業後はアメリカ合衆国で庭園業を営んだ後、1983年「カリフォルニア・ストーリー」で作家デビュー。日米関係・日米移民史を軸に著作活動を展開。1989年に「ストロベリー・ロード」で第20回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。1995年の第17回参議院議員通常選挙では、新党さきがけの公認候補として神奈川県選挙区から立候補も落選している。後に民間の選挙啓発団体「選挙に行こう勢!」の共同代表を務めた。
2007年3月までの6年間、秋田公立美術工芸短期大学学長を務めていた。現在は、ノースアジア大学客員教授などを務める。
妻は小説家の殿谷みな子。
[編集] 著書
- カリフォルニア・ストーリー(中公新書 1983年)
- カリフォルニア・ナウ 新しいアメリカ人の出現(中公新書 1984年)
- 燃えるカリフォルニア 日米経済戦争の行方を探る(PHP研究所 1984年)
- 鎖国の感情を排す 石川好・戦後とアメリカを質す12篇(文藝春秋 1985年)
- 青春の探究 オカルトの投手桑田真澄(毎日新聞社 1987年)〈「投手桑田真澄の青春」現代教養文庫〉
- 苦悩するアメリカ孤立する日本 摩擦と国際化の本質を読む(PHP研究所 1987年)
- シャドウ・ピッチング 巨人軍・桑田真澄(パンリサーチインスティテュート 1988年)
- ストロベリー・ロード(早川書房→文春文庫 1988年)
- ヒトの開国かヒトの鎖国か 日本の選択(パンリサーチインスティテュート 1988年)
- 意見(河合出版 1989年)
- ストロベリー・ボーイ ストロベリー・ロードpart 2(文藝春秋→文春文庫 1990年)
- 新堕落論 武装解除された日本人の思想的拠点(徳間書店 1991年)
- アメリカの歌をもとめて 「1992年アメリカ」への旅(中央公論社 1992年)
- 親米反米嫌米論(新潮社 1992年)
- 親日反日嫌日論(新潮社 1993年)
- ガーデン・ボーイ ストロベリー・ロードpart 3(文藝春秋→文春文庫 1994年)
- 大議論 政治的冒険のために(朝日新聞社 1994年)
- 日本「半主権国家」宣言 続・新堕落論(徳間書店 1994年)
- 舌戦3650日 対談集(NTT出版 1994年)
- 日本はアジアの後衛たれ 有言者がつくる民主主義(東洋経済新報社 1995年)
- 孫正義が、吹く デジタル情報革命の伝道師(東洋経済新報社→小学館文庫 1997年)
- フィリピン・ラテンアジア感情旅行(日本放送出版協会 1997)
- 異論あり。動かぬ日本を、動かすために(PHP研究所 1998年)
- 錬金 キャッシュ・ジャンキー(新潮社 1998年)
- 南海の稲妻大和の虹 生きているだけで丸もうけ(岩波書店 1999年)
- 60年代って何?(岩波書店 2006年)
- 投手・桑田真澄の青春(シンコーミュージック・エンタテイメント 2007年)
- 中国という難問 生活人新書(日本放送出版協会 2008年)
- 秋田について考えた事(無明舎出版 2010年)
[編集] 共著
- アメリカとAmerica 日米摩擦の底流にあるもの(時事通信社→ちくま文庫 1986年)共著/鮎川信夫
- アメリカと合衆国の間(時事通信社 1987年)共著/中上健次
- 死角のなかのアメリカ(毎日新聞社 1988年)共著/栗本慎一郎
- 覚悟! 朝まで討論=〈日本〉(弓立社 1989年)共著/西部邁
- 辛口甘口へらず口 国と社会と人のかたち(清流出版 1995年)共著/佐高信
- 日本を解読する 対論(五月書房 1996年)共著/松本健一
- 中坊公平という現場(五月書房 2002年)共著/中坊公平
- 創業は創職である。(東洋経済新報社 2002年)共著/南部靖之
- 三元豚に賭けた男 新田嘉一 平田牧場の43年(七つ森書館 2010年) 共著/佐高信
[編集] 翻訳
- フロンティアの残影 日本人松浦の撮った西部 フランク・S.マツラ(平凡社 1983年)