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石岡 ショウエイ(いしおか しょうえい、本名:石岡 昌英(いしおか まさひで)1974年7月19日 - 、O型)は富山県高岡市伏木町出身の、おもに『週刊少年ジャンプ』で活動する漫画家。代表作は『ベルモンド Le VisiteuR』。
一時期、石波昌英(いしなみ まさひで)等のペンネームで、『月刊少年ジャンプ』で活動していた時期があった。
[編集] 経歴
- 2000年 - 「SKATER'S HiGH」にて、2月期(第2回)月ジャンマンガグランプリ・ネーム部門ブロンズ賞を受賞(石岡昌英名義)。
- 2001年 - 「アンビシャス100(イチマルマル)」にて、1月期(第13回)月ジャンマンガグランプリブロンズ賞を受賞(甲斐昌英名義)。『月刊少年ジャンプ』夏の特大号掲載の読切「LEO the GOLD」でデビュー(石岡ショウエイ名義)。
- 2002年 - 『月刊少年ジャンプ』8月号より「LEO the GOLD」を連載( - 2003年2月号・全7回。石波昌英名義)。
- 2005年 - 『月刊少年ジャンプ』2月号に、読切「銀アンギャルド♠」掲載(石岡昌英名義)。『赤マルジャンプ』SUMMER号に、読切「トラ!! the goal-d Gravi-ruler」を掲載(以降すべて石岡ショウエイ名義)。
- 2006年 - 『赤マルジャンプ』SUMMER号に、読切「ベルモンドの拷問百景 - Belmonde le visiteur -」を掲載。
- 2007年 - 『週刊少年ジャンプ』32号より「ベルモンド Le VisiteuR」を連載( - 同年51号・全19回)。
[編集] 人物
- 愛知県で学生時代を過ごした後24歳のときに画家を志して会社を退職し、その後漫画家志望に転向しデビューしたという、かなり異色の経歴を持つ。[1]当初は漫画原作者を目指し漫画賞のネーム部門への投稿を行っていたが、のちに作画も手がけるようになり、漫画家としてデビューした。[2]
- 『月刊少年ジャンプ』時代には「石岡昌英」「甲斐昌英」「石岡ショウエイ」「石波昌英」と名義を度々変更していたが、『週刊少年ジャンプ』移籍後はすべて「石岡ショウエイ」で通している。
- 「石波昌英」のペンネームは、本名(石岡昌英)のうち一文字を故郷(上記の出身地と異なるので、両親の故郷のことを指すのか?)の富山県井波町から「波」の字を採って付けたが、井波町が市町村合併によって消滅したので「波」の字を返還し本名に変えた、と『銀アンギャルド』掲載時に明かしている(尤もその直後に週刊少年ジャンプに移籍した為、再度ペンネームを変えることになったのだが)。
- 好きな漫画として『ジョジョの奇妙な冒険』『バガボンド』『ヒミズ』『度胸星』を、好きな漫画家として宮崎駿を挙げている。[3]
- フランスの中近世史に造詣が深く、三銃士や宰相リシュリュー枢機卿、魔女狩りなどをテーマとした作品が多い。
- ジャンプの巻末コメントによると、同じ『週刊少年ジャンプ』作家の福島鉄平と交流があるらしく、原稿を手伝ったり自宅へ遊びに行ったりするようである。福島の著作『サムライうさぎ』1巻にも、ヘルプアシスタントとして石岡の名前がある。
[編集] 作品リスト
[編集] アシスタント
[編集] 脚注
- ^ 「新人紹介コーナー」『月刊少年ジャンプ夏の特大号2001』、集英社
- ^ 『月刊少年ジャンプ』2000年4月号、11月号、2001年3月号、集英社
- ^ 「新人紹介」『赤マルジャンプ2006SUMMER』、集英社
- ^ 『ベルモンド Le VisiteiR』第2巻、集英社