石井一二
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いしい いちじ
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| 生年月日 | 1936年7月24日(75歳) |
| 出生地 | 兵庫県神戸市 |
| 出身校 | 甲南大学 |
| 前職 | 日本紛争予防センター元理事長 三共生興取締役 |
| 現職 | 徳洲会特別顧問 |
| 所属政党 | (自由民主党→) (新生党→) (新進党→) (無所属→) (自由連合→) 無所属 |
| 称号 | 旭日重光章 経営学修士 経済学士 チェス七段(日本チェス協会) |
| 親族 | 父・石井廣治 兄・石井一 甥・石井登志郎 |
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| 選挙区 | 比例区 |
| 当選回数 | 3回 |
| 任期 | 1983年7月10日 - 2001年7月22日 |
石井 一二(いしい いちじ、1936年(昭和11年)7月24日 - )は、日本の政治家。兵庫県神戸市出身。元自由連合幹事長、元参議院議員。三共生興株式会社取締役、株式会社ピコテック代表取締役、NPO法人インターネット検索能力検定協会理事長、NPO法人日本紛争予防センター元理事長。現徳洲会特別顧問。ニックネームは、ワンツーさん。兄は元自治大臣の石井一、父はタイヘイレコード元社長で、元兵庫県議会議員の石井廣治。甥に兵庫県議会議員の石井健一郎、民主党衆議院議員の石井登志郎がいる。
[編集] 略歴
甲南大学経済学部卒業、米国オレゴン大学経営学部大学院修了(MBA)。兵庫県議会議員を3期務めた後、1983年の参議院選挙に自由民主党公認で初当選。以後当選3回。三木武夫・河本敏夫の派閥新政策研究会に所属し、環境庁政務次官(竹下・宇野内閣)、外務政務次官(海部内閣)、参議院農林水産委員長、国土庁国土審議会委員などを歴任。
1993年に自民党を離党後は新生党で常任幹事、新進党では参議院幹事長を歴任。1997年9月16日、神戸市長選挙に立候補を予定して新進党を離党するが、翌年に徳田虎雄の勧めで(国会議員不在で政党助成法上の政党要件を満たしていなかった)自由連合に入党。幹事長に就任した。2001年、4選を目指して第19回参院選に比例代表区より立候補、党内最多得票も自由連合自体が当選者枠0で落選。
2006年、秋の叙勲で旭日重光章受章。現在は徳洲会特別顧問を務めている。
[編集] その他
競技歴はないが、日本チェス協会から七段を進呈されている。その根拠は来日中の女子世界チャンピオン・謝軍(Xie Jun・・シェジュン)と対局して88手指した後引き分けとなったことを、当時の協会長・松本康司八段が評価して授与した。
趣味のゴルフでは、日本の名門と云われる広野ゴルフクラブのシニア・クラブチャンピオンを1996年に獲っている(当時HPSは6)。
著書は多数あるが「徳州会は如何にして日本最大の医療法人となったのか」(アチーブメント出版)が有名。
| 議会 | ||
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| 先代: 吉川芳男 |
1993年 - 1994年 |
次代: 浦田勝 |